第32話 誓いの印

 辰馬たち一行は夏祭り会場の公園へとやってきた。メンツはいつもの辰馬、瑞穂、雫、エーリカ、シンタ、大輔、出水にフミハウと初音。ほぼ準レギュラーの位置にある美咲や学生会の面々は、今回不参加。女性陣はエーリカ以外全員浴衣で、エーリカだけいつもどおりの芋ジャージ。貧乏姫は貸衣装屋に走ったが当日になってからでは間に合わず、ほかの面々が美々しく着飾るなかいつもの姿となった。


「さぁ、今からお祭りを楽しむ前に、ひとつ言っておくことがあーる! とくにみずほちゃん!」

 会場に足を踏み入れる直前、雫がいきなり声高に言い立て、名指しされた瑞穂がきょとんと首をかしげる。


「ふぇ? わたし、ですか?」

「そう! よっく聞いてね、みずほちゃん。今回、抜け駆け禁止だから!」


 その一言に一瞬、一同凍り付き。

 ついで。


「あー、うん。瑞穂ってそーいうところあるわよね……」

「そうなの……? 瑞穂?」

「わたしのほうが年上なのに……最近の子って進んでるんだねー……」

 エーリカ、フミハウ、初音の順で呟いた。


「そ、そんなことありませんよぅ!」

「とかいーながら、早くもたぁくんの手を握ってるみずほちゃん」

「はぅ……」

 ほとんど本能的にといっていいほどナチュラルに辰馬の右手をとっていた瑞穂は、指摘されて頬を赤く染める。しかし手は離さない。


「まあ、ほら。瑞穂はあぶねーしな。手ぇつなぐくらいいーだろ」

「そんならあたしも手、つなぐよー?」

 辰馬の言葉に、糾弾者だったはずの雫がこれ幸いと左手にとびつく。この場の女性陣の中では一番つつましやかだが、十分大きいといっていい部類に属する谷間で腕を包み込む。


「ぎゃー! だから抱き着くんじゃねーよしず姉! 胸すりつけてくんな!」

「ふふーん、今日の雫おねーちゃんは下着をつけてなかったりするのです。うれしかろー?」

「嬉しくねーわ! さっさと離れろばかたれ!」

「もー。素直じゃないなぁ。ほれほれっ♪」

「牢城センセ、自分が抜け駆け禁止って言っといてなにしてんの! てゆーかアタシも!」

 今度はエーリカが辰馬の背に抱き着く。ちなみにエーリカの身長は166㎝。164㎝の辰馬より2センチ大きく、こうして抱き着くと二人羽織みたいに見える。


「重い! エーリカ重い! おまえ外国産で骨柄が違うんだから……だからお前も擦り付けんなばかたれぇ!」

「んっふっふー、離さなーい♡」


「辰馬さん、ホントうらやましーっス……」

「そう、か? なんだか苦し気にみえるが……」

「いやいや。あれはあれで喜んでるのでゴザルよ」

「たつまいやらしー! むっつりスケベ!」

「お前ら見てねーで助けろや!」

 辰馬は頼りにならない男衆にそれでも助けを求めるが。


「いやー、殴られたくねーんで」

「すいません新羅さん、俺も恨まれたくないです……」

「主様、実はまんざらでもないんでゴザろ? 正直に言うでゴザル」

「本当にねー♪」

「いつもながらホント、役に立たねーよなぁお前ら!」


「みんな……離れて」

 と、引きはがしてくれた救世主はフミハウ。なんだか少し怒った顔で、瑞穂をひっぺがし雫をひっぺがしエーリカをひっぺがす。


「新羅も。……いやなら、毅然として」

「お……おう……」

 矛先を自分に向けられて、恐縮する辰馬。年下の少女にきつめに咎められ、小さくなっている姿は正直、戦っているときの辰馬からは想像もつかないほどみっともない。フミハウはその手をとって、


