第34話 責任の所在 アリエデ

 その朝、フリューゲルは腕に赤黒いあざを見つけた。別に痛みもなく大したものでもなかったが、不快だったので、すぐさま治療すべく聖女を呼び出した。権力とはこうやって使うものだ。

 しかし、そのあざは治癒魔法ヒールをかけさせても、消える様子がない。嫌な予感がした。


 その直後、フリューゲルはニコライに緊急で呼び出され、城へ向かった。

 ニコライは王太子の頃はまだ扱いやすかったが、国王になってからはさらに傲慢になりやりにくい。前は神殿によびだせたのに、今はこちらが呼び出される側だ。しかも、彼は最近体調が思わしくないせいか機嫌が悪い。




 城に一歩入った途端フリューゲルは異変を感じた。ものものしい雰囲気で、何かあったことは一目瞭然だ。

 控えの間に行くとすぐに侍従がきて、国王の執務室にとおされた。そこにはリアの追放を決めた国の重鎮たちがすでにそろっていた。


「何かございましたか?」


 何食わぬ顔で対面する。だいたい用件は分かっている。体調不良に耐えかねて、昨日追放になったばかりのリアを呼び戻そうと言うのだろう。だがもう遅い、リアは惑いの森だ。


「黒の森の結界が破られた」

「は? そんな、馬鹿な!」


 晴天の霹靂だった。フリューゲルは我を忘れ叫んだ。黒の森の結界が再び破れるなど予想もしていなかった事態だ。


「フリューゲル殿、不敬ですぞ!」


 宰相セルゲイにたしなめられた。いつもなら、セルゲイの尊大な態度に腹をたてるところだが、今はそんな余裕はない。


「何者が破ったのです? まさかリアが!」

「そなたは何を言っている? 結界は二年前と同じく、自然に綻びた。だいたい、どうしてリアが破るのだ。そもそもリアはこの国にはいない! 刑は昨日執行され追放された」


 それは分かっている。ニコライがリアを赦そうとしていたので気をもんでいたが、当のリアがあっさりと刑を受け入れたのでほっとしていたところだ。

 もし、リアが神殿に戻るといったら、密かに亡き者にしようかとすら考えていた。あの神聖力の強さは邪魔だ。


 リアは神殿に通ってくる一部信者から崇められていた。二年も神殿を留守にしていたというのに、いまだに彼女を慕う庶民たちがいる。既に十分脅威だった。そのうえ、若い神官達はレオンの意見に傾きリアを神殿に連れ戻そうと動き始めている。彼らをなんとか排除しようと画策しているところだ。


「承知しておりますが、張ったばかりの結界が破られるなど……。リアの仕業に違いありません。何か細工をしたのかもしれません」


 何とか罪を着せなくてはならない。ここでリアが連れ戻されて、この騒動を鎮めれば、今度こそ彼女は護国聖女になってしまう。それだけは阻止しなければならない。彼女を貶め、排除しようとしたフリューゲルは何もかも失うかもしれない。


「ほう、それほどまでにリアの神聖力は強いのか? 役立たずではなかったのか?」


 焦って下手をうってしまったようだ。ニコライに切り込まれた。


 まさか大神官カラムの『神託』は本物だったのか? カラムは百二十歳を超えていた。異常に長すぎる寿命に加え、護国聖女を王妃に据えようなどと言いだし、耄碌しているのだと思った。前国王が妄言を聞き入れる姿を苦々しい思いで見ていたものだ。

 もともと、権力欲だけが強く出世しか考えていなかったフリューゲルに信仰心など皆無だった。


「リアがいい加減な結界を張ったのでしょう」


 今はこの場をどう切り抜けるかだ。フリューゲルが考えるのはそれだけだった。


「ならば、急ぎ、カレンを送り、結界を塞げ」


 ニコライが命じる。


「カレンをですか?」


 カレンにあのような結界など張れるわけはない。リアを陥れるため、フリューゲルが後押しし、リアの手柄をカレンのものとしていたのだ。虚栄心の強いカレンは嬉々としてリアを陥れたが、間違いなく彼女は黒の森では役立たず。


 しかし、ここでそれを明かすわけにはいかない。それにカレンを黒の森に送れば、時間稼ぎにはなる。その間に今の劣勢を立て直せばいい。


「ひとまず、カレンを送るとしましても、これはリアの責任。リアを連れ戻し再び戦場へ送りましょう」


 フリューゲルは何としても、これをリアの失態にしなければならなかった。罪人として彼女を連れ戻し、罪人として戦場に送るのだ。

 しかし、場は静まり返る。


「そもそも、フリューゲル、そなたがリアを偽物だと言って破門したのではないか? このタイミングで結界が破れるなどおかしい。それに、そなたは結界を張れるのはリアだけだと考えているから、リアを連れ戻せと言うのだろう。プリシラは本当に護国聖女なのだろうな?」


