第2話 王家の苦悩

――― 王宮にて(Side ギルバート) ―――


「父上、少しよろしいでしょうか」

俺はギルバート・ダルケル。ここダルケル王国の第2王子だ。

「食事中だぞ。大事な話なのか」

「はい。母上や兄上にも聞いていただきたいことです」

「で、何なのだ」

「昨日、中央貴族学院の卒業パーティーで、リリアーヌとの婚約を破棄しました」

「………」

「リリアーヌは同じ学院の学友でもあるアルピーナ嬢を苛めていたことが分かったのです。そのような女と結婚することなど私にはできません。なので婚約を破棄したのです」

「……破棄したのか」

「ええ、キッパリと。初めは受け入れられなかったようですが、新たな婚約者を迎えたので諦めも付いたと思います」

「ギルバート、後で私の部屋へ来なさい。ヘレン、ベネッサもいいな。あとロベルトも来るように」

ヘレン義母はは上は第1王妃、ベネッサ母上は第2王妃だ。兄上のロベルト第1王子の母親はヘレン王妃で、私の母はベネッサ王妃である。ロベルト兄様の評判は高く、次の国王とも言われている。ただ母上ベネッサ王妃は私を国王にしたいらしい。まぁ俺自身にその気は余りないんだが。その他に16歳になる弟と妹が2人いる。


「来たか。そこへ座りなさい」

俺の前には父上がいて、ヘレン義母上と兄上が座っていた。俺の横に座っているのは母上だ。4人はなぜか神妙な顔をしていた。

「ギルバート、先ほどの話を詳しくしなさい」

「はい」

俺はリリアーヌがアルピーナ嬢を苛めていたこと、証言がある事、婚約を破棄したこと、新たにアルピーナ嬢と婚約したことを話した。

「ギルバート、お前は自分がしたことを分かっているのか?」

「はい、私はあのような悪女がこの王宮に入るのを阻止したのです。私の事を助けるでもなく、気に入らないものを苛めるような者など王宮には必要ありません」

「本気で言っているのか」

「もちろん。リリアーヌに比べてアルピーナは常に私に寄り添い引き立ててくれます。私にとって、そして王宮にとっても彼女こそ必要な人材なのです」

「証言もあると言ったが、それは確かなのか」

「間違いありません。私の学友や彼女の学友にも聞きましたが、皆口をそろえて苛めていたと言っていました」

「具体的にどうという話は聞いていないのか」

「皆信頼できる人たちです。その人たちが同じことを言うのであればそれは確固たる証拠ではありませんか」

「お前は一体何を……。ところでアルピーナというその娘は誰なんだ」

「セルファロス子爵家の次女になります。頭の回転も速く、大変聡明な人です」

「その娘とはどうなのだ」

一度だけ関係は持った。お互いにこの歳になって初めてだったからな。お互い愛していたし、興味がなかったわけでもない。自然の流れだ。それにこの国の成人は16歳。平民の中には早々と結婚して子供を作っている者もいるという。俺たちは結婚するんだし、少しぐらい早くても問題ないと思っていた。だが、そんなことを言う訳にはいかない。黙っているしかなかった。少しだけ目が泳いだ。

「……」

「ふん。『婚約破棄』の意味は分かっているのか」

「婚約を取り消す、のではないのですか」

「……はぁ。ところでギルバート、お前はどういう立場の人間か分かっているのか」

「この国の第2王子で、第1王子である兄上を支え、万が一の際、兄上の代わりを務めるのではありませんか。私はそのように教えられ、そのようになるべく努力をしてきたつもりです」

