第19話 偽聖女

 三ケ月交代で帰って来る兵士の報告をきき、遅々として進まぬ戦況にニコライはいらだった。フリューゲルの進言もあり、次第にリアが護国聖女だということに疑念を抱くようになった。


 状況を伝えるべく黒の森から神官レオンを呼び戻した。彼は頭も出自もよく魔法も使える。神殿の出世頭だという。有力な高位貴族の子息だ。


 会ってみるとまだ少年といっていい年齢だった。彼の報告によると聖女は傷病人を治癒するのが手いっぱいで結界を張るなどまだ先だと、そのうえ援軍を送れという。


 護国聖女とはそんな弱いものであったのか? 伝承では、その祈りは幾筋もの光の帯となり魔獣を鎮めるとある。戦場に送り出して一年、リアは十分な働きをしていないようだ。


 若輩者の神官の報告など捨ておこうと思ったが、彼の生家のマクバーニ侯爵家が騒ぎ始めた。確かに戦いが長引けば、被害も大きくなり、民の不満もたまる。


 騒ぎ始めた有力貴族を鎮めるため日頃から目をかけている聖騎士ジュスタンを派遣した。彼は野心が強くやる気に溢れた男だ。きっと務めを果たしてくれるだろう。


 ジュスタンを送り出してから期待通り戦況は一変し有利になった。その後一年しないうちに終結した。結界も無事張り終えたという。

 蓋を開けてみれば、聖女は添え物で、聖騎士ジュスタンの活躍は目覚ましかった。

 

(聖女とはそれほどありがたいものなのか? それともリアが護国聖女ではないということか)


 確かに結界は必要かもしれないが、魔物を制したのは武力だ。





 聖女は、闇を払う美しさを持つと言われているが、リアは出会った頃から、醜いわけではないが、美しくもなかった。灰色の髪にくすんだ肌、聖女にあるまじき濁った瞳。


 聖女判定のおり、不正を働いたのではないか。フリューゲルも神殿の者達もそんな疑いを抱いていると聞いている。


 しかし、なぜか父と大神官カラムは彼女との婚姻を望んだ。神殿にも王命にも王子であるニコライは逆らえない。


 せめてもの抵抗として婚約者として彼女と会う時間を最小限にした。リアは気の利かない娘で会話も弾まず、これが未来の王妃かと落胆する。人を惹きつける華やかさがない。やせぎすで見目も好みではなかった。


 だいたい、聖女など神殿しか知らない。社交などとは無縁だ。そんな者に王妃が務まるのだろうか?


 しかし、治癒魔法ヒールは上手く、彼女のお陰でときどき起きる頭痛が治った。リアと会っても楽しくもないのに、なぜか疲れだけは取れる。それ以外は、取り立ててよい所など一つとしてない。



 婚約から二年、黒の森に魔物が湧いた。神殿の推薦もあり、迷わず討伐隊に彼女を加えた。 

だが、フリューゲルの言う護国聖女とは違い、リアはなかなか魔物を鎮められなかった。


 そのせいで税が重くなり、国民と一部貴族に不満がたまり、国はスケープゴートを必要とした。

 そんな折、ジュスタンからもカレンからもリアが役立たずだと報告があり、フリューゲルからもリアが神殿のお荷物だと聞いていたこともあり、白羽の矢が立った。

 

 これで王家に傷がつくことなくすべてが片付く。

 幸いガーフィールド家も婚約者を姉のプリシラに挿げ替えれば、なんの問題もないと言っている。 

 誰にも愛されない、慕われない聖女……。少し気の毒におもう。





 リアを地下牢に入れたその日、国王が崩御した。護国聖女を大切にしなければ、国に祟ると言う。まさかリアが? とも思ったが、国王の病は寿命によるものだ。


(そう、これはただの偶然だ)


 国王崩御で、国全体喪に服した。慶事は先送りになるだろう。しかし、戴冠はしなければならない。国に王が不在というわけにはいかないのだから。


 ガーフィールド家は不満だったようだが、とりあえずプリシラとの婚姻は後回しにした。


 それが済むと、一時はリアのお陰で治った頭痛がまた始まった。きっと疲れとこれから国を背負う重圧によるものだろう。


 プリシラは聖女の修行は受けてないから、治癒魔法ヒールは使えないと言っていた。聖女とはそう言うものなのだろうか? 習わずとも出来るものなのかと思っていた。


 ならば貴族の間でヒールに定評のあるカレンにかけてもらうまでと早速呼び出した。

 しかし、彼女にヒールをかけてもらっても一向に良くならない。リアはすぐにも癒せたのに。役立たずとはいえ、やはり神聖力はリアの方がカレンよりずっと強いようだ。

 

 これはプリシラにもヒールを学ばせねば、しかし、彼女はお妃教育に忙しいと取り合わない。


 その後も体調不良が続きいささか不安になってきた。


 聖女を追放すると祟るのだろうか? そんな思いにとらわれていた頃、レオンの動向について神殿から、知らせがあった。彼がリアの追放を阻止しようとしていると。


 神殿からは、先の戦いの功労者であるレオンをどう処分するかという話だった。彼は明らかに盾を突いている。

 しかし、レオンの実家は有力な貴族で彼の処分となると難しく、かなり根回しが必要になる。その上、レオンを中心に若手の神官や下働きの庶民たちがリアの追放を撤回させようとしているという。


 フリューゲルは彼らの勢力が強くなるのを恐れているようだが、リアを秘密裏に神殿に戻し、裏方の仕事につかせればどちらの顔も立つのではとニコライは考えた。


 しかし、実際はニコライがリアのヒールを必要としただけだ。それにもし病にかかれば、カレンの弱いヒールでは心もとない。


「神官レオンのことは捨て置け。今後も逆らうようなら手を打つが、マクバーニ侯爵家が面倒だ。

 それから、追放は見合わせよう。罪人リアが、今後もずっとこの国に住み、王家に尽くすというならば、罪を赦免しよう。神殿の下働きとして使ってやれ」


 フリューゲルは難色を示したが、今は国王であるニコライの方が立場は強い。彼は神殿の反対を押し切った。


 彼女はきっと許されたことに感謝し、ニコライに再会できることを喜ぶだろう。



 しかし、その数週間後、王宮を激震が襲った。

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