03-07 あ、おれは留守番してるぞ。
神獣骨なるものに導かれ辿り着いたのは、スカイブルーマウンテンの離小島だった。本島と思しき山岳島の影に隠れるように存在したそこに降り立った僕たちは、ベンタバールに誘導され上空からも見えていた白い祭壇のような場所へと案内される。曰く、神獣たちと会話を行うための場所なのだという。
『それにしても意外ですね、ベンタバール。あなたが神獣と意思疎通ができるとは』
「まー色々あったから。それにほら、スカイライダーは契約によって擬似的に空の民として認証されている存在なんだ、だからまぁ神獣様は空域の管理人みたいな感じなんだよな。出てこられたら従うもんだろ」
「空の民……?」
「元々“大空“っていう領域は神獣の許可なしじゃ飛び回れない危険区域なんだ、出入りに許可がいる一個の国みたいな感じ。そこを管理していたのが昔の空の民って連中なんだけど、まぁなんかあって絶滅してさ。そこの抜けた席にスカイライダーが契約魔法で滑り込んで、ようやく神獣の目を掻い潜って探索できるようになった……ってわけ。まー……空き巣だな!」
「言い方ひっで」「いや間違っとらんが、言い方ぁ」
『だからこそ神獣とスカイライダーは相容れない存在……のはずなのですが、結構苦労されたのでは?』
「そりゃあもうな。けどま、お互い話ができるって認識には至ってるし別にいーかなって」
昔の話だという割にはどこか引っかかるような物言いをするベンタバールさんは、まるで誤魔化すように話を切り替えた。
「いやぁでも呼び出しなんて久々だなぁ、王さまたちそんなすごいことに巻き込まれてるのか?」
「ううむ……正直わしとて疑問じゃよ、なぜ事が大きくなっているのかが分かっとらん」
「そっか。いや、だからかなぁ……あ、ついたぞ。ここだ」
祭壇の最奥、最も開けた大空が見える場所にまでやってくる。目の前には大きな湖と、湖の下に沈んでいるに神殿のようなものが目についた。まるで蜂の巣のような形状をしたオブジェが倒壊し、湖の底で泡を吹いている。何か稼働しているような気配のそれを認識した瞬間、頭の真ん中に突き刺さるような痛みを覚えた。何か、見覚えがあるような……。
「なんだありゃ、神殿か? 昔の異物ってやつかぁ……っておい、クリス。大丈夫か? 顔色悪いぞ……?」
「っ、……だい、じょうぶ。少し疲れただけ」
それ以上考えると何か恐ろしいものに突き当たりそうな感覚がして、今は振り切った。
ふと空を見上げると、そこには神獣骨なるものが悠然とした姿で降りてくる。こうして近くで見ると尚更大きくて圧倒される。しかしよくよく見るとその体はくすんでおり、傷だらけだった。まるで何か病気にでもかかっているかのような様子にセルバが表情を固くしている、何かが起きているのは確かだった。
骨なるものが大きな目を一つ瞬きさせると、口を開かずに声が響き始めた。
『待っていたぞ、輝きの王よ。古の森の民よ。鉄と炎の魔王よ。そして』
全身に直接響くような声、それは吹き荒ぶ風のようであり人の声でもあった。
『“螺旋の勇者、クリス”……時の迷い子よ』
心臓を打ち抜かれるような気分だった。
螺旋、といった。今の僕はパスカルによって認証を受けた導きの勇者として行動している、だからみんなは僕のこと螺旋ではなく、導きと呼んでいる。当たり前だ、螺旋の名は今から七年後に現れる……現在存在しない勇者の名なのだ。それを、今目の前にいる神獣は迷いなく告げたのだ。
意識が切り替わる。この神獣というものは確かに得体が知れないが、それでも今までの何よりも重要なものを知っている……!
