第5話『アップストレッチ』と『ダウンストレッチ』

「二人一組になれ」


 信長監督の言葉で僕らは同じ学年同士で二人一組を作る。あぶれた二年生サードの矢野を信長監督は掴まえて僕らに見本を見せる。


「いいか。ストレットにはアップとダウンの二つがある。今から行うのは『アップストレッチ』だ。これから始める練習のためのもの。『ダウンストレッチ』は激しく使った体をケアするためのものである」


 そして体の筋肉を伸ばすような動作を。アキレス腱伸ばしや股割りなど。


「おお。矢野。お前はなかなか柔らかい体をしてるな」


「ありがとうございます!」


「喋るな。呼吸を意識しろ。ウェイトもそうだが呼吸はとても大切だ。前屈で目いっぱい背中を押すからその間、出来る限り息を吐き続けろ」


 そう言って信長監督が矢野の背中を押す。


「ほら。お前らも見てばっかりでは時間がもったいない。せっかくランニングで温まった体が無駄になる。同じようにやれ」


「はい!」


 そして僕らは『アップストレット』を信長監督から教わりながらそれを行う。そして腕立て伏せや腹筋、背筋、パートナーに両肩を抑えてもらっての『リアサイドレイズ』(と信長監督は教えてくれた)など。


「ほら。西井。背中が丸まっている。負荷がかかるものは常に背中に『アーチ』を意識しろ。まずは故障しない体作りだ。おい、竹内。腹筋は両手を頭に回せ。反動を使うな。逆に上半身をおろす時にゆっくりおろして負荷を感じろ。そして呼吸」


 今まで僕らがやっていたことは何だったんだというような信長監督の『アップストレット』。これだけで僕らはかなり体力を消耗した。


「よし。それじゃあ次はダッシュだ。宮武、塁間は何メートルだ」


「はい!約二十七メートルです!」


「そうだ。正確には二十七・四三一メートル。九十フィートだ。まあそれはいい。レフト線からセンターまで五人一組でダッシュだ。前の組が半分ぐらいまで走ったのを確認したら次の組がスタートする。掛け声は一番右側のものが出せ。いいな」


「はい!」


 新一年生を加えた僕らの数は総勢二十九名。端数を入れて六組。鬼のようなダッシュが始まる。


「はい次。はい次」


 いつまで経ってもレフト線とセンター間の往復の繰り返し。僕らはこのダッシュがいつ終わるのかばかり考えていた。


「次。最後の組がこっちに戻ってきておる。お前らがスタートせんと後ろがつまる」


「はい!」


 そして仕方なくスタートを切る僕ら。前のグループを見て次の組がスタートを切る。そしてまた次の組が。先頭のグループが両手を膝について息を切らしている頃にはもうすでに最後の六組目の四人が走り終え、先頭のグループがスタートを切らないといけない状況になる。そしてそれはどのグループも同じであり。途中で力を抜くものも出てくる。


「こらあ!高島ぁ!手抜きしてもすぐ分かる!全力で走れ!」


 同じ二年生ショートの高島が怒鳴られる。この地獄のようなダッシュはいつ終わるのだろう。僕もふらふらになりながら根性と気合で全力で走り続ける。

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