02-07 ※でも死人は出ます。って書いてあるということは死人が出るということなんですよ

 そうして幾つかの仕掛けと水路を越え、わしらは王の寝台があると言われておる神殿に入り込んだ。わしらが通ってきたのは緊急用の脱出路でもあったのじゃろう。しかし神殿は随分と荒れ、冷気で満たされておった。

 寒々しい中神殿を駆け抜けると今度は冷え切った広間に出る。そしてクリスが立ち止まったのはそびえ立つのは凍りついた大きな扉の前じゃった。


「ここだ、この扉の先が王の寝台だよ」


 この周辺の寒さはどうにもこの扉が原因のようじゃ、吸う息ですらちょっぴり痛く感じるほどに冷たい。


「凍っているのもそうじゃが魔法でも封じられておるの。賢者、解けるか?」

『ふーむ、これは少し時間がかかりますね。これは相当ですよ、フォスキスが行なったものでしょうが……うん? 何かおかしいのでは?』


 賢者が扉の前で飛びながらくるりと舞う。その傍ら、ニコラスがふと思い出したように扉に触れる。

 ――ブウン、と低い音が広間に響く。どうやら扉のエナはニコラスに反応しておるようじゃった。


「私がやろう」


 そう宣言した声を聞いてか賢者がこちらに戻ってくる。

 

『そういう事情でしたか』

「賢者さま、どういうことだ?」

『フォスキスが彼に助けを求めた理由です、彼の冷寒魔法はおそらく……』

「彼女に見出されたものだ」


 扉を見上げニコラスは寂しそうに微笑んだ、ように見えた。


「私が今の仕事について、初めて担当したのがこの眠りの里だった。あの時は随分と手酷く振り回されたが、フォスキスは多くのことを教えてくれた。森のこと、妖精のこと、眠っている女王のこと……」


 エナが彼の元に集まっていく、それはまるで蜘蛛の糸のように真っ直ぐそして均一に。網を張り巡らすかのように扉へと刻まれていくエナの筋は、さながらニコラスの――それを教えたのであろうフォスキスの性格がよく出ていた。


『感情を媒介にした魔法、ですか。冷寒とは珍しいと思っていましたが、フォスキスが貴方に見出したのは感情の熱でしたか』

「我ながら全く呪われた力だよ。……彼女に会わなければ、この使い方に気がつかなかったろうな。最後の授業ぐらいは一発で突破するさ」


 パキリ、パキリと凍てついた扉が砕かれていく。封印は解けていく。セルバを閉ざした冷気の蓋を、こじ開ける。しかしそこでわしは気がついた。ニコラス、お主今最後の授業といったの。そして扉はフォスキスが閉じたものじゃと賢者が無自覚にいっておる、わしはてっきり魔の物にセルバが封印されたものじゃと思っておったが何かがおかしい。


「罠だろうな」

「ニコラス、お主」

「だが罠は踏み抜くものだろう。……封を、解くぞ」


 氷は粉となって砕け散り、魔力の封じだけが残されておった。


「それは深々と墜ちていく森と曇天の空に掲げた一夜の一節」


 唄を刻む、祝詞を告げる。

 雪月の英雄が人神マガツナに奉る。


「夜、月、朱肉の血を制すヲーリアは囁くように言葉を紡いだ」

「どれほど光が同じでも、どれほど風が同じでも、空は決して一つに在らず一人とて同じ色を見ることはない」

「――だが、だからこそ世界は美しい」


 扉がまるで客人を受け入れるように押し開かれる。

 エナが砕け散ったその先には、柔らかな生糸に包まれ眠っているエルフの幼子……セルバの姿があった。そう認識できるということは、つまりこの妖精のセルバとはさした違いがない……どうやら本当に眠りによる傷の再生は止まってしまっておるようじゃった。泣き疲れてしまったのじゃろう、ぐったりと眠っておる。


「ここまで連れてきてくれてありがとうなのだ、みんな。少し待っていてほしいのだ、すぐにわたしも目を覚ますのだ」


 こちらのセルバが本来の体に駆け寄ると、コツンと額どうしを当てて本体を抱き締めた。するとセルバはキラキラとした光となって、一つになる。封印が解かれたおかげか寝台の間から冷気は引いていき、周囲に置かれていた花々が生気をとり戻す。もはや懐かしいハッカの香りに誘われたのか、エルフの女王である幼子の瞼が目覚めの朝を知らせるように花開いた。

 目覚めたセルバは困惑したようじゃ、きっと今まで夢を見ていたような感覚だったのじゃろう。しかし記憶はしっかりと繋がっているのか、セルバの大きな瞳がこちらをみると安堵したように目を細めた。

 

「おはよう、なのだ」

「きみが本来のセルバなんだね。おはよう、セルバ」

「うん、そうなのだ。……あぁ、やはり夢ではなかったのだな……。ふふ、こんな小さな体のままで目覚めてしまうとはな。こんなに、小さな手になってしまうとは」


 自嘲するかのようにセルバが笑う。薄々分かっておったがやはりお主、心が限界なんじゃな。

 出来うることなら彼女をすぐにでも休ませたかった、美味しいものを食べて、太陽の元に出て、柔らかな風を浴びて。心というものは簡単に治らぬからこそ時間との勝負でもある、だが状況はそれを許してはくれない。