「螺旋の……? どういうことじゃ? クリスは、導きの勇者じゃろう?」
『輝きの王よ、困惑するのも無理はない。本来の導きの勇者は、すでに戦いを始めている。故に、呼びかけに応えなかったのだ。……いや、応えさせなかった。というべきか。許せ、時間がない。早急に要件を伝える、心して聞け』
何も分からない中で確かに感じ取ったのは、神獣の焦りだった。
『二年後、この世界は魔神によって変貌する』
神獣が吼える。目を瞑ってしまうほど強いエナが入り乱れた風を受け、次に目を開くとそこは。
「な、んだこれ……魔界じゃねえよな、もっと……いやまさか」
「幻視の共有か? だとしてもなんなのだこの景色は……!?」
「……、」
随分と懐かしい、赤い空と黒々とした世界が広がっていた。
皆の困惑する声が聞こえる。それもそうだ、目の前に出されたそれは世界の滅びと呼んでも過言ではない光景だったのだ。
大地は爛れ、海は澱み、炎は燃え続け、風は痛みを呼ぶ。空はずっと赤いまま、生物らしい生物はおらず蔓延っているのは変形した生物であったであろうものばかり。息を吸うだけで肺が爛れてしまいそうなほど、清らかなものが何一つとしてないような。歪でねじれ曲がった世界。おそらくここは多分朱肉の戦場だろう、見慣れた石畳の道がなんだか懐かしい。
ただその中で、パスカルだけは揺らがずに前を向いていた。
「二年、二年といったか」
『然り』
「そうか」
話の続きをと促す。
『これは大空の記憶が伝えた光景だ。人の暦で数えること二年、終の魔神と呼ばれる存在が目を覚ます。この魔神はこれより五年活動し、差し向けられたすべての英雄を使徒に変容させる。そしてすべての希望が潰えた時、目覚めたのが螺旋の勇者クリス。そう、違いないな』
「……はい」
魔神が発露した明確なタイミングは知らなかったとはいえ、引き起こされた出来事は知識と合致している。
「って、ことはクリスは7年後の勇者なのか!? なんか変だなとは思ってたけど……いやそもそもなんでこの時代に……?」
グレイスの問いかけに目を逸らしたくなるが、今はそれどころじゃない。今僕がいるこの場所は走馬灯の中で見た夢でも幻覚でもない、この場所も現実だ。
「僕ね、負けたんだ」
負けた。
あぁ負けたとも。あと一歩だった、あと一息だったんだ。魔神の顔を見た、首筋だって見えていた。なのに、“なぜか僕は躊躇った”。
「魔神に戦いを挑んで……、とどめを刺すところまで詰めきれなくてな。気がついたらここにいた」
握りしめた手が血を滲ませてぬめりを纏う、自身でも頭がぐらついてしまうほどの未練と悔恨に心が捻じ曲がりそうになる。あの瞬間のためにどれだけの使徒を倒しただろう、あの瞬間を引き出すためにどれだけの生存者たちの手を借りただろう。必死だった、振り返る暇なんてなかった。あの一振り、あの一振りさえ躊躇わなければ僕は仇を討てていたはずなのに!
「なんと……そうか、そういう事情だったのか」
「今まで黙っていてごめん」
「いや、良い。言えぬよな、むしろよくぞ今まで戦い続けてくれた、よく耐えたの。クリス」
「……うん」
血が滲んでしまった手を、パスカルの暖かな手が覆ってくれた。なんだかそれだけで泣いてしまいそうだった、そんな場合じゃないのは分かっているのに。
『それで神獣様、わざわざ我ら召喚したということは』
『あぁ、魔神は既に動いている。その結果、ここにお前がいる。鉄と炎の魔王、グレイスよ』
「魔王の座が奪われたことも把握しているのか……え、ってことはまさかあいつは……!」
『奴は魔神、あるいは影響下にあるものだろう。だが力は欠けている。力は影として各地に散らばっているようだ』
つまり、現段階僕たちが倒すべきものは魔王ではなく魔神ということになる。そして魔神の元にパスカルの娘さんであるピリカ様も囚われている、状況はとても良くない。そしてそれは、間近に迫ってきているものだということも。
『私の中にも、魔神の影が入り込んでいる』
ぞっとするほど、目に前にまで。
『今まで堪えてきたが潮時といえよう。魔神の手のものが、この影を狙っている……私が魔神に下るが先か、影を奪われるが先か。――残された時間は少ない』
骨なるものは僕たちをそれぞれ見つめると、意を決したようにほう、と鳴いた。
肌にまで伝わってくる心の覚悟に気圧されそうになる、けれどもそれからは目を逸らしてはいけないと背筋を伸ばす。
『勇者たちよ、力を示せ』
彼の中に渦巻く神獣の力、それを与えるにあたう存在か。
『私に星を見せてくれ』
試練を、と告げた骨なるものの言葉に頷くも。うん、ちょっと待ってほしい。
なんで今、その口を開いてらっしゃるんです?
あの? なんかすごい勢いで吸い込んで来てませんこと?
「えっちょ、神獣様? 試練はもちろん受けるけどどうして口を開くんだ!?」
「おいおいおいちょっ、心の準備!! 心の準備だけでも!!」
「わぁああ吸い込まれるのだ!? わーーーーー!!???」
「賢者ぁ!? これ本当に神獣様正気かの!?」
『マジですね!! 頑張りましょう!!』
そうこうしているこうちに小さな体が浮き上がる、あっこれだめかも。
「「「「わーーーーーーー!!???」」」」
さながら落とし穴に落ちるかのように、僕たちは試練へと吸い込まれていくのであった。
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