第5話 妹

尊敬する師匠も、安定した生活もいきなり失った俺は

抜き身のままの剣を持ち、茫然自失で森の中をさ迷い歩き始める。

あまりにショックで「死ね、死ね」

という幻聴のようなものも聞こえる。

「死ぬか……死んだらこのひどい夢が覚めるのかな……」

そんなことを呟きながら

飲まず食わずで三日ほど、森を歩き続けると

森を抜けて、どこまでも広がる大草原に出た。

時間の感覚もあやふやだが、見上げると太陽がちょうど頭の上に出ている。

「昼前か……いつもなら師匠と飯食べてた時間だな」

そう思いながら今度は草原を歩き出す。

腹が減っているはずなのに、身体も限界のはずなのに

スタスタと足は進む。


相変わらず耳の周りでは

「死ね死ね」

という声が聞こえるが、慣れてしまった。

頬を草原に吹く爽やかな風がくすぐる。

少し冷静になった俺は今までの経緯を考えてみる。

「何か爆発して、ゴミ捨て場にいって、刑場で

 そして師匠と一ヶ月半くらい暮らして……そして師匠を殺して……」

ぼうっと青空を見ながら、考えていたので

俺は遠くから接近してくる馬乗りの集団を見逃していた。

気付いたときにはすぐ近くまで接近されていて

頭上に飛んできた矢に気付いたときには遅かった。

遅かった……はずだが

「ぎゃぴぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

というおぞましい声が耳元から聞こえて

俺は横に飛びのいて、声がした場所に見る。

黒とむらさきが混ざったような煙が消えていくところだった。

「あんた、レイスにとり憑かれていたよ」

大きな弓を持ち、真っ白なバンダナを巻いた

黒髪の黒目で肌が地黒のかわいらしい少女が馬上から俺に微笑む。

どうやら矢を放ち、レイスとやらを倒してくれたようだ。

ってか、レイスってなんだよ……とりあえず

「ああ……ありがとう……」

感謝を返すと

「ミーシャ、この人顔色が悪い」

「村に連れて行こう」

少女の背後の馬上の強そうな女たちが俺を見て口々に喋る。

「馬に乗れるかい?」

力強く腕を差し出した少女の掌を、俺は力なく握り返した。


馬に揺られながら少女は次々に様々な事を俺に問う。

「どこからきたの?」とか

「何をやっている人なの?」とかである。

そのたびに生気をなくした俺は「わからない」「知らない」と答え続ける。

馬上の女たちはそんな俺の様子を見ながら

馬を近づけてヒソヒソと

「"流れ人"だ」

「ナガレビトね……」

などと話し合っている。俺の剣を預けた女は

その刃毀れした刀身を興味深そうに馬上で眺めていた。

そうしていると頑丈そうな大きなテントを沢山張られた場所を

簡易な柵で大きく囲んだ遊牧民の村のようなものが見えてきた。


村に入ると

「やあ、ミーシャ。その人は誰だい?」

と人の良さそうなおじさんが話しかけてきた。

カラフルな布の服を纏い、頭には使い込まれた山高帽を被っている。

周囲を見ると似たような人たちがそれなりに歩いていたり、作業をしている。

「森の外れにいたから連れてきた。みんなは"流れ人"だって」

その瞬間、おじさんの顔が真面目になり

「ふむ……村長に報告してくるよ。

 くれぐれもその人を大事にするように」

とだけ告げて奥の大きなテントまで走っていった。

俺は馬から降ろされると、

ミーシャに手を引かれて脇の小さなテントまで連れて行かれる。

「私の家なんだ」

と腕を広げて少女は、自慢げに自分の住処を紹介すると

俺を中へと連れ込んだ。

中にマットのようなものが敷かれた上に

動物の皮が敷かれた木製のベッドやら

様々な調度品、小さなテーブルと椅子が二つ並べられていた。

壁側には弓や、槍が立てかけられている。

「寝てないでしょ。ベッド使っていいよ」

「すまない……汚れるけどいいか」

森の枝に引っかかって穴やスレ傷だらけの自分の服を見てそう言うと、

ミーシャは少し頬に手をあてて考え込むと

椅子に俺を座らせ、テントの外へと何かを取りに行った。

俺は息を大きく吐いて、少し今の状況を整理する。

悪い人たちではなさそうだ。


ミーシャは親切だし、信頼しても良いだろう。

戻ってきたミーシャは、数枚の布きれと、大きく水を張っているタライをもってきた。

そして唐突に

「脱いで」

と俺に言う。

「……?」

戸惑っていると、上半身の服を器用に脱がされて

