第13話 徒花は死地にて咲き誇る

 数刻前。


「ジグムント」


「はい」


 母親たる清王から呼び出されるのは、決まって悪いことがある時だ。父親が処分された時もそうだった。


「命令します。アリスト王国筆頭騎士、ガンジャ・バスガルが現在。アリスト王国西部の街に、直属の兵団とともに待機しています」


 背筋が凍ったよう。

 数日前、清王がヴィオラに首飾りを渡した時。確信に変わった。


 ヴィオラに渡されたあの首飾りは、破裂石と呼ばれる魔術道具。魔力を込めることにより遠隔えんかくからでも、魔術が発動さえすれば爆発するというもの。


「あなたの魔術。その奥義おうぎを持って、敵を皆殺しにしなさい」


「し、しかし彼は……ヴィオラのご兄弟で」


「だから何だというのです?」


 冷たい声だった。

 実の母とは、思えない程に。


「……殺したくはありません」


「男の分際で逆らうというのですか? あなたが任務をまっとうしないというなら、他の制騎士でやるまでです。それに……」


 プラチナ色の髪を持つ悪魔がクスリと笑う。


「あの小娘をぜさせたくはないでしょう?」


「…………」


「あら? あの娘にはそこまで入れ込んでいませんでしたか? なら、制騎士団の中から、選んで処理しましょう。それともあなたとあの娘を始末して、他の制騎士にこの任務をやらせましょうか?」


 淡々と語られる、命を無視した質問。

 視界がぐにゃりとゆがむような錯覚。


「私が……やります」


 仲間たちでは、ガンジャ殿は倒せない。返り討ちにされるのがオチだろう。レンリが届きそうではあるが、彼ができるのは足止め限定でしかない。


 自分がやるしか無かった。


 断れば、いいのだろう。でも断るごとに仲間か、ヴィオラを殺される。


「よろしい。数刻後に投下用の飛行魔船の発着場へ行きなさい」


「はい…………」


 与えられた猶予ゆうよで、手紙を書いた。制騎士仲間たちへ、ヴィオラへ。書き上げた手紙は、涙で端がれていた。


 せめてもと虚勢きょせいを張って装備を調え、飛行場への道を歩く。


「イデア制騎士団、団長。ジグムント・フィリア、清王陛下の命により敵目標を殲滅します」


 飛行魔船ひこうません

 魔力を動力にして動く鉄の塊へ乗り込む。


 飛行魔船を動かす魔術師たちの、冷たい目線が刺さる。この国で、男の扱いはこんなもの。いくら国の為に命を張ろうと、男に生まれた時点で人として扱われはしない。


 ガタガタと揺れる空の移動は、これから自分が行く死地への秒読みのよう。家畜小屋の方がマシと思える狭い棺桶かんおけに入れられている。


 物のように扱われ、人権を剥奪はくだつされ。仲間を、愛する人を人質に取られ。今日、僕は死ぬ。


「…………」


 泣き出して、逃げ出したい。

 そんな事が、許されるワケもないのだけれど。


「投下せよ」


 無機質な魔術師の女性の声が聞こえ、棺桶が開く。


「あぁ……」


 空気をく轟音とともに落下していく。眼下に見えるは人々が営みと作り上げられてきたであろう美しい町並み。


 対象、ガンジャ・バスガルを魔術で感知。詠唱を開始する。


「幾千の命は花となる。こより咲き誇るは生命の徒花あだばな


 ヴィオラが褒めてくれたこの花を、こんな風に使いたくなかった。


「我が命は種、この身は苗床なえどことし、おぞましき花園はなぞのを築こう」


 目から、涙が溢れるのは悲しいからだけじゃない。


「咲き誇れ」


 ずっと遠くの山から、朝日が差し込む。

 照らし出された街と、その近くを流れる運河の水の乱反射。


「あぁ……世界はこんなにも美しい」


 なのに、どうしてこんなにも。


「僕は醜いのだろう」


 魔術が、発動する。



 *



 その日、一つの街が地図から消えた。

 街に咲いた、幾千万本の花。


 そのことごとくは、命を吸い上げたものであり。後の世で、その場所は、『死の花園』と呼ばれたらしい。



 

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