01-08 年取ると涙腺脆くなるって話はマジじゃよ

 クラムの収穫が成功したのはいうまでもなく、あの琥珀はエナの拘束が解けたのか蒸発してきれいさっぱり跡形もなくなってしもうた。そしてその中に閉じ込められた村娘たちじゃが、確認したところ全員無事じゃった! いやぁ本当によかった、何かあったらどうしようとずっと考え込んでおったからの!

 それと村娘たちは高濃度のエナに取り込まれていたせいか事件前後の記憶がなくなっておった、じゃがそれでいいと思ったわい。魔物に攫われた記憶なんぞ恐ろしいものでしかないからの、特に怪我もなく皆自力で歩けるぐらいには元気じゃった。そこからは皆を連れてこひなた村へと戻ったわけなのじゃが。

 肝心の守り手エピは、村まで戻るところまでぴくりとも目を覚ます気配がなかったのがマジで怖かったのう!! よもや、まさか、そんなことはあるまいよな? そわそわしっぱなしの帰り道じゃったが、それも杞憂に終わってくれた。

 魔法馬車の中ずっと付き添っておったが、村に入ったところでピクリと瞼が動いたのじゃ!


「……、……ここ、は……」

「目が覚めたか! おはようなのじゃ! 久しいの、そばかす娘」

「んん……あんた、もしかしてパスカルかい? なんだってここに……っは、クラム、クラム!?」

「おおうそう慌てるな!? クラムも皆も無事だっ、お前が最後だったんだからなっ! まったくせっかちだな」

「そうか、そうか無事か……っ」


 寝起きで急に起き上がろうとしたのか身体が痛むらしい、まったくもうすーぐ飛び出そうとするからのうこの小娘はのう! ほらそうこうしてるうちによく似たあの子がやってきた。


「王様っ目が覚めたって本当!?」


 馬車の幕を捲って飛び込んできたクラムが瞳を大きく開いた。


「おかあさんっ!!」

「クラム! あぁ、クラムっ、無事でよかった……っ」

「ばかぁっ、それ、私の台詞だよっ」


 あぁ、よかったのう。ずっとそうしたかったろうに、抱きしめ合う親子の姿をこう近くで見るとわしも涙腺が緩んでしまうのう……っ!


『おや、起きましたか。あぁ土砂降りですね』

「当然だろ。クラム、よかったな」

「う゛ん゛……ッ! ゆうしゃさまもあ゛りがとうぅうう~~~!!」


 大洪水になっているクラムをエピが受け止める、嬉しい涙が零れていく。

 賢者は鳥の姿に戻っておるものの声色が潤んでおる、クラムの様子が心配になってきたのか追いかけてきたのであろうクリスも、随分と目の周りを赤くしておった。

 するとエピは顔つきを重くすると静かに話を切り出す、その手は優しくクラムの髪を撫でておった。


「ごめんよ、お前を護るためとはいえ勝手に髪を切ってしまって……あんなに大切にしていたのに」

「いいの、もういいの。私の方こそごめんなさい、あんなひどいこと言ってしまって。あんなの嘘だよ、一度だって思ったことない。……だいすきだよ、おかあさん」

「クラム……! かあさんもお前のことが大好きだよ……っ」

 

 ひとしきりぎゅっと抱きしめて、エピはこちらを見上げる。らしくなく申し訳なさそうな顔しおって、お前はもっとこう、そんな顔は似合わない女じゃろうが。


「あんたたちも、すまなかったね。話は聞いていたよ、急ぐ旅だろうに」

「んんっ、ま、まぁのう。知り合いの危機じゃからの! 王としても勇者としても当然のことをしたまでじゃ、のうクリスくんっ」

「あぁ、そうだな。放ってなんておけなかったし、助けたかったのは本当だし」


 まぁ勇者だからなとぷいっと顔を背けるクリスくんが可愛らしい、素直じゃないのう~! すると賢者がパタパタとわしの肩に止まると、『ではそろそろ』と話を切り出した。


『感動ムードのところ申し訳ないのですが、一点確認してもよろしいですか?』

「あらやだあんたも相変わらずだね。いいよ、一点でも何点でも聞いて頂戴」

『あなたの行動についてです。ジェムードの襲撃を予期していたようですが、どうやって知ったのですか? 守り手には天候を察知する力はあっても魔物の予見能力はないでしょう』

「それは……」


 エピは一瞬言いよどむと、意を決したよう顔でこう答えた。……お前らなら、分かるじゃろうと。


「あいつが夢の中に警告に現れたのさ」

「警告じゃと?」

「近々村娘を狙って魔の手がやってくる、そしてクラムが攫われてしまったのなら、もう二度とこの子の心は戻らない。……この子を守りたいなら、村娘全員を差し出さなければならない。ってね」


