『嫌悪』


 アークは感知した魔法の発生元に辿り着く。

 とある有名企業がまるごと利用している階。その入り口には四人の人間がいて、白い箱を囲んでいた。

「そこの方々」

 アークは声を掛ける。四人は驚いてそちらを向いた。

「その箱は爆弾ですね?」彼は構わず本題に入る。四人は息を飲んだ。「その上――魔術が、感ぜられます」

 四人のうち、一番年下の男が、アークに飛びかかる――が、すぐその場に伏した。先程のB班の面々と同じように。

「――魔法のことまで知っているとは」四人のうち、一番年上の男が口を開く。「しかし、それならなぜ警察に通報しない? この国で魔法など使われれば、国家権力が嬉々として総動員されるだろうに」

「生憎私も魔法遣いでして」

 アークはどこまでも正直に。

「その箱に仕込まれている魔術を判別できる力があるなら、私のことも明るみに出てしまいますから」

 アークと会話を試みた男は、フー、と長い息を吐く。「裏口で女の子を一人捕まえたと報告があったんだが、あんたの仲間かい」

 アークはそれが聞きたかった、という風に、「はい」とにっこり笑い。「今、どこにいるのですか」と尋ねる。

「裏口に停まっているトラックの中だ」

「ありがとうございます」

 アークはそれだけ言うと身を翻し、そこへ向かおうとする。

「お、おい! 他には何もないのか!?」中年の男が一人、初めて口を開く。アークは振り向いた。

「他には、とは」

「なぜこんなことをしたのかとか、まだ続けるつもりなのかとか、爆破したとしてその後どうするつもりだったのかとか」

「そんなものに興味はありませんよ」アークは再び笑う。「理由は『』。爆弾は、それはもう使えません。爆破成功後の貴方たちがどうなろうと知りません」

 爆弾が使えないと聞いて、中年の男は急いで白い箱を調べる。「……本当だ」

 そしてそれと同時に通信機器が鳴り。『C班、作戦失敗しました』とフロアに声が響く。

「それでは」アークは歩きだす。

「――もう一つだけ」

「…………」

 初老の男の声に、アークは立ち止まる。今度は振り向かない。

「――あの魔法遣いは、我々が無理矢理に参加させたんだ。我々は自首するが――彼は、逃がしてやってほしい」

「ええ」

 アークは答え、今度こそ立ち止まらなかった。




     ☨




「――グレーテル」

 わたしはその声に驚く。隣の話していた男性は、口を噤み諦めたような顔になった。

 幌を開き、アークさんが顔を覗かせる。「……あなたですね、魔法遣いは」

 彼はわたしの隣の男性に言った。「え?」わたしは隣を見る。彼は――薄く笑って。

「ああ――君もなのだな」

 そう言って。

 トラックから降りようとする――アークさんが、彼を引き留める。

「あの人たちは、貴方を無理矢理参加させた。逃げてほしいと――言っていましたよ」

「――この国では、魔法それ自体が罪だ」

 男性は寂しげに反論する。彼は幌を開けた。それをわたしは、

「待って下さい」

 と呼び止める。呼び止めなくてはいけなかった。訊かなければならないことがあった。今まで聞いていた、無辺の感情は。このような犯罪を実行する程の『』は。

 彼は布を一旦閉じた。わたしを見ずに、「……ああ」との答え。

「先程までして下さった話は、主犯の、会社の方々の話なのですか」

「――そうだ」

「貴方はあの人数全員分の感情を――独りで、受け止めたのですか」

「――そうだ」

「どうして――」

 どうしてそんなことを。

 遣うのは、自分なのに。

 苦しむのは自分なのに。

 魔法を遣う程の主張に。

 魔法を遣う程の苦渋に。

 感動してしまったから?

 共感してしまったから?

 結局悪いのは、魔法ではなくて、そんな人間的な感情なのでは?

 当の男性は、「どうして、か――」と。



「久し振りに、派手な魔法を遣いたかったんだよ」



 アークさんはわたしの拘束を解く。わたしたちがトラックから外へ出ると、カミヤさんが立っていた。フードはいつものようにしっかり被っている。

「――グレーテ」

「すみません、心配をおかけして」わたしはぺこりと頭を下げる。「アークさんも。ありがとうございました」

「いえ。もう帰りましょう、ありがとうございました、カミヤさん。お礼は後ほど」

 カミヤさんは頷くと、わたしに手を振り帰っていった。その足取りはなんだか軽い。いいことでもあったのだろうか。

 わたしは――今日、どうだっただろうか。

 力になっただろうか。

 助けになっただろうか。

 足を引っ張っただろうか。

 アークさんの家への帰り道。

 わたしは彼に向き直り。「アークさん」

「はい」夕日が、わたしたちを照らす。

「わたしに――魔法の遣い方を、教えて下さい」

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