003. 一筋の希望、無数の矢
「聖那!無事だったのか!」
「うん、変なのが空飛んでるのが見えたから、ずっとこのコンビニの中で様子見てたんだ」
「ねぇ、あの空飛んでるの、何なの……?」
「分からない……。でも俺には、天使に見えた……」
「天使?そんなの、実在する訳ないじゃん」
「いや、あれは——」
屋上で、自分に向けられた弓矢を思い出す。放たれた矢が自分の頬を掠め、背後の壁に突き刺さったことを脳裏に浮かべる。そして、その矢を自分に向けて放ったのは——あの姿は間違いなく——
「天使だ……」
「そんな……、こんなことって……」
何も理解出来ない状況——ただ一つ分かることは、大量の天使が空を飛んでおり、そして街を破壊し、人を殺している。そんな現状に打開策など思い付くわけもなく、言葉の出ないままただその場に座り尽くす。
しかし、絶望と無力感から来る静寂を一人の男が破った。
「ふざけるな!こんな訳のわからないことがまかり通ってたまるか!」
静寂に耐えられなくなったか、それともこの現状に耐えかねたか、一人の中年男性が勢いよく立ち上がって声を荒げる。
「何が天使だ、そんなのはいない!ずっとこんなところにいてられるか!」
「ま、待ってください!外は危険です!今は出ない方が——」
「うるさい、だまれ!俺は帰る!家で妻と子供が待ってるんだ!」
様々な感情が入り乱れ、正常な判断が出来なくなっているのだろう——その男性は地景の静止を振り切り、一人コンビニの外へと飛び出す。しかし、道端を走り始めたその瞬間、無数の矢がその男性に刺さる。
「ぁ……」
その掠れた声はコンビニの中の皆には届かず、しかし彼らに伸ばされた手だけが、助けを請うているということを彼らだけが理解出来る。しかし、理解するだけで、彼のその望みに応えることなど最早できない。
「きゃーーー!!!」
「は、破裂した……!?」
赤く膨れ上がった男性の体は限界を迎え弾ける。大量の血がコンビニの窓ガラス一面を赤黒く染め上げ、直後にコンビニ内に悲鳴が響き渡る。
「また……、また一人死んだ……!」
その悲鳴の中、地景だけは歯を食いしばっていた。自分のせいで死んだ——血溜まりと化した二人の友人の顔が地景の脳裏にフラッシュバックする。
「俺も……、俺たちも、ここで皆死ぬんだ……!」
「そんなことない!絶対、何か方法はあるはず!」
目の前で三人の人間が跡形もなく爆散したことが追い打ちをかけ、恐怖に絶望した地景がそんなことを口走る。しかし、そんなことないと――地景を鼓舞するのは、勇気を振り絞るように立ち上がった聖那だ。
「お前だって見ただろ!?一瞬外に出ただけで、こんな……」
「それでも、私はここを抜け出す!早く、家族の元に帰りたいの……!」
その聖那の言葉に、地景はハッとした。自分の命が狙われたことと、友人二人の死で地景の脳は支配されていたが、家族は一体どうなっているのだろう。皆、今の地景のように避難しているのか、それとも――。一度そのことを考え始めた途端、尋常じゃない程の不安が地景の心臓を強く締め付ける。しかし、それでも常に彼の――否、この場にいる全員の脳裏に浮かぶ絶対的な問題――
「こんな状況、どうやって抜けるんだ……?」
「私に考えがある……」
震えながらも笑みを浮かべる聖那。彼女の指さした先には、一台の大型トラックがあった。
◇ ◇ ◇
「大丈夫そう……?」
「……うん、一先ず真上にはいないかな……」
「よし……。皆、あのトラックまで走って!」
聖那の声を合図に、予め開けられていた自動ドアから十数人が一気に飛び出す。コンビニの向かいには大きな駐車場があり、そこに止められている大型トラックを目指して、皆一目散に走って行く。
「運転できるの誰だっけ?」
「俺だ!」
聖那の問いかけに反応したのは20代後半の男性。この大型トラックは彼が運転してきたものであり、仕事中空で異変が起きていることに気づいた彼はコンビニに避難したと言う。
「本当に、上手くいくのか?」
「分からない……。でも、やってみなきゃ何も始まらない……!」
聖那の考えとは、この大型トラックに全員を載せ、地景と聖那をそれぞれの家まで送り届けること、あわよくば皆で別のさらに頑丈な建物に避難することである。幸い、地景と聖那の家はそれぞれが互いの向かいにある。加えて、この大型トラックの頑丈さであれば、矢による爆発も何度か耐えることが出来るだろう。
「皆、トラックまでもうすぐだ!頑張って走れ!」
聖那と共に先頭を行く地景が皆に声をかける。しかしその時、トラックに向かう彼らの上空を奴らが飛び始めた。
「まずい!見つかったぞ!」
「止まるな!全員走れ!」
トラックに向かって走る地景たちを発見した天使たちが、一気に上空を埋め尽くす。そして、そこから響く音――弓を弾き矢を放つ音だ。
「もう無理ぃ!」
恐怖に耐えきれなくなった一人の女性が思わずその場にしゃがみこむ。そんな彼女を天使が逃がすはずもなく、彼女に一本の矢が上空から突き刺さった。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
爆散し、血と肉片が飛び散っているのを背に向け、思わず転げそうになりながらも必死にトラックへと走る皆。しかし、空から降ってくる無数の矢は今も止まない。まるで雨のように降り落ち、同時に人体の爆発が一回、二回と増えていく。そしてとうとう残ったのは――
「運転手さん!手を伸ばして!」
先にトラックに辿り着いた聖那がトラックの持ち主である男性に手を伸ばす。そして彼も、必死の形相で腕を伸ばし、何とか聖那の手を掴もうと――トラックの中に入ろうとする。しかし――
「きゃーーー!!!」
手と手が触れる直前、男性の背中に無数の矢が刺さる。大きく赤く膨れ上がった体は限界を迎え爆散、トラックの荷台をその大量の血で赤黒く染めるのと同時に、聖那の悲鳴が駐車場に響き渡る。
「地景……、私……!」
「聖那、早く乗れ!この三人の中で運転できるのは……!」
「お、俺運転できるぞ!」
地景と聖那、そして生き残ったもう一人の男性がハンドルを握り、トラックを急発進させる。降り注ぐ矢の中トラックまでたどり着き生き残ったのは地景、聖那、そして運転している男性のたった三人のみ。彼らは、血だまりと化し散っていった者たちを背に、赤黒く染まった駐車場を後にするのだった。
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