ネコと和解せよ!

 倭香保わかほはこれぞ観光地という風情ある街だった。駅を出る際にはアキラたちが手を振って見送ってくれた。


 後ろ髪引かれる思いの私に、メイは

「縁がありゃまた会えるだろ」

「縁がなかったら⁉︎」

「またテキトーなの見つけりゃいいだろ」

 むくれる私にメイは声を出して笑い、乗合バスへ乗った。


 倭の香りかどうかは知らないが、倭香保に近づくにつれ、転々とした集落というより、家や店の連なりが見えはじめた。

 まだそこかしこに残る雪は、どちらかといえば土にまみれ汚らしさはあったけれど、そこまで含めてなにか「帰ってきた」とでも云いたくなるような匂いを感じさせた。


 並木の枯れた枝々も、上空を舞うカラスも、手を振ってくる子どもの姿も、きっと大戦前にはどこでも見られた光景だったんじゃないだろうか。


 特に会話をするでもなく私もメイも過ぎゆく景色を眺めていたが、決して退屈な時間ではなかった。車内放送が倭香保への到着を告げる。


 停留所は石畳みの階段の下にあり、バスが走り去ると私たちはお互いに言葉もなく、けれど気持は同じく浮き立ってるのを感じながら石段をあがった。


 猫がいた。


 私は、最初それを猫とは認識できなかった。私の知ってる猫とは全然違ったからだ。羽もないし、クチバシもない。


「猫だぞ、ユイ」


 メイもどこかおっかなびっくりといった調子で云い、私は私でこくこくと頷くことしかできなかった。


 猫の目線に合わせてスカートの裾を折るようにしてしゃがみ込み、ミャアと鳴き真似をした。してから、もしかしたらこの猫はあの猫と鳴き声が違うかもしれないと気づき、メイに助けを求めようとしたとき、


 こっち見んな、猫を見てろ


 ほとんどリップノイズほどの小声に私はハッとなって猫へ微笑んだ。


 ミャア、と猫が鳴いて、そろそろとこちらへ近づいてきた。三毛ではなくてまるで烏のような艶やかな黒色。

 ちょっとでも何かを間違えたら、すっと背を向けて去ってしまいそうな緊張感を孕んだまま、それでも着実に彼女——と、何故か直観的に思った——との距離は縮まっている。

 なあご、と彼女が鳴き、それでも私は手を伸ばさず、むしろゆっくりと引いた。すっとしなやかに動いて懐に入り込んできて、私の手に彼女の毛並みが触れ、優しく指先を動かすと喉がごろごろと鳴った。



「ネコと和解せよ!」

「はいはい、もううるせーな」


 景気良くパンツを脱いだメイは、手拭いを豪快に肩掛けにすると、先行ってんぞ、と脱衣所をあとにした。


「地と人はネコのもの!」


 は〜ん、たまらない! 何あのビロードの手触り。震える喉、泰然としているようで内から溢れでる、あの張り詰めた感じ。

 マオターレンなんか、鋭いのは眼だけだったぞ!


 とはいえ、手放してまだ数日足らずだというのに、思い出すと物悲しくなってくる。ちゃんと野生の仲間と仲良くできてるかな、あいつ……?


 ふぇっくしょん、とくしゃみをして自分が素っ裸で突っ立ってることに気づいた。小走りで浴場へと向かい、危うくぬめった石畳みで転びそうになった。

 転倒は免れたが、かわりに湯船へ飛び込むような形になってしまい、メイから叱られた。

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