episode7

 俺は目を見開き、柊を見つめた。動くことも息をすることも忘れ、早鐘はやがねを打つ鼓動が全身にうるさく響く。

「へぇ、愛の告白か?」

 伊集院は椅子に腰かけるとテーブルに頬杖をつきながら柊に尋ねた。柊はコクリとうなずく。

「本気か?」

 柊は真顔まがおうなずく。

「酔ってるか?」

 うなずく。

「お前は誰だ?」

 うなずく。

「俺のことも好きか?」

 うなず、きそうで首を横に振った。伊集院は納得したように一度うなずき、俺を見た。

「どうやら、本気らしい」

「……酔ってるじゃないですか」

 二人のやり取りを当惑しながら見守っていた俺は脱力する。胸に手を当て呼吸を整える。

「いや、これは正気だ」

 伊集院が真顔まがおで返してきた。

「もう、みんなずるいですよ。自分たちだけ酔っぱらって」

 自分だけ仲間外れにされた気分だ。伊集院だけでなく、柊も今日はいつもと様子が違う。それともいつもはセーブしていて、酔うとこんな感じになるのだろうか。

「よしよし。じゃあ、飲もうね」

 伊集院が新しい缶ビールをねる俺に差し出した。受け取ろうとすると反対側の腕を引っ張られた。

「ここにいて」

 柊はそう言って俺を隣に座らせる。この人、酔うとエッチになるって言ってたけど――

「あの、伊集院さん。俺、襲われたりしませんよね」

 さっきの廊下でのことを思い出しながら、俺は念のため伊集院に確認する。

「大丈夫だよ。彼、上手いから」

 鼻歌混じりに伊集院はキッチンに向かった。

「そ、そんなこと聞きたいんじゃないですよ!」

 伊集院はムキになる俺をカウンター越しから楽しそうに見ている。

「くそぅ、またからかってますね」

「うん、美味しい酒飲ませてくれてありがとう」

 伊集院が、下手くそなウインクをした。

他人事ひとごとだと思って! もう、飲んでやる」

「はは、飲んじゃえ飲んじゃえ」

 伊集院にあおられるまま、缶ビールを勢いよく飲み干した。口元をぬぐい、ふと隣の柊を見ると無表情のままビールを黙々と飲んでいる。

 やはり、どこか体調でも悪いのではないか。伊集院は貧血と言っていたが、貧血に効く薬とかないのだろうか。お酒を飲んでも大丈夫だろうか。いくつもの不安が頭をよぎる。

「柊さん」

 首をかたむけ、「あの、大丈夫ですか?」と柊の顔をのぞき込んだ。柊と目が合う。彼は優しく微笑み、手を伸ばして俺の前髪をかき上げると思い切り指をはじいてデコピンをした。

「いってぇ!」

 両手で額を押さえながら柊を見ると、彼は真顔まがおうなずいた。

 意味が分からない。心配したのに。この意味不明な行動は酔ってるからなのか。伊集院を見ると、そんな俺たちの様子を見て肩を揺らして笑っている。

「楽しいなぁ」

「全然楽しくないですよ」

 俺は額をさすりながらぼやいた。

「めちゃくちゃ痛いんですよ!」

「じゃあ、やり返しちゃったら? どうせ酔っぱらいだし」

 伊集院が意地悪く笑うと、柊を指差した。

「やり返す……そうか」

 今までからかわれた分も合わせて、やり返しちゃえばいいのか。なんだか急に楽しくなってきた。

 でも……何すればいいんだろ。こういうのは秋山が得意なんだよな、と気持ちよさそうにソファで眠る秋山を横目でみる。

 秋山ならどうするか。相変わらず無言でビールを飲み続けている柊を観察しながら思案する。

 それにしても、ほんと綺麗な顔立ちしてるな。モテるのも分かる気がする。俺は女顔ってよく言われるけど、柊は目鼻立ちが整っていて男前って感じだ。ちょっと羨ましい。額に肉って書いちゃおうかな。