「危なっかしい……。新羅、わたしが引っ張ってあげる……」

「ちょちょちょおおっ! フミちゃん!? それが抜け駆けだよちょっとおお!?」

「フミちゃんずるいです! せめて左手はわたしが!」

「いー度胸してんじゃない、一年坊!」


 お祭り開始前から収集つかなくなる一同。そこに、ぱんぱんと。手を打ち鳴らす音。


「はいはい、そこまでだよー。新羅さんも困ってるから。みんな新羅さん大好きなのわかったけど、困らせるのはダメ!」

 源初音が、ぴしりと少女たちを窘める。狐神少女のごもっともな一言に、少女たちはしぶしぶ、辰馬から距離を取る。


「ふう……あんがとさん、源」

「いえいえ♪ これで好感度を稼ぐ作戦ですから♪」

 冗談か本気か、そういって微笑む初音。好感度はどうか知らないが、間違いなく本日の信頼度は上がった。


「さて、花火は9時からだっけ? それまでどーするか……」

「いろいろ見て回るんだよ! 思い出作り!」

「しず姉なんでそんな思い出にこだわんの?」

「いやー、あたし学生時代、剣術ばっかやってたし? そのあとは教員免許とるためにお勉強でしょ? あんまし楽しい思い出がないんだよねー、当時はたぁくんも子供だったし」

「あー……」

「なので今年こそ、青春を謳歌するのです! OK?」

「そー言われたらなぁ。OKというほかない。昔のしず姉に負担かけたの、間違いなくおれだし」

 辰馬は苦笑い。雫は当時のことを負担だったなどと思わないだろうが、辰馬が昔「手のかかるガキ」だったのは間違いない。魔王の子として生れ落ち、周囲から指弾され、自分はなぜこの世に存在するのかと自問して一時期自暴自棄になっていた辰馬の養育はもっぱら雫の役割であり、体の弱い実母アーシェに代わってなにくれとなく面倒を見てくれたわけだから、辰馬の中に雫へのあこがれと思慕はまちがいなくあるのだ。問題は雫の側の強烈な押しとセクハラのせいでその感情がうやむやにされていることにあり、雫がもっと淑やかに振舞っていれば辰馬は簡単にコロッといったはずである。


 さておき。


「じゃーまずは……定番ってなんかな? 金魚すくい?」

「うんうん、いーねぇ♪ よーし、金魚すくいやろぉ♪」


 というわけで出店に各自しゃがみこみ、網をもらって金魚すくい開始。

「冒険者育成校の威信にかけても、情けない結果に終わるわけにいかんよなぁ……」

「オレ、金魚すくい得意っスよ? なんなら勝負するっスか、辰馬サン?」

「お? シンタの分際でおれに挑戦? よし受けた!」

「なんなら全員で競いませんか。優勝者はほかのみんなに1回、命令権」

「お、大輔も乗り気か。いーぜ、新羅江南流の技を見せちゃる」

 そうして大乗り気、負ける気など毛頭なく勝負を受けた辰馬だが、その記録は12匹すくったところで網が破けて脱落。ちなみにシンタは9匹、大輔は8匹。エーリカは11匹で瑞穂は3匹、出水は論外0匹とここまでなら辰馬優勝だった。のだが。


「はいはいはいはいっ! まだまだいくよー♪」

「雫ちゃん先生やりますね! わたしだって!」

 辰馬の誤算は自分に勝る剣術の天才がこの場に二人もいることを失念していたことだった。ここまで雫54匹、初音54匹でさらに継続中。彼女らにとって網をほとんど濡らすことなく金魚をすくうことなど息をするのとかわらないくらい容易く、勝負はいつまでも続くかに思われたがそもそも水槽中の金魚は残り一匹。


「やるねー、初音ちん。でも勝つのはあたし!」

「わたしが勝ちます!」


……

…………

………………

「負けちゃったかー、年かなー、やはは」

「雫ちゃん先生わざと網を破ったでしょ? ホントならわたしの負けです」

「それ見抜かれちゃう時点で駄目だよねー。でも、楽しかったよー♪」

 金魚すくいを終えて。勝負を通してなのか剣術小町同士のシンパシーか、やけに仲良くなった雫と初音。その手に下げた水袋には金魚が一匹ずつ。そりゃ、50匹ずつも持ち歩くなんて重たいし、気持ち悪いだけだからおのおの1匹ずつをもらってきたのだが。なんにせよ出店の親父の愕然とした顔が哀れを誘った。


