schwarze Katze


 カミヤさんはイヤホンを耳に挿す。先端部には耳に合う形のフックがついていて、彼女専用の物品のようだ。

 アークさんは続いて、紙と筆記具を渡す。カミヤさんは頷き、ペンを右手で持った。

「流します」

 アークさんが鞄の中で何か作業をすると、カミヤさんがペンを走らせ始めた。イヤホンから流れてくる音(言葉?)を書き留めているのか。わたしたちは黙って、カミヤさんの様子を見守る。

 今のところ、理解できている状況。カミヤさんには猫耳がついている。

 以上。

 アークさんが何の音を聞かせているのかも、何の意図があるのかも、そもそもカミヤさんの頭にはなぜ猫耳が生えているのかも解らない。しかし今は──黙っている以外の選択肢が、ない。

 と、突然、



「にゃあっ!」



 カミヤさんが叫ぶ。「フシーッ、フシーッ」と威嚇し、イヤホンを握り締める。アークさんは慌てて鞄をあさり、イヤホンを彼女の耳から外す。そして机上の紙に書かれた文字を読む。「……ああ」

 わたしは興奮しているカミヤさんを宥めながらその紙を見せてもらう。



『順序の確認をします

 まず A班は明日18時までに

 シュテルンビル内 所定の位置に爆弾を設置

 B班は大通りでの 誘導協力

 C班はライブ会場へ爆弾設置と情報操作

 ライブの最中の爆発は 相当注意を引けるものと

 考えられます

 ツヴァイマールには』



 

 それは――今週一杯、近くの公園にてコンサートを催している二人組バンドの名前。

 カミヤさんが大好きファンだというバンド。

 この文章から推すに――明日の最終日、人が多く集まる会場で騒動を起こし、それに人々が気を取られている間に、真の狙いのシュテルンビル――我が国で現在三番目に高いビル――を、爆破。多数の有名企業が入っており、その内のいずれか、もしくは無差別に爆破という形での抗議、あるいは憂さ晴らしというのが、解りやすいが……そもそも、これはあの、わたしが開けてしまった扉の部屋における会話ということでいいのだろうか。諸々含めて、アークさんと少し話す。

「事件を起こそうとしているのは、設立五十年程の比較的古い、金属や木材の加工を請け負う会社です。この建物に入っているのが本部で、街外れに大きめの作業場を持っていますが――近年売り上げは減少の一途を辿っているようです」

 アークさんはあれから調べ上げたのか、簡潔にそう言う。

「では早急に、警察に連絡を」

 わたしが言うと、アークさんは首を振る。「駄目です。証拠が盗聴というのは、こちらにも不利益です。『怪しい気がする』というだけでは警察は動きませんし」

「では――みすみす、犯行を黙認するのですか」

 アークさんは――笑う。「勿論、そんな訳がないでしょう。私は――魔法は、こういう時のためにあると思っています」




     ☨




「魔法遣いが弾圧されるようになったのは、グレーテルも知っているでしょう、いわゆる『ヘンゼル魔女裁判』以降のことです」

 アークさんは猫耳を公開したまま眠ってしまったカミヤさんのフードをそっと戻しながら、そう話し始める。

「魔術は技術で代替できる――というのが、科学者たちの主張でして。勿論、その説は間違ってはいませんし、魔術にできないことで技術にできること、というのもままあります。しかしそれは――逆もまた真なりvice versa

 技術にしかできないこと。

 技術にも魔術にもできること。

 魔術にしかできないこと。

 その共生。

「魔術にできて、技術にできないことが、為政者にとって都合が悪いのでしょうね。そうして魔法遣いたちは、居場所を追われ、散り散りとなりました。東の方では、まだ魔法に寛容な国も多いそうですが――西側諸国は、我が国に賛同し弾圧推進の立場です」

 例えば、と。

「カミヤさんの頭の、猫のような耳――これは古来から報告されている、『猫憑き』という病気の典型的な症状です」

「『猫憑き』?」聞いたことがなかった。『猫』が『憑く』。御伽話のようである。

「症例は多くなく感染経路はいまだ不明ですが、第六感含め感覚が鋭くなるということで組織の重要な位置に就いたり、王家の側近として活躍したり、この国でも幾人か名を残している者がいます」アークさんは言葉を切る。「――しかし。魔法の排斥以降は、この『猫憑き』は魔法によるものだと信じられるようになり、患者たちも弾圧の煽りを喰うことになりました」

 アークさんは拳を握り締める。それは――怒り。

 非合理から生まれる偏見。

 不条理から生まれる差別。

 表情はあくまで変わらないアークさんは、言葉を続ける。「先程言及した、『猫憑き』である有名人は、歴史から抹消されたり、或いは歴史改変により『猫憑き』でないとされたりしています。グレーテル──ガウスは知っていますね?」

「はい」

 世界で最も有名な数学者で、さまざまな定理や公式がその名を冠している。しかし今の文脈で出てくるということは。

「ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス――本名、ヨハン・・フリードリヒ・ガウス。あまりに著名で功績も多くあったためカッツェの名と病気の事実を抹消したのです。ガウス自身は、自分からその名を名乗り始めたそうですが」

 そうして――歴史から次々と姿を消していき。

 新たに発症した者たちも、異質なものとして。

「しかしこうして――カミヤさんは、その桁外れの聴覚で、私がに設置した盗聴器の録音を聞き取ってくれました。今回は――これ以上は彼女に働いてもらうのは無理そうですが」

「――できます」

 カミヤさんが――そう言う。いつの間にか起きていた。猫語はもう話しておらず(先程の鳴き声は何だったのだろう、あれも症状なのか)、躰を起こしアークさんを見据える。

「お願いします。中小企業の怨恨か何か知りませんが――『ツヴァイマール』のコンサートを台無しには、させない」

「…………」

「わたしからも――お願いします」わたしは重ねて言う。「それに――感覚が、鋭くなるんですよね? だとすれば、我々にとってなくてはならない存在なのでは」

 わたしは熱弁する――一昨日、カミヤさんがこのバンドが好きだと言った時、わたしはようやく、彼女と解り合えたと思ったのだ。初対面では不気味な印象が強かったが、そういう親しみ易い一面があり。そして――その言葉が、本気だと解った。

 

 そう、わたしは教わって育った。

 の言葉が、今のわたしの大半を作っている。

「お願い――します」

 わたしはもう一度言う。

「お願いします」カミヤさんも、深く頭を下げそう言った。

「…………」アークさんは。「――解りました。あなたたちのを見せてもらいましたよ」そう言って立ち上がり。

「顔を上げて下さい、カミヤさん。そして二人共、立ち上がって。もう時間はわずかですよ」

 わたしは時計を見る。午後五時十八分。明日の爆弾設置期限まであと一日と、四十二分。

 カミヤさんとわたしは、立ち上がり。

 アークさんの後を追い、職場を出る。

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