第41話 真なるヒーローはどっち
期末テストが終わった。後は夏休みを待つばかりである。
最後の数学が思わしくなかった太路は欠点大丈夫だろうか、と遠い目で憂いていた。
太路とは対照的にキラキラとした笑顔で徳永くんが駆け寄って来る。
「クラス全員で海行きましょうよ! ねえ! ヒーロー!」
「そんな日焼けしそうな場所、僕は行きたくない」
太路は生まれつき皮膚が薄くて日焼けすると真っ赤にただれる。
「でっかいテント建てましょう。バーベキューとかして」
「君たちだけでやってくれ。僕は遠慮させてもらう」
「遠慮しなくていいっすよ! 俺ヒーローに来てほしいんす!」
ヒーローかわいい~、と女子の声も聞こえるが、みなさんお断り、という意味での遠慮を知らないのだろうか。
「浜辺で大音量で音楽かけて盛り上がりましょうよ~」
「迷惑行為じゃないのか」
「普段聞いてる音楽も浜辺で流すと全然違って聞こえるんだよね」
「そうそう。インスピレーションを刺激される感じ」
インスピレーションか。
今の僕に必要なものかもしれない。
太路は調子よく進んでいた新曲作りが行き詰りつつあった。何かひとつ欲しい、と思っていたのだ。
「7月18日までは無理だが、それ以降なら行こう」
「夏休み21日からですよ~。ヒーローギャグセン高!」
ただの天然も公式ヒーローならばハイセンスなギャグになってしまう。
顔が熱くなってきた太路はトイレに向かった。
教室に戻ると、雰囲気がまるで変っていて驚く。
窓際の席に座る珠莉に、キラキラ集団の女子のみが詰め寄っている。
「一匹狼気取ってんじゃねーよ! ブース! 海の方が嫌がるわ!」
「せっかく誘ってやってんのに! お前なんかいねえ方がうちらだって楽しいんだよ!」
あれは、本当にさっき「ヒーローかわいい~」とフニャフニャ笑っていた女子と同一人物でいいんだろうか。
珠莉は聞こえていないかのように目も合わせない。
賢いな。
触らぬ神に祟りなし。僕だって、本来危険分子には近付かない人間だ。
加藤くんさえいなければ……太路は、すっかり忘れていた加藤くんの存在をひょんなことから思い出した。
「なんとか言えよ!」
「うちらギャルもヤンキーも怖くねえから!」
うん、うちら、だもんね。
珠莉がギャルだろうがヤンキーだろうがひとりはひとり。
二人して珠莉に迫り、ひとりが珠莉の胸倉をつかんで無理矢理立ち上がらせる。
ニコちゃんがいると大きく見える珠莉だが、この三人では一番小さい。
太路は段々心の穏やかさが失われて行くのを感じた。
珠莉が海に行こうが行くまいが、そんなの珠莉の自由じゃないか。
どうしてこんな迫害を受けなければならないんだ。
たしかに日頃から協調性なくチームワーク皆無でこの1年1組の輪をかき乱す存在でしかないが、珠莉はピアノが上手い。
覚えが良いとは言えないニコちゃんに根気強く教え込んでくれた、1次オーディション突破の最大の貢献者だ。
僕は真なるヘタレである。女子相手にひと悶着など、ごめんこうむる。
だが、恩人には恩を返さねばなるまい。
太路は、えいっと勢いをつけて珠莉の方へと走った。
「人が黙ってりゃあ、調子乗りやがって!」
珠莉が女子二人の頭を押さえつけ、床へと叩きつける。
その頭に、勢い良く走り込んだ太路はつんのめって風を通すべく大開放の窓の外へと体が投げ出された。
「うわああああああ!」
自分でも信じられない絶叫が出た。
ここは3階。
おそらく死にはしないだろうが、ケガは免れないだろう。
またリハビリをするはめになるのだろうか。
ケガの治療の段階では薬の効果もあって痛みはマシに感じるが、リハビリの段階まで回復すると痛み止めを出してもらえない。
またあの痛みを経験するのか。嫌だ。ケガしたくない!
まっしぐらに落ちていた太路に、ポスン、と体が宙に浮く感覚。
「大丈夫っすか! ヒーロー!」
徳永くん?
半ば気を失っていたのだろうか、閉じていた目を開くと、至近距離に心配そうに眉尻を下げた徳永くんの顔があった。
「ヒーロー!」
3階からも次々顔が出てくる。
「大丈夫! ヒーローは無事だよ!」
太路をそっと地面に下ろした徳永くんが爽やかな笑顔で不安気なクラスメイトに手を振る。
「良かった……さすがヒーロー、運も良いんだ」
「ヒーローってすげえ。窓から落ちて無傷」
頭上に拍手が降って来る。
いや、なぜそうなる。
やっぱり、徳永くんこそが真なるヒーローだ。間違いないのに。
太路は、腰が抜けて地面にへたり込む自分と、キラキラとクラスメイトたちを安心させる徳永くんを見比べた。
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