第20話 コタンヌのフミハウ

明芳館1年筆頭、コタンヌのフミハウが満を持して布陣を済ませたころ。


新羅辰馬はまだ蒼月館にあった。


「ん……しょ、んっ……! どうですか? ご主人さま? 気持ちいいですか?」

「いや……気持ちいーかどうかで答えたらそら、気持ちいーけども。……それ使う必要あんのか……?」

 それ、というのは瑞穂が惜しげなく露出する豊満極まりない乳房のことで、現在辰馬のものは瑞穂の爆乳に挟まれ、うずもれている状況にあった。


「本当は、きのう、お相手してほしかったですけど……、昨夜は牢城先生やエーリカさまがいましたから……」

「今日だって忙しかったりするわけだよ。出陣前に切羽詰まった顔でこっちゃ来いゆーからなにかと思えばお前……」

なかなかに慣れた手並みで辰馬のものを刺激してくる瑞穂に対し、辰馬の方はいまいち気が乗らない。なにしろ今から戦場に向かおうというところだったのにいきなり性交渉に持ち込まれて、どうにも感覚がおかしい。


「わたしだって暴発寸前なんです。あきらめて責任、取ってくださいご主人様?」

 乳奉仕しながら、うるんだ瞳と真摯な声で言う瑞穂。男の身勝手でこんな体質にされてしまった瑞穂のことを考えると、むげに押しのけることもできない。ゆえに辰馬は何のかんのいいながらなすがままなわけだが。


「? なんだか急に寒くなりました? わたし、寒いのは……」

「そんだけ脂肪があって寒いのが苦手とか……あ、悪い。てか確かに寒いな、もうすぐ7月だってのに……」

 先日の「重い」発言に続いてのデリカシーなし発言をぶちかます辰馬だが、問題はそこにない。二人が行為を続けようとする間にも冷気は鋭さを増し、数分後には辰馬の部屋の窓に霜が降りる。セックスどころではなくなった二人がいそいそと服に着替えて秋風庵の中庭に出ると、そこには驚くべき光景があった。


「雪……?」

 降りしきる白はまさに綿雪。蒼月館の学生たちは夏場の雪に驚きかつ喜んだが、すぐに喜んでもいられなくなる。寒さの度があまりにも激しいのだ。アカツキという国自体、八葉大陸アルティミシアのなかでは南方寄り。北の桃華帝国との国境、朔方鎮のある狼紋地方には万年雪が積もっていたりもするが、太宰の町では正月近辺の一番寒い時期でもそうそう雪など降らない。だから太宰っ子たちは雪の恐ろしさを知らず、思い知ったときにはもう遅い。たちまち積もりに積もった雪は道を埋め尽くし、建物を圧し、人の生活を犯す。道端であと数歩歩けば建物に戻れるという人が、その数歩を動くだけの体力すら一瞬にそがれる。


 辰馬は自身と瑞穂に凍気の障壁をまとわせて冷気を緩和させ、急ぎ学園グラウンドへ。


「辰馬サン、遅せぇっスよ!!」

「あーうん、悪い。で……、この雪と冷気、自然のものじゃねーよな?」

「ラジオでもこれは太宰学生街区だけの異常気象のようですし、いくらなんでも自然現象にそんな局地性はないでしょうからね。おそらく昨日の……フミハウ、でしたか。あいつの力かと」

 辰馬遅参を咎めるシンタに応答すると、今度は大輔が答える。なるほどなーと答え、辰馬は障壁を仲間たちへ展開。これでひとまず、氷結地獄からは免れた対明芳館メンバー一行だが。


正直士気は低い。なにしろ相手の力がバケモノすぎる。町の一部限定とはいえ、自然界の摂理をここまで捻じ曲げる能力者相手になにができるのか、という気にもなる。


「正直、勝てるっスか? 辰馬サン?」

「んー、まあ……。なんとかなるし、なんとかする」

 と、いうものの説得力は薄い。辰馬の能力でこの極寒地獄にどうこうできないのだからどうこう言えないのだった。温度を下げて寒さを加速させることならできるが、一度下がった温度を上げるすべを辰馬は持たない。