 その場を代表するようにニコライがフリューゲルに疑いの視線を向ける。


「恐れながら陛下、国外追放を決めたのは私ではありませんし、プリシラ様を妃にと望んだのは陛下御自身です」


 フリューゲルの発言に執務室はざわついた。確かに、すべての決定権は国王ニコライにあった。


「なんだと! 私のせいだと言うのか?」


 ニコライが声を荒げる。彼は最近こういうことが増えた。頭痛や嘔吐の症状がひどく、冷静な判断が出来ない。そのため、よく癇癪を起こす。以前では考えられないことだ。


「おやめください。今は黒の森へ兵を送ることと、即刻リアを連れ戻すことを考えましょう」


 宰相セルゲイとブライアー公爵が止めに入るが、その後もしばらく国王と神官長の責任のなすりつけ合いは続いた。最後にはリアを探すと言うことで意見の一致を見たが、結局、責任の所在は浮いたままだ。


 その場にいる誰もが、護国聖女であるリアを必要としながら、それを口に出来なかった、それは良心の呵責からではなく、沽券にかかわるからだ。


 たかが小娘一人を追放したぐらいで揺らぐほど自国が脆弱なものだと認めたくはなかった。



「護国聖女」が「たかが小娘」になってしまったのには訳がある。神殿が、神官達よりもずっと神聖力の強い聖女たちを過小評価して来たからだ。特に大神官カラムが病に倒れてからは聖女たちを良家への花嫁候補のように扱い、次第に聖女は神殿の賑やかしとなっていった。


 神聖力が桁外れに強かったリアに対する扱いはひどく、フリューゲルはことさら彼女をこき下ろした。そうしなければ、リアが大神官カラムのように、何の才能もないのに神聖力が強いと言うだけで、崇められてしまうからだ。


 カラムが病に倒れてからは周りの者もだんだんとフリューゲルのいう事に傾いてきた。ニコライにしてもプリシラが現れてからはあっという間にリアを捨てた。その時、この国には別段なんの異変もなかった。


(それがなぜ、今になって……。国から追放したからか? あの娘をアリエデに連れ戻せば、元に戻るのか?)


 己にとって都合良く物事が運ぶよう、フリューゲルは必死に思考を巡らせる。


「国の威信に傷がつくが仕方あるまい。精霊の加護を受けているリアならば、西の森に追放になったとておそらく生きているだろう。隣接している国へ協力を要請しろ」


 ニコライがフリューゲルにあてつけて言う。


「恐れながら陛下、『追放した聖女を連れ戻す』のではなく。『神殿での仕事を放棄し逃げ出した元聖女を連れ戻す』の間違いではないですか?」


 フリューゲルが敏感に反応した。


「この期に及んで、何を言っているのだ!」


 ニコライはいらいらとフリューゲルを睨みつける。今日の彼は精彩に欠けていた。黄金に輝いていた髪も艶を失っている。

 二人が不毛な争いを始める前に、軍を統率する立場にあるブライアー公爵が進言する。


「陛下、近隣諸国に『神殿から逃げ出した聖女を見つけ次第引き渡してほしい』と協力を要請するのです。もちろん、それ相応の礼はしなければなりませんが……。まさか、国外追放した聖女を見つけてくれとは言えません。この国の威信にかかわります。

 それに行先ならば見当がつきます。あの森を無事に抜けられれば、クラクフ王国にでる確率が高いと思われます」


「クラクフか、また面倒な場所に。プリシラも余計なことをしてくれる」


 ニコライが忌々しそうに言う。近隣諸国とはほとんど付き合いがない。一方的に回復薬を売りつけるだけだ。アリエデでは自給自足が可能だし、結界があるおかげで、国境での揉めごともない。外交などほとんどせずともこの国はやっていける。

 例外として、ときおり外国の珍しい文化や学問を取り入れるために人の出入りを許すだけだ。



 近隣諸国の中でもクラクフは大国で、何かと干渉してくるので、ニコライは苦手としていた。輸出する回復薬ポーションを減らすといってもなかなかいう事をきかない。


 それにあちらの国から要請があっても、いままでこたえたことなどない。はたして協力してくれるだろうか。だからといって手をこまねいているわけにはいかない。


 ニコライは聖騎士ジュスタンを呼びだしカレンを黒の森へ送るよう命じると、すぐに近隣諸国に使いを出した。リアの行く確率が一番高いクラクフは、惑いの森を迂回しなければならないから、使いが到着するまでに十日以上かかるだろう。


 その間、惑いの森にも兵士を送った。きっと彼らがリアを見つける方が早いはずだ。


 惑いの森に追放されたことは手痛かったが、リアの刑が執行されたのは昨日のことである。すぐに見つかるものと楽観していた。



 だがその後、惑いの森に送った兵士たちは、伝承どおり、誰一人として戻らなかった。







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