第17話

 白い病室。

 白いカーテン。

 白いシーツ。

 白いベッド。

 白い病衣。

 これが私の世界。

 

 白い肌。

 青い唇。

 重い体。

 点滴のされた細い左腕。

 注射の痕が目立つ右腕。

 それが私。矢の下麗。


 両親は月に1回、義務の様に来る。

 同情する目。

 蔑すむ目。

 呆れた目。

 枯れた涙。

 新しいおもちゃ。

 会った事のない弟。


 私は私の世界を画面越しにか知らない。

 何もない世界。死を待つ世界。


 たまに来る男の看護師さん。

 図鑑を開いて、お話しをする。この人は、それなりに好き。


 一人だった世界が二人になる。

 三角咲夜くん。

 たまに来る看護師さんの息子。

 図鑑を見ながら話しをする。

 私の話を聞いてくれる。


 両親なんて大嫌い。でも自分が一番嫌いと泣く私に、『僕は麗ちゃんが一番大好きだよ』と言ってくれた。


 二人の世界はすぐに一人になる。

 『遊びに来るね』

 そう言ってくれたけど、嘘だと思っていた。だって外の世界は広くて楽しい。ここは狭くて、淋しい世界だから……。


 だけど、咲夜君は2日おきに来てくれた。

 つまらないでしょ?って聞いたら、『麗ちゃんといると楽しいよ』と笑ってくれた。

 でもいつかいなくなるだろうと、覚悟は決めていた。両親の様に。



 中学生になった咲夜君から告白された。

 彼は相変わらず来てくれる。

 私、こんなだよって言った。

『だから?』って不思議そうな顔をされた。私には勿体無いと思った。

 付き合っちゃいけない。フラなきゃって思った。でも言えなかった。

 軽く頷くと咲夜君は喜んで、私の頬にキスをくれた。

 照れ臭そうに笑う彼を見て、引き返せない事に気付いてしまった。


 私が…………。



 その頃に咲夜君のお母さんにあった。『別れろ』って言われるのかと思ったら、『よろしくね』と言ってくれた。

 それからは暇を見つけては、遊びに来てくれる様になった。燈子さんは私に新しい世界を教えてくれた。『生きる気力は生きる力になるよ』って、教えてくれた。



 高校生になった咲夜君は、医者を目指すと言ってくれた。私の病気を治したいと。

 その頃には、私達は帰り際にキスする様になっていた。口と口が軽く触れるお子様なキス。それ以上は求められなかった。



 志望大学を受かった咲夜君は、家族旅行に行く前に来てくれた。いつもの様にお土産を何にするか相談する。

 行ってらっしゃい、楽しんでねと手を振ると、キスをしてくれた。

 いつもと違う、頭の芯がクラクラするキス。

「またね」と照れながら帰る咲夜君。私も真っ赤になって頷くことしかできなかった。


 旅行中の咲夜君は定期的にメールをくれた。楽しそうに写る家族写真。私もいつかここに入りたい。





 怖い夢を見て目が覚める。時計の針は夜の9時。スマホを見る。咲夜君からのメールはない。

 廊下が騒がしい。三角先生が三角さんがと言う声が聞こえる。

 なんだろう。嫌な予感がする。

 スマホでニュースを見る。

 東北自動車道、大型ダンプ暴走事故、死亡した人の名前‼︎







◇◇◇◇◇◇◇◇







「今のは……」

 黒い世界。何もない世界に私の声が響く。


「今のは私の記憶。私は前世のあなた。あなたは未来の私」

 ベッドの上に座る女性が暗闇に現れる。一筋の灯火のように……。

「私は死んだの。彼の、彼等の死に耐えられなかった」

「私も耐えられなかったね。死んじゃった」

 両手を目の前に広げる。痣だらけのみっともない体。


「あなたは生きてるわ。助けてもらえた。あなたの王子様に。私の大好きな人達に」

「どういう事?」

「諦めないで、未来の私。辛かったね。寂しかったね。苦しかったね。痛かったね。でもお願い。生きて」

「生きて行く意味はないわ。毎日が、辛いの」


 もう、愛されない暴力の日々はウンザリだ!


「ええ、知っているわ。だってあなたは私だもの。だから分かるわ。生きたいと思っていることも」

「思ってないわ。生きていても辛いことばかり」

「思っているわ。心の片隅に希望が見えるもの」

「希望なんてないわ。明日も、明後日も、ずっと、私にあるのは愛されない世界よ」


「あなたは狭い世界にいた私より、狭い世界にいるわ。狭い世界で愛されないと、もがいても愛してはもらえない。世界は広いのよ?あなた愛してくれる人は、たくさんいるわ」


「…………そんな人……」

「いないなんて言えないって、分かってるはずよ。だから生きて。未来の私。あなたを必要とする人がいるから」

「私を必要?」

「あなたを必要としている人は、あなたが必要とする人よ。私はできなかったけど、あなたならできるわ。私が咲夜君に言えなかった夢を叶えて」

「サクヤ……」


 暗闇に銀色の光が入り、少しずつひび割れて行く。

「ねぇ、昔の私の夢って何?」

「え?」

「サクヤにも内緒の夢を教えて。そうしたら、もうちょっと頑張るわ」

「うん。その夢はね…………」


 照らされた光により、闇が消える。

 前世の私が笑う。

 そうね。あなたは私。

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