 なんという選択じゃとわしはすぐに思った。なんてものを天秤に乗せるのじゃ、そんなこと人の親に決めさせるやつがあるかと。


「どういう意味だ……?」

『おそらく予言した主は村娘たちの琥珀化も予見していたのでしょう。あの琥珀として出力されたエナは、実際のところエピ殿を核として物質化していました。今回エピ殿にエナが集中していましたが、むしろ強い魂を持つエピ殿が核になっていたおかげで村の皆さんの精神が互いに融解することなく無事にもどってくることができた────つまり、クラムさんが攫われて核にされていた場合。クラムさんの精神力では村の皆さんのエナと精神に耐え切れず壊れてしまっていた、と』

「それって……何かが違えば取り返しがつかない大惨事になってたってことか!? あいつあそこで殺っとくべきだったか……」


 なんかものすごい物騒なことを言っているクリスくんはさておいて、今回エピはとても苦しい選択を迫られていたということになるのう。

 

「あたしもまさか宝石にされるなんておもっちゃいなかったが、結果的にはそうなるのかね」

『エピ殿』

「どうあれあたしは何が何でもクラムを護ることを選んだ。……ひどいもんだろう、勇者一行の一人だってのに、村の皆よりも娘を優先したんだ」

「おかあさん……」


 それだけ大切だったんだとエピは母の顔をする。クラムはくすぐったかったのか、それともエピの心にある力あるものとしての矜持の重さを察したのか彼女はぎゅっと母の手を掴んだ。

 一人よりも二人を、百人よりも千人を、勇者一行の一員として旅を経た存在なら嫌でもそう考えてしまうじゃろう。自分は力を持っているのだから、その責任を果たさねばなるまいと。勇者の手を信じた人間は多くの救命にどれだけの重さがあるのかをよく分かっておる、そしてそれを跳ねのけてまで一人を救うことの重さも。

 まったく、お前もあいつに似て真面目よの。


「恥じることあるまい、むしろお主たちができる最大限のことをしたからこうして皆無事なのじゃ」

「パスカル……」

「英雄がそんな顔をするものではないぞっ! 胸張って誇るがよい! 流石は最強の麦の守り手の親子じゃ!」


 のうっ! と振り返ると、そこには先ほどまで出るタイミングを伺っていたと思しき村長がおった。ふふん、気配で気が付いておったぞ!


「そうですよ、エピ。あなたのした選択は確かに難しいものだったかもしれませんが、皆助かったのです。結果良ければすべてよし。麦畑に雷雨も乾きも降るように、すべて完璧でなくとも麦を生かし、いつか必ず収穫に到達する。それが我々の生き方ではありませんか」

「村長まで……」

「エピオン、そしてクラム、よく頑張りましたね。あなたたち親子はこひなた村の英雄です」


 褒められ慣れてないのかエピが赤面しておる、そんな顔を見るのが珍しいのかクラムも驚いておるわ。愛い奴らめ~!


「ほっほ、状況が状況なら今すぐにでも褒美を渡したいぐらいじゃわい! 賢者、村の修復も含めた復興物資と一緒に新しい馬を送ってやっておくれな!」

『仰せのままに、王様』

「っはは、あんたってひとは……」

「お? 泣いとるの? 泣いとるのう~お前も可愛い所があったんじゃのう~!」

「あははちょっとでも見直したあたしが間違いだったよパースカール!!」


 昔のように頭をぐりぐりとされるがそんなことでさえ今は面白くて仕方がない、まぁ昔と違ってわしだいぶ小さいがそこは見なかったことにして。そんなこんなをしているとクラムのかわいい笑い声が聞こえた、つられてみんな笑った。クリスもどこか肩の荷が降りたように安堵しておるようじゃった。

 

「そうだね、あたしは出来る限りのことをした。クラムもたくさん頑張った。皆も無事だ。くよくよ悔いるのはやめだ! これからも守り手として頑張らないとね!」

「私も頑張るね! 髪は短くなっちゃったけど、これから伸びるもん。立派な守り手になっておかあさんの手伝いをする!」

「クラム~!」


 親子と、村と、黄金の内海と。笑顔が戻った最南の農村にやっと息をつく、これでこっちの旅も集中できそうじゃ!


「これでこひなた村の事件は一件落着じゃなっ! めでたしめでたし、じゃ!」

「あの一つ質問いいですか王様」

「おうっ、構わんぞどうしたんじゃ?」


 お主ほんとマイペースじゃのう~~~~! そういうところは確かに勇者じゃが。


「あいつ、って誰なんだ? 知り合いらしいけれど」


 あ、と思わず目を逸らす。そういえば説明しとらんかったの、まぁ関わりそうならこれからするつもりではあったが。しかし、その気まずさに助け船を出したのはエピじゃった。


「……そうだね、もしかしたらキミの旅に関わるかもしれないしね」

「?」


 エピはクリスに向き直り、真剣な表情で彼の話をする。

 あぁお前も忘れていないんだな、と輝きの勇者は胸のうちの苦しさに目を伏せてしまっていた。


「あたしの夢に警告を残したのは、あたしがかつて勇者一行の旅に同行した時皆を纏めるリーダーを担ってた男。この世でもっとも一番命を奪った断絶の魔王ウロボロスを討伐した────」


 その名前を聞くだけで、まだ泣きたくなるのはどうしてだろうか。

 


「信託の勇者、サイファーさ」

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