第38話 惑いの森で

 先頭は案内のレオンで、次にジュスタンが続いた。それにしてもこの森は瘴気が濃い。

 

 本当に抜けられるのだろうか?


 しかし、可能性があるから派遣されたのだろう。それに聖騎士ジュスタンを捨て駒に使うとは思えない。

 やがて腐ったようなにおいに、耳を劈くような鳴き声が響く。

 ベヒモスが現れた。よりによって凶悪な魔物。黒の森にいた奴らよりは小ぶりだが、残念ながら一体ではない。

 これらが初代聖女の張った結界により、アリエデ内に侵入しないでいる。結界が破れたら最期、昨晩宿を求めた村などは、ひとたまりもないだろう。



 当然のように、聖騎士達はジュスタンを含め四人で、一体に向っていた。


「仲の良いことで」


 皮肉げに呟くと、仕方がないので、レオンは残りの一体を魔法と棒術を使い足止めする。どうやら一人で倒すしかないようだ。


 だが、予想に反して、ジュスタンがすぐに応援に来た。チラリと視線を向けると聖騎士三人に囲まれたもう一体の方はすでに弱っている。

 少なくともレオンを見捨てる気ではないようだ。彼がいなければ森を抜けられる公算は低くなるからだろう。


 それにジュスタンは思っていたほど弱くもなく、強さは本物だった。他の聖騎士達も強く戦い慣れていた。彼らは兵士のように現れた魔物に動揺したりしない。


 ジュスタンは我の強い男で、剣の腕もたしかだ。しかし一緒に戦ってみると意外なことに彼はサポートに徹している。レオンの力量を認めての事だろう。非常に戦いやすい。確かに戦場では頼りになる。リアの一件がなければ、うっかり信頼してしまいそうだ。


 戦いのあとまた一行は警戒しながら、森の奥へ進む。地図上はここからマルキエ領まで、一日以内で着く近さだ。


 しばらく黙々と歩く、するとある地点から、急激に瘴気のプレッシャーが軽くなった。


「これは、いったい……」

「どうした神官レオン」


 ジュスタンが目ざとくレオンの変化に目を止める。


「瘴気が薄くなっている。どうやら西の方から聖なる気が流れてきているようです」

「本当か?」

「はい。あちらへ向かいましょう。マルキエ領の場所と一致する」


 レオンが錫杖で指し示す。


「やっと、森から出られるめどがついたな。貴殿の信仰心もなかなかのものだ」


 ジュスタンの言葉を聞き流し、レオンは足を速めた。リアにもうすぐ会える。


 しかし、陽が高くなるころ、再びあたり一帯に獣臭が漂ってきた。一行は、ぴたりと足を止める。これは黒の森でなじみのある匂いだ。


 暗い茂みの向こうに何対もの赤く巨悪な瞳が見える。


「囲まれました」


 聖騎士の一人が緊迫した声でジュスタンに耳打ちする。ガルムの群れだ。

 通常ガルムは五、六頭でむれを為すことも多い。しかし、ここにいるのは二十頭を超えている。これでは一頭を二、三人で片付けるのではなく、一人が一頭ずつ仕留めたとしてもきりがない。


 こちらの人数が少ないとみてとると、すぐさま魔物は襲い掛かってきた。


 最初はまとまって戦っていた聖騎士達も激しい戦闘でいつの間にかばらばらになる。今では彼らがどこでどう戦っているかすら分からない。


 しかし、なぜかジュスタンはぴたりとレオンのそばについている。だが、彼がそばにいることで戦いやすい事には変わりないので、レオンは放置した。

 

 倒しても、倒してもきりがない。もうどれくらい戦っているだろう。疲労がだんだんと蓄積されていく。額の汗が目に入り、痛みを感じた。ガルムは俊敏で動きを追うだけで大変だ。こんな時リアがいれば回復魔法をかけてくれるのにと、レオンは思わずにいられない。自分でも動きが鈍くなってきているのを感じる。


 あの頃は疲れ知らずで、長時間戦うことが出来た。戦場にいなくともレオンは鍛錬をかかさなかったが、回復が出来ないので体力もそろそろ限界だ。群れの三分の二ほど倒したところで、魔力も尽きてきた。

 リアはここを一人で切り抜けたのだろうか? それとも精霊の加護があったのか? ふと気が抜けた瞬間、ガルムの爪が左腕を抉った。たまらずレオンは膝をつく。


「ここまでか」


 後ろでジュスタンの妙に乾いたつぶやきが聞こえる。次の瞬間、どんと背中に激しい衝撃が来て身体が宙に浮いた。


「神官レオン、道案内ご苦労。さらばだ!」


 そう高らかに宣言したジュスタンの足音が遠ざかる。レオンは残ったガルムの群れに蹴り入れられたのだ。




 ジュスタンの後を二人の聖騎士が追う。どうやら一人はやられたようだ。ジュスタンを警戒していたはずなのにまんまと謀られた。森を出るめどがついたので、けがをおったレオンが邪魔になり切り捨てたのだろうか。


 しかし、引っ掛かる。

 ジュスタンは何か計画をもちそれをレオンに秘匿しているのではないか? レオンを切り捨てるのは元から計画にあったのではなかろうか。

 きっとリアに関する情報もすべてレオンに開示されていないのだろう。あれほど多くの兵士を引き連れてくるなどやはり不自然だ。


 血はとめどなく流れ、レオンは己の最期を覚悟した。


 せまりくるガルムの群れの中で錫杖を振りながら、ジュスタンらに対する恨みよりも、リアの無事を祈った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る