 まるで、森が彼女を責め立てているように。


「すまない、……すまなかった。今度こそわたしの役割を――」

「待って」


 手を出しクリスがセルバを静止する、そうして振り返ったその先を睨み付けると静かに勇者の剣に手をかけた。視線の先を見る前にわしらも臨戦態勢を取る、ぞわぞわした気配が開け放たれた扉の先から臭ってきた。


「おい、見てるぞ」


 出てこなかったら殺す、出てきても殺すと言わんばかりのクリスの圧が気配を浮き彫りにする。しゃらしゃらと聞こえてくるのは鈴の音、ずるずると這いずり回るように黒い靄が影となって形となる。濁った赤い瞳がギラギラと輝いて、バサリと蝙蝠のような翼が飛び出した。

 深紅の髪に真っ白な肌、黒い革のドレスを纏った魔なるモノがこちら側に現れる。一息吐くだけで瘴気が沸き立つ威圧感、あぁこいつは間違いない……魔王の魔力を分け与えられている正真正銘の魔の眷属だ。


「うふふ……ふふふふ! な〜んだ、今回の勇者さま一行は随分と冷めてるのね?」


 魔の女は微笑っていた。

 妖精の羽を毟り取り、森の翡翠を踏み潰しながらなんてことはないように命の上で微笑っていた。



「あーあ、油断したところをぱくっ! の予定だったんだけどなぁ〜、みんなバリバリ警戒してるんだもの、つまんなーい! まいっか、ご挨拶ご挨拶っと」


 くるくると、バサバサと翼をひらつかせ宙を舞う深紅の髪の魔族がわざとらしく微笑う。しかしその一見不真面目そうな態度の傍ら、今すぐにでも弾け飛びそうな殺意が場を支配していた。


「初めまして! あたしは魔の針の革細工師レザーナ、森の大騒動の黒幕よ! うふふふふ、こういうの一度言ってみたかったのよねっとと危ない危ない」

 

 なんともお遊びのような物言いに堪えきれなかったのか、それよりも元々持っていたものが勝ったのかニコラスが真っ先に槍を構え飛びかかった! しかしレザーナは軽々と攻撃を受け止めてしまう、それだけでこの目の前の魔族がどれほどの強さなのかが分かってしまう。まずい、これ相当格上じゃぞ!

 

「レザーナ……!」

「ヤッホ〜、お久しぶりニコラスくん! その様子だとあの時もらった爪は復活したみたいね、よかった〜! あの時はごめんね、痛かったでしょ?」

「っ!! 謝って済む話か!!」


 ニコラスの攻撃にそのまま援護攻撃を入れるためこちらも飛びかかる、大剣はひらりと躱されてかすり傷もつかなんだ。レザーナは空中からハラヒラとゆらめかせこちらを見下ろしてはニコニコしておる。


「やだ〜本当怖い〜! あたしが出てくることまで想定済みな感じじゃない? そんな露骨だったかしら」

「ここまでの道中の手薄さからしても、誘導されてるのは分かっておったからの。お主、この扉を開けさせたかったんじゃろ」

「そ、あの妖精騎士ちゃんが余計なことをしてくれたせいで回り道になっちゃった! でもそれもこれで終わり! セルバちゃあん? あなたに会いたかったのよ〜」


 じっとレザーナがセルバを見る、セルバは寝起きだというのに意地で身体を動かしているのか既に魔法の弦を張った弓を構えておった。


「お前、お前なのだな!! 里を襲い、フォスキスを殺したのは!!」

「んふふ、そうね、半分は正解! 半分は〜」

「問答無用!!」


 セルバがありったけのエナを込めて矢を放つ、建物の表扉を吹き飛ばした衝撃でそのまま戦闘は外へともつれ込んだ。建物の外は眠りの里じゃったが、一瞬そうだとは分からぬほど見るも無惨な光景になっておった。木々が腐り、水が黒く染まっておる。ひどい腐臭じゃ、こんなところにいれば数時間ともたずに頭がやられてしまう。まるで魔界のような光景に、それが当然なのだと言わんばかりにレザーナは狂った妖精を呼び寄せくる。


「怖い怖い、エルフって怒ったら怖いのね。もう可愛い顔が台無しよ? っと、お話ししない?」

「しない!」

「あっは、勇者くんこわーい!」


 クリスが尋常ではない速度で突撃する、妖精たちの邪魔も吹き飛ばし勇者の剣がレザーナの首元へ一直線に迫った。

 

「でも、これなーんだ?」


 が、目の前に突如差し出されたそれのせいで勢いが殺された。クリスは想像外の相手の醜悪さに驚いたのか、声を上げる暇もなく剣の挙動を捻じ曲げ着地する。見上げるその場所には、魔王の悪意が凝縮されている。

 

「っ、!? え、……フォス……? ああ、あああっそんなっ」

『酷い……、なんということを』



 それは、一人の妖精騎士の死体だった。

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