 しかし。

 辰馬がぼんやりと「なんとかする」と口にすると、仲間たちは「なんとかなる」ことを無条件に信じることができるのはこの一行の強み、紐帯・絆の強さ。


「にしても1年でこの能力かー……なかなか、明芳館は多士済々だな」

「感心してる場合ではないでゴザルよ! シエルたんが冬眠してしまうでゴザル!」

 出水が吼えた。その手の中では縮こまってガタガタブルブルと震える妖精シエル。

「あー、虫だからな……」

「虫ではゴザらん妖精さんじゃあ! シエルたんを侮辱したら主様でも許さんでゴザルぞぉあ!」

「はいはい。そんで、しず姉とエーリカは?」

「えーと……さっきまでいたんスけどね。寒さでリタイアかも……」

「ばーか、何言ってんのよシンタ!」

 どげしと。

 背後からエーリカのスニーカーがシンタに蹴り。


「ぶふぉ!? なにしやがるエーリカてめえぇ!?」

「アンタね、ヴェスローディアでアタシにその口叩いたら極刑だかんね。まあいーわ、はいこれ、たんぜん」

「ほーい、こっちにもあるよー。人数分あるからねー♪」

「おー、ちゃんちゃんこか」

「そ。ないよりマシでしょ?」

「助かる。いまおれ術と力でこの寒さをどーにかする方法ばっかり考えてた。上着羽織りゃあそんだけで違うんだよな」

「とは言っても……この寒さ、根本をどーにかしないとね!」

「おー! そんじゃ往くぞ!」


 かくて蒼月館勢、ようやく出撃。留守番かつ欲求不満の瑞穂はたんぜんを3枚重ね着して、雫の部屋で丸くなってふて寝した。


 学園抗争2日目、今日は明芳館側の攻勢が激しい。雪で作られた物陰にひそんだ彼女たちは横から背後からの奇襲で蒼月館勢を襲い、しかし昨日兵力分散で各個撃刺されそうになった辰馬は今回、兵力を集中、29人一丸になり、密集方陣を作って襲撃を蹴散らす。目の届く範囲なら何人でも力を及ぼせると豪語する美咲の「加護」効果もあり、まず後れを取ることはなかった。


 とはいえ、密集陣の弱点が一網打尽であることは間違いなく。


 積もり積もった大雪が崩れて頭上から降ってくると、これはもう一発アウトになってしまう。「ぎゃー! ちょっとちょっと待ちなさいよ!」エーリカが聖盾をかかげ、辰馬が氷の障壁をかまくらのように展開して最悪の事態は避けられたが、このままだと圧し潰されるのも時間の問題。


「しず姉、これどーにかできるか?」

「んー……、これ、神力で降らせてる? にしても降って凍った雪は自然のモノっぽいんだよね……。あたしでもどーしようもないかも……ていうか寒いよ! なんであたしちゃんちゃんこの下レオタードなの!?」

「服装はしず姉の趣味だからな……まあ、なら大輔、頼む」

「押忍! 了解です!」


 その数分後。

 フミハウは実況見分にやってきていた。

 蒼月館勢を生き埋めにしたのは彼女の計算違いだった。「殺人」を禁じられている今回の戦闘規定において、生き埋めの氷漬けというのは危険度が高すぎる。ゆえにフミハウは勝敗決したと確信すると同時に女生徒たちにスコップを持たせ、現場に急行したのだが。


「っっっっっっっっらああ!!」


 蒼月館勢は終わっていない。ほとんど凍り付いた雪が内側から吹っ飛ばされたのは完全にフミハウの予想外。朝比奈大輔の手甲・炎虎は対水・対氷特攻、氷壁相手に発揮する威力はすさまじい。大輔が拳を乱打する後ろから雫、シンタ、夕姫、繭も全力をぶちかまし、彼らがつぶれないよう辰馬の氷とエーリカの盾が支え、美咲が加護をいきわたらせる。この連携で蒼月館勢は難を脱し、そしてフミハウと対面した。


「く……」

 身構えるフミハウの表情に余裕がない。彼女の力は呪歌により自然現象を引き起こすことで、それが可能なればこそ近接における直接戦闘の必要はほとんどなく、そして必要がないために経験値も低い。


 ここまで指示に徹してきた辰馬が、飄然と駆ける。フミハウはなんとか接近戦用の冷気を集めようとするが、そうそううまくいかない。そして辰馬は近接が本領である。


 それでもフミハウは勇戦した。間に合わせの氷刃を生み出し、辛うじての綱渡りで辰馬の撃剣と渡り合う。が、肘や膝、蹴りや靠法(体当たり)をも織り交ぜて駆使してくる辰馬に対し、フミハウはどうしても優勢を取れない。


 やがて女郎花が氷刃を弾き飛ばし、辰馬はフミハウののど元に切っ先を突き付ける。フミハウは悔し気な表情の目の端に涙を浮かべるが、なお気丈に辰馬をにらみつけた。


「……そげん睨まんでくれんかな。別に取って食おうとかそーいうわけと違うんやし」

「病院の……、ベヤーズ先輩を……襲って昏睡させた……お前たちの言葉なんか信頼に足りない!」

「は? なんばいーよっとかお前は?」

 辰馬にとっては寝耳に水。思わず地の南方方言が飛び出る。当然自分に覚えはないし、仲間たちがそうするとも思えない。完全な冤罪だが、向こうはそうとは思わない様子で言葉のナイフをたたきつけてくる。辰馬の感知しないところで推移している事件の罪を問われて辰馬が一瞬、動揺する隙に、フミハウは必至で氷刃を再生、斬りつける。


「っと!?」

 遮二無二切り付けてくるフミハウだが、技量差は歴然。辰馬は軽くいなしてさばき、この場で誤解を解くのも難しいと判断すると延髄に手刀を落としてフミハウの意識を刈り取る。


「ひとまずこれでいーか……にしても、病院襲ったとか……誰が?」

 首をひねる。そこに。


「お見事でした、新羅さん」

 背後から、強烈な殺気! 寒さで万全ではない辰馬が辛うじて回避すると、一瞬前まで辰馬の身体があったところを繊手が突き抜ける!


