囁く者

haruka/杏

序章 

 幾千もの青緑の竹が整然と立ち並び、スッとまっすぐ天を目指して生えている。枝葉の隙間から射し込む木漏れ日が、まるでスポットライトのように地面を照らしていた。

 自然のまま、自分の思うままに生きている――そう言うが如く、その凛とたたずむ姿に迷いや不安は一切感じられない。非の打ちどころのないその美しい姿は、いさぎよいという言葉がよく似合う。

 風が吹くたびに竹はまるで水面が波立つように大きく、時折小さく揺れ、さわさわと竹の葉のさざめきが辺りに響き渡る。

 その竹林の脇の緩やかな細い道に、男と女がたたずんでいる。


「私の邪魔をする人間は――いらないわ」


 女はうれいた。

 女と男がたたずむすぐ横の巨大な竹林が、まるで女の心の内を表すようにざわついた。

「それは、誰もが望むことですよ」

 男は言った。

「そんな言葉が欲しい訳ではありません」

「困りましたね」

 まるで困った様子もなく男は言った。そんな男の態度に女は淋しげな表情を見せる。

「望むだけでは嫌なんです」

「と、言いますと?」

 女は男を黙って見つめた。黒く大きな瞳が男をとらえる。男は動じることもなく、ただ静かに女の視線を受け止めていた。

「迷う必要はないでしょう。貴女が望む世界を、その手で築けばいいではないですか」

 男は無表情のまま女に答えた。

 女は男の感情を読み取ることができない。しかし、男の言葉に満足そうに微笑した。

「ふふ、貴方にお話してよかったわ」

 女は竹林に視線を移した。その横顔からはもう、うれいの影は消えていた。

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