 じっと柊の横顔を見つめていると、「あんまり、見ないでくれる?」と言って柊が顔を背けた。

「あ、ごめんなさい。じゃなくて! なにか仕返しを」

 考え込む俺に「じゃあ、こっちにおいでよ」と伊集院が手招きした。

「いい仕返し方法があるんだ。こっちにおいで」

 カウンターに両肘をつきながら、伊集院が俺を呼んだ。どんな方法だろうと興味を持ち、立ち上がろうとすると、さっきのように柊に腕を引っ張られた。

「行くな」

 柊に腕を掴まれたまま「本当に大丈夫ですか?」と問いかけると彼は無言でうなずき「こっち」と壁際まで連れて行かれた。柊は床に足を伸ばして座り、壁に背を預ける。そして「ここにいて」とさっきと同じセリフを繰り返した。

「伊集院さん、すみません。そっち行けそうもないです」

「みたいだね」と苦笑くしょうする伊集院。

 俺は腰を下ろし、ちらりと横目で隣の柊の様子を見る。エッチになると言うよりは淋しがりになるのではないか。

「ふふ」

 なんだか、いつもの落ち着いた大人の雰囲気を漂わせている柊とは違う可愛らしい姿に微笑ましく思う。こんな風になるのか。酔った柊にこんなことされたら、女性はそりゃあ恋に落ちちゃうよな。

「三澤くんもお酒まわってきた?」

 伊集院が聞いてきた。

「少しだけ」

「じゃあ、まだ飲めるね。ビールもう少し買ってこようかな」

「あ、じゃあ俺が」

 立ち上がろうとする俺を伊集院が制した。

「いいよ、いいよ。ついでに明日の朝飯買うつもりだし。それにその酔っぱらいが怒るから面倒」

 俺は笑った。

 伊集院はキッチンから出てくると、「じゃあ、ちょっと行ってくる。なにか欲しいものはない? お兄さんがなんでも買ってあげるよ」と冗談っぽく聞いてきた。

 俺は肩を揺らして笑いながら「大丈夫です」と答える。

「じゃあ、つまみも適当に買ってくるよ。その酔っぱらい、よろしく」

 軽く手を振り、伊集院は玄関へと消えていった。

「伊集院さん、酔ってないのかな」

 玄関へ向かう足取りもしっかりしていたし、実はお酒にものすごく強いのかもしれない。陽気にはなるみたいだけれど。

 普段の伊集院とあまり変化がなく、彼の意外な一面をみられないのは少し残念に思った。

「アイツは、ワクだからな」

 隣に座る柊が気怠そうに髪をかき上げながら言った。

「ワク?」

「そう。ザルじゃなくて枠組みだけって意味のワク。アイツにとって酒は水と同じなんだ。俺もアイツが酔ってるところを見たことないな」

「そうなんですか?」

「ああ」

 柊はうなずきながら欠伸あくびをした。

「眠そうですね」

「ん、酒入ってるからな」

「水持ってきましょうか?」

「いや、いい」

「大丈夫ですか?」

 柊の顔をのぞき込むと、彼は俺をじっと見つめてきた。

「あんまり見ないで」

「あ、すみません。見られるの嫌ですよね」

 俺は顔をらした。

「別に嫌じゃないよ。言っただろ? エッチになるって」

「はぁ」

 それとこれとどう関係あるんだろう。今までの柊の言動を見ると、柊のエッチになるというのは、誰か傍にいて欲しいということではないのか。いまいち柊の言わんとしていることが理解できない。

 そんな俺を柊はちらりと見る。その瞬間、いきなり柊が覆い被さってきた。

「わっ」

「ほんと、君は酷いよ。我慢の限界だ」

 柊が俺の手首を掴み、耳元でささやいた。

「ひ、いら……」

 柊は顔を近付け、「君が悪いんだよ」と唇を重ねてきた。

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