「李詠春……!」

「2日目もあなた方の勝利、おめでとうございます。さぁ、その子を渡してもらえますか? 病院に連れて行かなくてはなりませんから!」

 拳で掌で肘で膝で蹴りでの、激しい応酬。応酬しつつそう持ち掛けてくる詠春の瞳にはなにやら狂的な光があり、辰馬は直感的にこの女の危険度を察した。フミハウを渡せば彼女の身柄が危ういと判断、その身体を抱きかかえ、飛び退る。


「浅薄! 人ひとり抱えて逃げられるおつもりですか!?」

 ニタリと笑んで追う詠春。確かにこの状態、苛烈な攻勢を止めるには難しい。さらに難しいことには仲間たちが……雫や美咲ですらも、力なくうなだれ、辰馬を助けに入る余裕を持たないでいること。それは周囲の明芳館女性陣たちにしても同様。異常な虚脱があたりを支配していた。この場において十全に動けているのは詠春と辰馬の二人のみ。


 これ、まずいな……。このままだとやられる……。


 本能の感覚と理性の導きが二つながら同じ結論を出し、警鐘を鳴らす。


『今こそ我の力を頼れ』

「っ!? 急に出てくんな! 驚くやろーが!」


 先日来、聞こえるようになった古神の声。


『この状況、汝の力だけでは難しかろう』

「どーにかするって……く!」

「なんの独り言ですか!? それそれ! あら、このままだと、この場で勝利できてしまうかもしれませんね!?」

「調子に乗んなよ、詠春……っ!」


『今ならお得なお試し体験コースで我の力を貸そう』

「……なんだその胡散臭いうえに力の抜ける……まーいいや、力貸せ!」

『うむ。では叫べ……』


「……バイラヴァ!!」

 辰馬の中でひとつの名前がひらめき、腑に落ちる。いままでただの「力」として存在していたものが「名前」を得てまったく別の、高次の力に昇華される。詠春は辰馬が名を叫んだそれだけの発動で10メートルほども吹っ飛び、すぐさま受け身をとって立ち上がったが明らかに警戒した。追撃をためらう。


「バイラヴァ……お前の、古神の名か?」

『我の千ある名の一つではあるが。……さて、どうする? あの生意気な小娘、引き裂いて蹂躙してやるとするか?』

 辰馬の問いに答える、千の名を持つ神。しかしどうやらこの神格はよほどに獰猛、破壊衝動が強いらしく、一心同体である辰馬からしてがその破壊衝動に引きずられそうになる。辰馬は意志力でそれを押さえつけた。


「いやいや待て待て。怖いことゆーな」


「新羅さん……あなたの神……いえ、それは神なのですか?」

 詠春が、わずかに怯えを含んだ声で問う。辰馬から立ち上るものはきわめて強く純度の高い神力であると同時に、きわめて濃密極まりない魔力。それらが混然一体となったそれはもはや神力とも魔力とも呼べない、異質なるもの。


「おれに聞かれても知らんが。つーか、この眼で見て確信した。ベヤーズを襲ったのってやっぱお前か……」

「さぁ? それは、どうでしょう?」

「しらばっくれんな、おれの眼には見えてる。……証明する手段はないが。……さて、ここでお前を叩きのめして学園抗争自体終わりにするか」

「あら? 新羅さんはお仲間たちを見捨てるつもりですか?」

「?」

「わたしの契約古神は貪欲でして。このままだと食い殺されますよ、あなたのお仲間たち。その前にわたしを倒すことが可能だというなら、やってみるのもいいでしょうが……」

「……わかった」

『辰馬よ! あんなものは脅しだ! 汝の意志と我の力があれば一瞬で……!』

「やめとけ、バイラヴァ……万一があるからな。そんじゃ、今日もここで退く。明日、3日目で決着をつける」

「はい。フミハウに乱暴なことはしないでくださいね? その子は次の明芳館、学生会長なんですから」

「わかってるよ。お前のそばよりは安全だってことを保障する」

 辰馬はそういうと仲間たちを神力のような魔力のようなものでまとめて担ぎ上げた。そのまま軽々と運んで蒼月館へと帰っていく。


 こうして。新羅辰馬は古神「バイラヴァ」と契約(仮。お試し体験版)。明芳館との戦いは最終局面を迎える。

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