第12話 本当に面妖でした

 その後、疲れているだろうからと、すぐに客間に案内された。広い部屋には天蓋付きのベッドがあり、大きな窓からは明るい陽が差しこんでいる。そして部屋には浴室があった。

 アリエデではその都度、バスタブを用意し、湯浴みをするので習慣の違いに驚いていた。


「風呂の準備が出来るまで」とメイドが茶と軽食を準備してくれる。至れり尽くせりだ。


 戦場では湯につかることはなかったので、数年ぶりの湯浴みが楽しみだ。メイドが手伝うと申し出る。リアは拒否したのだが、「お一人では旅の疲れを癒すのは無理かと」といわれ、三人のメイドに囲まれてしまった。


 意外に彼女達は力が強く、あれよという間に浴室まで連れ込まれる。

 そこで大きな鏡の前で久しぶりに見る自分の姿に、リアは悲鳴をあげ震えあがった。


(これは何?)


 長い間、ろくに髪もとかすことなく洗う事もなかった。髪は油じみ、汚れて毛玉のようになり、ところどころ固まっているうえに、顔を隠すように伸び放題だった。そして肌の色は汚れて垢にまみれ、返り血で黒くなり、もはや髪も肌も元が何色だったのかすらわからない。


 そして返り血で黒ずんだローブは、いったいどれほどの長きにわたって洗っていなかっただろう。気づけば、魔物の脂や血の重みで、ずっしりしている。


 鏡に映るリアは、フランツに「面妖」と言われたが、それ以上の姿で化け物と間違われても文句は言えない。

 公爵夫妻もよくこんな姿のリアと握手したものだ。そしてルードヴィヒはこんなリアに対してとても紳士で親切だった。普通ならば触れるのも嫌だろう。


 呆然としているうちにメイド達にローブを脱がされる。たっぷり湯をかけられ、いい香りのするシャボンで包まれ、ごしごしと洗われた。


 洗っても、洗っても黒い水が体から流れ落ち、なかなか汚れが落ちない。確かに一人で洗い流すのは無理だ。その間にもメイドが櫛の通らない絡まった髪と格闘している。リアは申し訳なさに、いたたまれない気になった。


 こんな姿の自分を歓迎し、立派な馬車にのせ城に招き入れる彼らの心の広さに思い至り、リアは今更ながら驚愕する。


(どうなっているの? アリエデとは随分違う……)



 考えてみれば、辺境で長く風呂にも入らず、戦場から王都の地下牢に直行したようなものだ。





 きっと異様なにおいがしたことだろう。今になっていろいろと思い出し恥ずかしくなる。


 湯から上がるとふかふかのタオルで体をふき、公爵夫人が用意してくれた服に袖を通す。シンプルな白いワンピースだ。上質な生地を使っているのかとても着心地がいい。そして久しぶりに見る自分の肌の白さに驚く。リアはメイド達に平謝りし、精一杯感謝を伝えた。



 思ったより風呂に時間がかかり、あがったときは夕暮れだった。部屋でのんびりと夕食をとる。ここでは魔物に襲われることなく、安心して美味しい料理を心ゆくまで楽しめる。もちろん初めての環境で緊張もした。


 風呂の手配をし、夕食を準備してくれたコリアンヌという名のメイドに声をかける。


「ルードヴィヒ様のお加減はいかがですか?」


 彼はまだ具合がよくなさそうだったので心配だ。


「ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」


 そういってコリアンヌはリアを安心させるように微笑む。なぜか、ここの城の人たちの眼差しは温かい。数年ぶりに風呂に入り、美味しい食事も頂いた。リアは嬉しいような恥ずかしいような気分になる。


 ふとアリエデ王宮の謁見の間に引き出された時のことを思い出す。


(私はあんな化け物のような姿で引き出されたのか……)


 その過去に笑いが漏れるかと思っていたのに、ぽたりぽたりと涙がこぼれた。

 それを見て、世話を焼いてくれていたメイド達が慌てる。


「ごめんなさい。こんなに大切にしてもらえたのが嬉しくて。本当にありがとうございます」


 リアは彼女たちを心配させないように涙を堪えて微笑んだ。



 用意されていた肌触りの良い夜着にきがえ、ふかふかのベッドに横になる。


 ここはもう戦場でも、かび臭い地下牢でもない。






 ふと目を覚ますと羽のように柔らかい布団に包まれていた。

明るい日差しが、大きな窓から入って来る。一瞬ここがどこだか忘れて飛び起きた。

 ああ、もう魔物のいる森でも戦場でも地下牢でもない。安全な場所だ。


 メイドが用意してくれた朝食を自室でとり部屋でぼうっとしているとコリアンヌがやってきた。


「ルードヴィヒ様がサロンでお待ちです」


 リアはそのまま案内してもらう。するとサロンの扉の前に、騎士フランツが立っていた。


「コリアンヌ、その者は何者だ」


「その者」とはリアの事だろう。昔から地味だと言われていたが昨日の今日で忘れられてしまったのだろうか。リアは少し落胆した。


「リア様をお連れするようにルードヴィヒ様から申し付かっております」

「ん?」


 フランツはじっと食い入るようにリアをみる。何か疑われているのだろうか。それだけでリアの心臓はバクバクした。


「なんとリア殿か! まさか、こんな若い娘とはっ! てっきり老婆……。いや失礼した」


 顔を真っ赤にして、大きな体を縮めた騎士が必死に謝る。


「重ね重ねの無礼、申し訳ない!」


「気にしていない」と言っても頭を上げないフランツに、リアがほとほと困り果てているとサロンの扉が開いた。


「フランツ、どうした。騒々しいぞ」


 ルードヴィヒが出てきた。彼は軽く左足を引きずり、杖をついている。白いワンピースを着たリアを見て軽く目をみはった。


「驚いたなリアか? 随分見違えたね」


 リアの後ろでコリアンヌがぼそりと小声でつぶやく。


「まったく、揃いも揃ってどうして綺麗だといえないのでしょう」





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