第16話 新羅辰馬の童貞喪失

「荷物こんだけか? 身体が痛いとかつらいとかない? なんかあったらすぐ言えよ?」

 病院。おまえは世話焼きおかんか、というくらいにかいがいしく心配性に、新羅辰馬は神楽坂瑞穂の退院準備を手伝っていた。普段の辰馬の横着ぶりとか奔放不羈な性格を知るものなら目をむいて驚くところで、実際三バカや雫は本当に目を丸くしていた。もっとも、雫の場合は新羅家の男子が薄幸の少女に惹かれやすいという血統を(実のところ祖父・牛雄、父・狼牙、当代・辰馬の三人に血のつながりはないのだが)知っているために、まあやむなしとは思っている。多少の悔しさはあれども、そこは度量の広いおねーちゃんを演じなくてはいけないのが、年上のつらいところ。


「よし、肩貸せ……、んぅ? 案外重い?」

「はぅ……」

 辰馬の不用意な一言が、瑞穂の繊細な心に会心の一撃をくらわす。シンタや出水が「辰馬さん(主様)……」という顔をして、雫も「それ言っちゃだめだよー、たぁくん?」と渋面。瑞穂の身体は決してデブではない……むしろ最高に均整がとれているといっていい体をしているわけだが、身体の一部の隆起が、ふくらみが121㎝と言うとんでもない規格外なのでその部分だけで20㎏超、どうしても体重は重くなる。なので体重が重くなるのは無理ないのだが、それにしても女性に「重い」といってしまう辰馬のデリカシーのなさは、どうしようもなく「こいつ駄目だ」、と言わざるを得ない。


「す、すみません、デブで……」

「あー、いや、デブとか言った覚えはねーんだが……」

「たぁくん、そこは「軽いよ、羽根みたい♪」って言ってあげよーよ……」


それやこれやあって。

退院となった。


「とはいってもあたし、お金あんまし持ってないんだよねー。入院費でるかな……?」

「まあ、足りんかったらおれのこの前の報酬、あれから……」

 受付で貧乏姉弟が支払いについて恐々としていると、瑞穂のそばに人影が立った。先日、この病院から辰馬たちが立ち去る際にすれ違った、赤毛シニヨンにメイド服の少女。その姿貌は雫や瑞穂よりさらに一段と美しいが、表情はどこか作り物の人形めいている。

 メイド服の少女は瑞穂になにごとかささやくと、大量の紙幣を握らせた。


「神楽坂、そのひとは?」

 黙ってみていられる金額でもない。立ち上がって辰馬が訊いた。


「あぁ、こんなところで大金の受け渡しをしていると、犯罪を疑われかねないところでしたね……。早計でした、わたしは晦日美咲(つごもり・みさき)といいます。姫さまにはヒノミヤでお世話になりました」

「……ヒノミヤ関係者?」

「……そんなところです」

 美咲はそういったが、辰馬は嘘だなと見抜いた。確かに美咲からは強い神力……聖女クラスの……を感じるが、神職独特の雰囲気がない。むしろどちらかというとまとう雰囲気は官憲や軍人といった制服組のそれで、おそらく国家機関の所属だろうと辰馬はそこまで思った。が、それ以上の詮索はやめる。とりあえず、敵でないならそれでいい。


「じゃ、お金の問題もなくなったところで」

「そーだな、大手を振って退院するか」

………………

そして蒼月館の女子寮・春曙庵に到着。


「ふぁ……あ、たつま」

 職員室にちょっと用事、と去っていった雫と入れ違いで、ジャージ姿のエーリカが出てくる。


「その子結局ここに入るの?」

「しず姉の預かりってことになるからな。おれのまわりにほかに大人っていねーし。まあ、実家かギルドに預けてもよかったんだろーが、なんでかおれと離れたくないってゆーし」

「はー……、またライバルが増えるわけよね。……ええと、このまえ挨拶してたっけ? んじゃ、改めてカグラザカさん? アタシはエーリカ・リスティ・ヴェスローディア。よろしく」

