第2話 発端 聖女判定(リア九歳)

 アリエデ王国の北には暗黒の森と呼ばれる森林地帯がある。


 ここ数年瘴気が強くなり、近隣の街や村に魔物による被害が増えてきた。


 数十年にわたる護国聖女の不在によるものだと、ウェルスム教の総本山カルトリ神殿の大神官カラムはかねがね言っていた。


 ウェルスム教とはアリエデの国教であり、神羅万象のあらゆるものに精霊が宿ると信じられている。


 ある日、大神官カラムは神託を受けた。


 『この国の次期国王となる者は、神聖力の最も強い護国聖女と婚姻せよ』


 それから、国を挙げて聖女の発掘と育成が始まった。しかし、聖女が持つと言われている神聖力のある者は数が少なく、ほとんどが貴族の娘であった。


 聖女は血筋によるもので、ひとつの家から二人三人など出ることもあれば、全く出ない家もある。


 神聖力を持つ者は、九割以上が貴族である。家の存続などの事情もあり、もっとも力の強い者を一家庭で一人神殿に預ける決まりになった。


 ただ、神聖力とは不確かなもので、時に消えてしまったり、年齢によって強くなったり、弱くなったりすることもある。血筋に加え信心が関係あるとも言われているが、理由は定かではない。




 ガーフィールド伯爵家の次女リアがカラトリ神殿を訪れたのは、九歳の時だ。この国では十歳から十二歳の間に神殿で聖女判定を受ける決まりがある。彼女は十二歳の姉プリシラについてきたのだ。


 本来なら、十歳になってから受けるものだが、たまたま聖女判定を下す聖なる水晶がリアにも反応した。


 庶民でも貴族でも聖女がでれば、ひと家族一人を神殿に差し出す義務がある。ガーフィールド家では二人の姉妹が聖女と判定されてしまったのだ。



 二人の神聖力は同程度、姉妹のうちどちらかを差し出す義務がある。

 貴族であるガーフィールド家には一週間の猶予が与えられた。しかし、彼らはその日のうちに差し出す娘を決めていた。


 伯爵邸の広い晩餐の席で、子供達に告げられた。


「リア、お前には神殿に行ってもらう。プリシラは大切な長女だ。もちろん、弟のランドルフもいるが、まだ幼い。この先何があるか分からない。だから、強い魔力を持ち、さらに聖女の適正も持つプリシラは家に残したい。

 魔力をもたないお前がこの国を守るウェルスム神に祈りを捧げる聖女となれ」


 この国の貴族の七割は魔力を持つ。たいてい三歳から六歳の間に魔力が目覚める者が多いのだが、九歳になるリアはいまだ魔力の発現がない。


 魔力をもたない者は婚姻の際不利となる。リアはまだ幼いが、父母の態度から、自分が貴族の娘として不適合であることに気付いていた。姉からも家のお荷物であるとそれとなく知らされている。


 父母は姉プリシラの話は聞くが、リアの話は聞かない。ドレスも飾りもすべて、プリシラのおさがり。姉妹は常に差をつけられていた。


 しかし、いつもは叱るばかりの両親もこの日ばかりは優しかった。


「リア、これは誇らしい事なのよ。あなたの神聖力が強ければ、この国の王族と縁を結べるわ。あなたが一生懸命に修行すれば、この国の王太子殿下と結婚できるかもしれないのよ」


 母のニーナが嬉しそうに言う。リアは驚いて目をぱちくりした。王太子など遠目にしか見たことがない。それでも、とても美しい人だったことを覚えている。


「魔力のないお前をこれから先に庶民や後妻に嫁がせるべきかと考えていたが、良い引き取り先が出来て良かった。お前の神聖力が王太子と結婚できるほどに強くなるかは分からない。だが、行き先が見つかってほっとした。しっかりとこの国の為に務めろ」


 父のウラジミールも嬉しそうで今日ばかりは、にこにことリアに笑いかけ、とても褒めてくれる。

 しかし、いつも活発で話題の中心となる姉のプリシラが今日は妙に大人しい。リアはそれが少し気にかかった。



 その晩、就寝前にプリシラがやってきた。リアはこの姉が少し苦手だ。いつもリアに説教をする。今夜はいったい何の用で来たのだろう。


 プリシラは両親の覚えもめでたく、金髪に緑の瞳を持つ非常に美しく聡明な少女だ。

 それに引き換え、リアはよく見ると顔立ちは整っているものの、灰色の髪に、ブルーグレイの瞳、少しくすんだ肌が、地味な印象をあたえている。


 優秀で美しい姉に比べて、凡庸で魔力なしの妹。そんな風に家族からも周りからも比較されてきたので、リアはいつの間に引っ込み思案になっていた。


 プリシラはノックもなくリアの部屋に入って来る。


「良かったわね。あなたにも来て欲しいと言ってくれるところがあって」


 にっこりと笑い機嫌がよさそうな姉にほっとした。


「はい、頑張ります」


 やっと自分に居場所が出来るかもしれないと思うと嬉しかった。


「あなたも辛かったでしょ? この家で魔力なしと蔑まれ、使用人達からも馬鹿にされて」

「え?」


 (私は家族から蔑まれていたの? 使用人達に馬鹿にされていたの?)


 リアは姉の言葉にショックを受けた。



「あら、気が付かなかったの? まあ、いいわ。それがあなたのいいところなのだから」


 そう言ってプリシラは優しく微笑む。


「いいこと。お母様のいう事を鵜呑みにして、殿下の婚約者になれるなんて勘違いしてはいけないわ。

 あの人たちはあなたの引き取り先が見つかって、とても浮かれているだけなのよ。過剰な期待は、叶わなかったとき辛い。ただ心配なのは……。」


 姉が言葉をきり困ったような顔をする。リアは不安になった。


「お姉さま、何ですか?」


 プリシラは迷った素振りを見せたのち、口を開く。


「魔力のない者に神聖力が宿るなど聞いたことがないわ。もしかしたら、私の強い神聖力にひかれて、あなたにも聖女判定がくだったのかもしれない」


 リアの心臓がどきりと跳ねた。


「え? じゃあ、私に本当は聖女の力などないということですか? それなら、私ではなくお姉さまが神殿にお仕えしたほうが良いのではないですか?」


 プリシラの言葉にリアは絶望し、だんだんと不安になってきた。


「それは無理よ。お父様もお母様も、私をこの家の跡取りにと考えているの。弟のランドルフは、私よりどうも魔力量が少ないようなのよ。お父様もお母様もランドルフには期待していない。だから、魔力ある私ではなく、魔力のないあなたが神殿に行くしかない。これはこの家の為なの。リア、王太子殿下との婚姻などと過度な期待をせず、あなたはあなたの勤めを果たしなさい」


 そう言われてもリアは不安になるばかりだった。


「でも、神聖力がないとばれたら、私、神殿を追い出されてしまう。それどころか罰されたりしませんか?」


 オロオロとする妹をプリシラは温度のない冷めた目で見つめる。


「大丈夫よ。聖女候補となり修行を初めてから、十五歳まで判定はないから。それまでバレないわ。もしそれで水晶が光らず神聖力がないと判断されたら、その時は私がどうにかしてあげるから、私を頼りなさい」


 姉のいうことにリアは真剣な面持ちで頷いた。もとより、神殿でお荷物にならないように精一杯務める覚悟だ。


 父や母に褒められ、期待されたのは初めてだ……。 





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