水でぬらした布きれで、俺の身体を丁寧に拭いていく。

そうか……汚いからな。綺麗にしないとベッドで寝るとき悪いもんな。

と考えていると

「下も脱いで。全部」

と上半身と俺の顔を拭き終わったミーシャが

真っ赤になりながら要求する。

「まてまて、下は自分で拭くからいいよ」

「拭かせて」

「いやいやいや」

そうやって抵抗していると、

テントの入り口からさっきのおじさんがいきなり入ってきて

「ありゃ、お邪魔だったかな」

と恥ずかしそうに出て行って、外から

「村長がすぐにでも会いたいそうだ。準備が出来たらきてくれ」

と告げて去って行った。

俺はすばやくボロボロの上着を着込むと、

「拭くのはあとでいいから、とりあえず村長のところに連れて行ってくれない?」

ミーシャは耳まで真っ赤なまま頷いた。


ミーシャに手を引かれ、俺は村のもっとも奥の巨大なテントへと案内される。

中に入るとちょっとした金持ちの家のようだ。

金の刺繍の入ったマットというか、絨毯が地面には敷かれ

豪華な装飾品が飾られ、綺麗な女性や

勇敢そうな巨躯の男性が左右に数名並んでいる。

ミーシャと俺はその人たちに見つめられながら

最奥の大きな椅子に座る、真っ白な髪と豊かな髭をたくわえた

温厚そうなおじいさんの前へと進み出た。

ミーシャは膝をついたので俺も真似をする。

「長老様。村の掟では、この人は連れてきた私のものです。私から取らないでください」

とまずは自らのものだと硬くなりながら主張する。

「……」

長老はその言葉には答えず、椅子の上から、俺をじっくりと観察すると

「旅人よ。流れ人様よ。我が村はあなたを歓迎します」

その言葉と共に、両脇の男女が拍手をする。

ミーシャは顔を真っ赤にしながら長老を睨んでいる。

「ときに、流れ人様よ。あなたのお名前は……?」

その時、ようやく俺は我に返って自分の名を思い出した。

「但馬です。タジマタカユキといいます」

「ふむ。草原に落ちる落雷のような響きですね。だが、やさしいそよ風も吹いている」

長老はそう言うと続けて

「私はラーマブルといいます。

 この村の村長をもう四十ラグヌスほど務めさせて頂いております」

ラグヌスという単位がよくわからないが多分、四十年とかそういう感じだろう。

「これ。タジマさまとミーシャに椅子を」

俺とミーシャに椅子をもってこさせ、俺らが着席すると

村長は再び語りだした。

「ミーシャは、幼いころに両親を失くしましてな。村で協力して育てて参りました」

「そうですか……」

「たまたま弓の才能にも恵まれまして、我々も助かっておる次第です」

睨んでいたミーシャの顔が上気する。褒められて嬉しい様だ。

「流れ人様の世界の風習では、どうかはしりませぬが……。

 この村は一夫多妻制度をとっています」

長老を微笑みながらさらに

「よければどうですかな?

 齢十四で、若干はねっかえりですが、生活能力は確かです。

 貴方様への助けにもなるかと」

「……そ、それはどういう意味ですか?」

「家族になろう!」

ミーシャが俺に向けて声をあげる。

「これこれ。急かしてはならぬ。

 流れ人様たちはそれぞれに使命があるのじゃ。この村には恐らく留まれぬ」

俺は少し考えてから自分なりに答えてみる。

「正確にはまだ理解してはいないし、本当にあやふやな話なんですが」

「はい」

「恐らくこの世界で、俺は完全に孤独なんだと思います。

 なので家族や繋がりができるのはとてもありがたいのですが……」

「嫁をとるにはまだ早いと……」

「申し訳ないがその通りです。でも代わりにですね」

ミーシャは俺の顔をじっと見つめる。

「妹ということにはできませんか?」

「ミーシャをですか?」

「ええ。但馬が苗字なんですが、タジマミーシャ、

 もしくはミーシャ・タジマと名乗ってもいいです」

しばし周囲に沈黙が訪れる。

うわーまずいこといったかなぁと俺が1人でビビッていると

「気に入りました!!つまりは我が村のものが、

 流れ人様と義兄弟ということになるわけですな!!」

村長は喜びを全身に表し、俺に賛同した。

「兄さん!!」

ミーシャは俺に思いっきり抱きついてくる。

「直ちに義兄弟の契りを交わす式の準備を執り行います!!」

喜びを溢れさせる村長の大きな声に

周囲の壮健な男女も再び大きな拍手をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る