 エーリカがフレンドリーに握手の手を差し出すと。


「は、はい……よろしく、お願いします……」

 瑞穂は辰馬の背後に縮こまって隠れた。


「ちょっと! なんで隠れるのよ!?」

「いろいろあって対人恐怖なんだろ。怒るな」

「あの……ヴェスローディア、ということは……」

「うん。あっち(西方)のヴェスローディア。あたしお姫様なのよ」

 全然お姫様らしからぬ服装と態度で、エーリカはそういってのける。まあ、堂々としているあたりは姫の風格かもしれない。


………………

「そんじゃ、あたし行くから」

「おー。んじゃ、しず姉戻ってきたらおれも行くか。女子寮に入るわけにもいかんしな……」

「あ、新羅さん……」

「ん?」

「ひとつ、お願いがあるんですが……」

「おー、聞けるもんなら」

「はい……その、わたしを……してくれませんか?」

「は?」

「わたしを……ぃに、してくれませんか?」

「すまん、大事なところが聞こえん。もー一回」

「わたしを、奴隷にしてくれませんか?」

「あー、うん。奴隷……どれい……どれい!?」

「はい……わたし、ヒノミヤで、その……いろいろ、されたじゃないですか?」

「あー、うん。それは聞いた。ご愁傷さまだ」

「それで、ですね……。多淫癖というか、淫魔的な資質というか、そういうものが目覚めてしまったらしくて、ときどきすごくエッチな気分に……なるんですが……」

「あー……」

「それで、自分で処理しても全然収まらなくて、どうにも男の方との交わりが必要らしいんですが……男の人は怖くて。だから、新羅さんに……」

「……? ん? なんか、わかったけどわからんぞ。なんで男が怖いのにおれは平気なんよ?」

「新羅さん、優しいですし、外見的に男の人に見えませんから……」

 辰馬は膝からガクリと頽れた。いつも童顔、女顔、その他いろいろ言われるが、ここまでしみじみとストレートに「男に見えない」と言われたのも珍しい。


「だから……お願いします!」

「あー……うんまあ、いい、のか? つーてもおれにテクニックとか求められても無理だぞ、自慢じゃねーが童貞だし」

「はい! それについてはわたしのほうがご満足させてさしあげます! これから、よろしくお願いしますね、ご主人様♡」


……

…………

………………

と、いうわけで。


 早速その夜、男子寮秋風庵、辰馬の部屋。

「よー……ホントにするんか?」

「はい……お気が進みませんか?」

「まあ、こーいうのは好きあった男女がしっかり交際して……んぶうぅむっ!?」


 辰馬が能書き垂れる間もあればこそ、瑞穂は薄い胸板に思い切り抱き着くと押し倒しつつ唇を奪った。敵意・害意に対しては機敏に反応する辰馬だが、殺意のない無垢な押し倒しにはあえなく倒される。


「ちゅ、ちゅぶ……くちゅる、ちゅっ♡ はぁぁ、ご主人さま、1週間、瑞穂は我慢してたんです、もう限界ですよぉ…‥」

「ちょ、待て待て、落ち着け……! こんな……んふふぅ、んむぅ~っ!?」

 再度の口づけ。飢え乾いている瑞穂は、貪欲に貪婪に辰馬の口蓋を頬裏を舐めまわす。そうしながら自分の服……ピンクニットのサマーセーター……をめくりあげつつ、辰馬の服も脱がしにかかる。


「わ……腕とか腰とか、わたしより細いです……」

脇腹をなでながら言って、スリスリと体をすりつけて密着、下半身も裸になると辰馬の足を両の太ももではさんで、陰部秘裂を足にこすりつけ、腰を動かす。瑞穂の技術はヒノミヤで数百人の男に無理矢理犯されて開発された熟練であり、童貞の辰馬はなすすべもない。普段のかわいらしい表情を淫蕩に豹変させ、頬や耳たぶをちろちろと舐めてくる瑞穂に辰馬は快楽より恐怖を感じた。ここで逃げない度胸は大したものだが、その瞳の端には玉の涙が浮かんでいる。


瑞穂はいよいよ辰馬にまたがり、スマタで互いの性器を刺激する。辰馬はまな板の上の鯉状態で目を閉じてあきらめモード、そういう精神状態だからかなかなか勃起しないわけだが、瑞穂が睾丸の裏をぐり、と少し強くひっかくと、一瞬で驚くほど元気になる。


「っあ!?」

「ぁは♡ 今のは最高に気持ちよくなれるツボですよぉ……さ、ふたりできもちよーく……」

「ちょーっと待ったあぁ! みずほちゃんだけズルいんじゃないかなぁ!?」

「あたしもいるわよー! 抜け駆け禁止!」

「しず姉……エーリカ……おまえら覗いてたんか?」

「みずほちゃんがたぁくんの部屋に忍び込んでくの見たから、なにかおはなしかなーって思ったら! 思ったらだよ!」

「まったく、大人しそーな顔してとんでもねーわね。いきなり初日に男押し倒す?」

「いや、そこらへんは事情があってな……」

「まぁ、そこらへんの事情はいーのです。あたしたちも混ぜろ~♪」

「そーよ、混ぜろー!」

「は……はあぁ!? ちょ、待て、なにが‥‥‥うああああああああぁ!?」

………………

 そして辰馬は搾り取られた。


 ひとり5発、早計15発。最初の1発2発は正直、気持ちよかったが、回数を重ねるごとに苦行荒行の様相を呈し、最終的に5巡目をおえるころには向こう岸に会ったこともないご先祖様の幻を見たという辰馬だった。


「ふーっ、これがセックス。気持ちよかったーぁ。まあ、最初の時ちょっと痛かったけど、このしあわせと引き換えの痛みだと思ったら軽いもんだよねー♡」

 雫が本当に幸せでたまらない、というふうにそう言った。その横で辰馬は4P逆レイプの恐怖に頭を抱えて泣いているわけだが。


「なに泣いてんのよ、たつま。あんた自分からガンガン責めてたじゃない、いまさら本意じゃなかったーとか聞かないかんね?」

 エーリカがジャージを穿きなおしながら言い放つ。確かに途中辰馬は熱に浮かされたようになり、猛然と少女たちにのしかかって腰を使ったが、それを責められても困る。エーリカたちが拒絶したならともかく、むしろノリノリで受け止めてきたわけだから。


 少女たちの積極性に戦慄させられた辰馬だが、ようやく緩慢に立ち上がると部屋の水道を開け、コップに水をつぐ。普段激しい戦闘でもかかないほどの汗をかき、喉がからからになっていた。ぐいと飲み干してどうにか、人心地つく。


「ご主人さま、改めてこれから、よろしくお願いしますね♡」

「今日のでたぁくんのこと、もっと好きになっちゃったなぁ~♡」

「たつま、あんたこの三人以外とシたらダメだかんね?」


 その間にちゃっかり服を着替え終えた三人娘は口々に言って部屋から立ち去っていき。


 おれ、えらいことしたわ……はぁ……。


 童貞を4Pで捨てた辰馬は、やってしまったことを思い起こして胃に痛みを感じるのだった。

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