「それじゃあ、わたしのお願いです」

 居住まいを正して、初音。ほかの面々も初音がなにを言い出すかと、期待半分緊張半分で聞き入る。


「ここにいるみんな、ずーっと仲良くすること!」

「……それは……、ずいぶんと大きいな……けどまあ、悪くねーや」

 初音の一言に、辰馬は一瞬たじろいだがすぐにそう応えた。どうせならこの言葉を正式な誓いにしたいとも思う。


「だったらさ、なんか目に見える形が必要よね!」

 エーリカが声を上げ、近くの出店に入って玩具の腕輪を9個、抱えて買ってくる。玩具とはいえエーリカの小遣い的には結構厳しく、いつかヴェスローディアに帰国する時のための貯金のみならず、こういうところで散財するから彼女は貧乏なのかもしれないが。


「これがあたしたちの、誓いの印よ!」

 誇らしげにそう宣言するエーリカ。こういうときに見せる彼女のカリスマ性はたいしたもので、辰馬たちもなにか特別に聖別されたアイテムを受け取ったように厳粛な顔で腕輪を手首に嵌めた。当然、それでなにかが変わることはないのだが、心の持ちようがこのとき、彼らの中で間違いなく変わった。


……

…………

………………


「そろそろ花火か。場所取りしてないと綺麗なのは見れないかもだが」

「やははー、こーいうのは気分だよ、たぁくん♪」

「久しぶりです、花火。斎姫になってからはずっと、忙しくしてましたから……」

「アタシも一年ぶりねー。こっちの夏は彩り豊かだわ」


 そして空に大輪の花が咲く。

「たーまやー!」

「かーぎやー!」

「? 牢城センセ、たつま、なにそれ?」

「花火と言えばこれなんだよ? あたしもよくは知らないけど」

「ふーん、そか。じゃあ、あたしもたーまやー!」


……

…………

………………


「やー、首痛くなるよね♪」

「そうですね。わたしも……」

「アタシも~……」

「そんじゃ、けーるか」

「寮?」

「いや、おれと源はウチの実家。みんなはガッコのほうだよな?」

 正確にはまだ蒼月館の学生になっていないフミハウは蒼月館女子寮に入る資格を持たないが、そこは雫がどうとでもするだろう、そう思っていると。


「じゃー、あたしたちもたぁくんちに行こっか♪」

「は?」

「最近ご無沙汰じゃん? いい機会だからえっちするよー、たぁくん?」

「いやいや、そんな、今日せっかくいー感じだったのに……冗談、だよな?」

「本気に決まってんでしょー! さあ、行くよみずほちゃん、エーリカちゃん! たぁくんを新羅家まで連行!」

「ぎ……ぎゃー!? た、助け……フミハウ、源……っ!」

「それが瑞穂の……幸せ、なら……わたしは、止められない……」

「あはは、新羅さん、ご愁傷様です。耳は塞いでおきますね」


……

…………

………………

 そのころ新羅家。

 アーシェ・ユスティニア・新羅とルーチェ・ユスティニア・十六夜、ユスティニアの美人姉妹は久しぶりに、同じ部屋で横になっていた。

「ねーさま?」


 夜半、ルーチェは姉の名を呼ぶ。が、返事はない。目を凝らしてみると布団の中にアーシェの姿はない。トイレかなにかかと思っていると、裏手口のほうで物音がする。物事には細心の注意を払うのが、魔王退治をクリアしたルーチェの流儀。息をひそめ、静かに起き上がって裏手口に向かった。


「……はい、ええ。わかっています」

 聞こえてくる、アーシェの声。その声の尋常でない緊張感にルーチェはただ事ではないことを察する。話している相手はおそらく神国ウェルスの神聖騎士団の人間であり、聖女を退任した姉がまだ彼らとのつながりを持っていることに驚いたが、続けて聞こえた言葉がもたらす震駭はそんなことを物の数にしないほど大きかった。


「わかっています……。魔王継嗣、新羅辰馬は、わたしが殺します」

 驚愕のあまり声も出ない。ルーチェは息をひそめたまま部屋に戻ると、何事もなかったかのように布団にくるまる。姉が戻ってきても問い詰めることはできない。今の出来事は夢だと自分に言い聞かせるうち、辰馬たちが帰宅して2階に上がる音が聞こえた。続けて上階の床がきしむ音と、かすかな嬌声の響き。あいつら、こんな時にのんきにえっちして……と、苛立ちを感じるうちあっという間に夜は明ける。新羅家を辞したルーチェは自宅に戻り、夫である十六夜蓮純に相談しようかと思ってもみたが……できない。姉の肩を持てば辰馬を、辰馬を守ろうとすれば姉を敵に回すことになり、ルーチェにはどちらもできそうになかった。

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