明星


 グレーテは監視を始める。実際、怪しい人物を見つけたとして、どう対処すればいいだろうか――私人逮捕をするとしてもこちらは子供、向こうは大人。それも複数人。勝算はない。

 本当に、アークさんは何を考えているのだろうとグレーテは溜息を吐く。まあしかし今週会ったばかりの相手が何を考えて行動しているのか、逐一理解できるという人がいたらそれは才能である。その才能がなかったグレーテは、アークが自分の仕事を手早く終わらせてくれることを願いつつ大人しく双眼鏡を覗く。

 監視場所は、近くのビルの六階。少々高いが、表と裏を同時に見ているためにはここしかない。

 お腹が空いたな、とグレーテは考える。店長の奥さんが作ってくれた賄いは美味しかったが、量が足りなかった。お子様向けの量で提供されているらしい。ブロックさんは山盛り食べていたし、パルツィさんも、そもそも皿の大きさが違った。無料タダで頂いている身が、とやかく言える話ではないが。

 と、シュテルンビル、その裏口に、大型のトラックが停まる。運転席に二人。そして――、三人が出てくる。

「…………」

 。車の荷台に人が乗ってはいけない。

 荷物の管理などの必要性から最低限の人数は認められるが――その荷物は載っているのかどうか。

 荷台から降りた三人の内、一人は両腕で大きな箱を抱えていた。それ以外は何も持っていない。これは――明らかな違法行為。これで取り敢えず、罪状がつけられる。

 そもそもあの程度の大きさのものを輸送するのに大きなトラックは必要ない。ではこの大きさは何のためかといえば――

 ――、か。

 グレーテは急いで階段を駆け下りる。その間に五人はビルに入っていった。目下、トラックに乗っていた者たちが爆破犯だという確証はないが、不審なのは事実。そして同じ日に、同じ建物が、二つのグループに狙われる可能性は低いだろうということで、グレーテはシュテルンビルに、裏口から飛び込む――、予定だったのだが。

 五人の内、一人の男が、見張りとして残っていた。

「あぁ? なんだ、お嬢ちゃん」

 しまった、とグレーテは思う。逸るあまりこんなに早く相手方に見つかるとは。ひとまず上手く誤魔化しつつ、アークに連絡を取るのが得策か。

「すみません、姉を探していたんですけど……」そう言いながら、ゆっくり右の耳たぶに手を伸ばす。「見かけていないですか? こっちじゃないのかな、」

「おい」

 見張りの男は鋭く言う。グレーテはビクッとして耳に伸ばしていた手を止める。

「その手はなんだ、お嬢ちゃん」

「……えっと、癖でよく耳を」

「いや、そういう動きじゃなかったなあ、ゆっくり触りに行っていた。緊張しながらも。助けを求めるように。――大体、今この場所に走って真っ直ぐ来たよなあ。まるでここで何が起きるか知っているかのように」

 テロをしようとしている割に、意外と賢い。グレーテはとにかく、アークへの報告を第一に、と、身を翻そうとする。

 が、後ろから口をハンカチーフで押さえられ。甘いような、冷たいような匂い。意識が沈んでいく。

 ――六人目。

 その存在を認知したところで、彼女の意識は途切れた。




     ☨




「そこの爆破犯方、止まって下さい」

 大通りで人ごみに紛れていたB班の者は、その言葉に驚く。声の主は、目の前に立っている。二十代後半から三十代前半の見た目で、流行りの髪形にセットされた茶髪が印象的。そしてその双眸は――じっと、彼らを見つめる。

「……なんだ、バレてんのか?」班長が、代表してその男と相対する。「警察は呼んだのか」

「まだです」

 男は正直に答える。

「他に仲間は」

「会場に一人、現場に一人」

「そうか」班長は雑踏の中、ゆっくり男に近づいていく。男は武器を持っていない様子で、身長は高いものの筋肉の量が大柄の班長と圧倒的に違う。班長はそっと拳を握り、男の腹に向かって――

 ――班長が、地面に伏す。

「――あれ?」他の班に通信をしようとしていた班員が声を上げる。と、次々に彼らも地面に倒れていった。周囲の人々はようやくその場で起こっていることに気がつく。

 男――アークは、B班の人々を介抱する振りをして、通信機器を回収する。先程話した内容が通信された記録はない。凶器を持っているか確認するが、ダガーが一本見つかっただけだった。

 アークは野次馬に「救急車を呼びましょう」と言っておいて、その場を去る。体に電気を流しただけだ。命に別状はない。腕時計で時間を確認する――五時二十分。手早く済んでよかった。アークは右耳たぶを触る。

“アークです。無事捕らえました。拷問は無駄と判断したので病院へ送りました。どうぞ”

“カミヤ諒解。どうぞ”

 アークはグレーテの応答を待つ。

“――グレーテル?”

 返事は――ない。

“グレーテル!”




     ☨




 カミヤはコンサート会場に足を運ぶ。ツヴァイマールは彼女の一番好きなバンドだったが、コンサートには一度も行ったことがなかった。

 それはひとえに、『猫憑き』のせいだ。

 症状緩和のため、彼女は普段からフードを被っているが、会場では持ち物検査があることが多い。その時フードを脱ぐよう言われてしまうのだ。猫耳つきカチューシャと言えば誤魔化せるかも知れないが、危ない橋は今のところ渡っていない。

 自分が、諦めればいいだけで。

 しかしその悔しさを、今日ようやく活用できる――持ち物検査。ということは、爆破犯も、会場の外にいる筈だ。カミヤは会場を一望できる建物の窓から、広い視野で怪しい者を探す。フードは被っていない。耳を露出した状態では、『猫憑き』が強まり、感覚が鋭くなるというメリットと、人語を話せなくなるというデメリットがある。人語で考えたり、理解したりすることはできるため、アークの魔法での通信は可能だ。

「…………」

 返事のなかった、グレーテのことを、カミヤは考える。グレーテとアークが合流する、というのは元からの計画通りで、カミヤは会場での自分の仕事に集中しようと思っていたのだが――一体何が。アークが向かったのなら大丈夫ではあろうが、爆破を阻止するのが、目的な訳で、カミヤがコンサート会場でいくらがんばったとしても、シュテルンビルを護れなかったら何の意味もない。アークはグレーテを優先するだろうから、爆弾処理は遅くなるだろう。

 とはいえ、こちらも囮ながらも爆破対象。ツヴァイマール、及び観客の怪我は避けたい。こちらに設置される爆弾を手早く見つけて、応援に回るというのが最善か。

 戦闘能力なら、多少相手が武器を持っていてもなんとかなるという自信はある。

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