「……もういい。ギルバート、当面の間部屋から出ることを禁ずる。お前のこれからについては追って話をするので、それまで大人しくしておれ」

「アルピーナと会うことは」

「もちろんダメだ。独りで今後の事を考えておくのだ」


俺は護衛の騎士たちに連れられて自分の部屋に戻った。護衛の連中は扉の外にいるようだ。面倒な奴等だ。

俺は間違っていないはずだ。悪いのはリリアーヌで、その手からアルピーナを守ったんだ。父上も母上ももっと俺に感謝すべきなんだ。あの性悪女の手から守ったのだから。



――― 残った4人 ―――


「困ったものだ。私もそうだがベネッサ、甘やかしすぎたのかな」

「あの子はいい子ですよ」

「だがな、いい子だけではダメなのだよ。4つ5つの子供ならいざ知らず、奴ももう20歳。成人として振る舞わなければならないのだ。特にここは王家だ」

「でも......」

「ベネッサの気持ちも分かるが、ここはしっかりとけじめを付けねばならぬ。ギルバートの王位継承権を剥奪して、セルファロス子爵家へ出すことにする」

「そ、そんな…」

「仕方あるまい。婚約者がいるのに他の女性に手を出す。調べればわかることだが、あのリリアーヌ嬢の性格からして苛めをしていたとは考えにくい。妃教育をしているヘレン、ベネッサ、そうであろう」

「そうですね。確かにギルバートとの絆は大きな愛で結ばれているという話ではないようでしたが、この婚約の意味、自身の立場、やらねばならぬことはしっかりとしていましたから。ギルバートに近づく令嬢の1人にそこまではしませんね」

「苛められたというのも大方ギルバートが熱をあげているその娘の演技。そして証言というのも口裏を合わせた作り話なのだろう。そんなものに騙されるとは」

「でももしかしたら……」

「無いな。具体性のない証言など、かえって嘘を引き立てる。大方近寄られていい気になったところを付け込まれたのであろう。それにしてもラボルトに何と言えば……」

「そうですわ。なんでギルバートはラボルト家の娘と婚約したのですか」

「知らぬのか、ラボルトの力を。ラボルトの所は王国への貢献度が非常に高い。屈強な騎士団を有し、多くの資産も持っている。もちろん王国へ税はきちんと納めているし、騎士団の交流も活発だ。宰相を始め、王国中央騎士団長や多くの大臣達がラボルト家と繋がりがある」

「そんなところを野放しにしているのですか」

「野放しなんかではない。ラボルト家はダルケル家かこの国を開いた時からの最大の功労者。というか一緒にこの国を開いた仲なのだ。ダルケル家がこの国を纏め、ラボルト家がこの国を護り、開拓していったのだ。そうしてこの国ができた。だがな、何代か前にその時の国王がラボルト家にあらぬ疑いをかけて力を削ごうとした。ところがラボルト家を落とそうとしたのに落ちたのは王家だった。王家は多くの貴族の反感を買い、そして静めたのもまたラボルトだった。その結果国王は隠居に追い込まれたのだ」

「もしかしてギルバートのやったことって言うのは……」

「そう取られても仕方あるまい。だから奴には相応の責任を取らせなければならないんだ。だが奴が責任を取るだけでは済まされんだろう。ダルケル家としてラボルト家に誠意を示さねば」

「「………」」

「ギルバートが散々な目に合わせたからな。リリアーヌも深く傷ついているだろう」

「父上、少し前の事ですが、隣国ブリュアーノの王太子がリリアーヌの事を大変気に入られて、是非ともとの話があったんだ。その時はギルバートと婚約していたからそれ以上にはならなかったが、もしかすると……」

「それはマズいな。他の家ならともかく、ラボルト本家はマズい」

「それなら私が娶ってはダメでしょうか」

「ロベルト。でもお前は…」

「まだ無理しなくてもいいのよ」

「完全に吹っ切れたとは言えません。でも彼女を失ってからすでに3年、自分の立場としてもいつまでも今のままではいけないということは分かっているつもりです。まぁリリアーヌ嬢が受け入れてくれればの話ですけど」

「お前自身の気持ちはどうなんだ」

「もし私がリリアーヌ嬢と婚約するという運びになれば、以前の事は過去のこととして整理が付けられると思います。それにこう言うのもなんですが、リリアーヌ嬢はギルバートにはもったいないと思っていましたので」

「分かった。侯爵の所へは私が行って話してこよう。お前が誘うのはその後にするように」

「はい、父上」

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