第28話

 不思議だ。先程までは怒りや憎しみの感情て押しつぶされそうだったのに、今は感情が静かで、一切のゆらぎなく落ち着いている。


 レノウスの目を見ると、彼の目には怒り、憎しみ、そして恐怖が宿っていた。まるで、先程までの自分を見ているかのようである。


 それに終止符を打つかのように、俺は静かに呟いた。


「一瞬で、終わらせてやる」


 クロノスから借りた黒い魔力を具現化させ、それら一つ一つに「黒喰ヴァイータ」を付与し、発動させる。


吸収無極点ブラックアウトポイント


 レノウスの目先に、漆黒の球体が出現した。すんでのところで回避されたが、それでもまだ終わっていない。球体は地面を抉り、全てを飲み込み始める。光さえ逃さない。


「くそが、んだよこれぇぇぇ!!」


 奴は再び回避の姿勢。だが、体がもう動かないようだった。吸収無極点ブラックアウトポイントがやつをじわりじわりと吸い込んでいるからだ。必死に抵抗しているが、徐々に奴は球体に引っ張られていく。そして。


 バツン


「ぎゃああああああああああああっ!!?」


 レノウスの足が削り取られた。あまりの痛みに奴は発狂するが、それでも止まらない。止まることができない。ガリガリと体が削られていく。あまりにも無惨な光景に、アーシャは目を背けている。


 腰から下は全部削り取られた。もう声にならない叫びを上げている。だが、俺の方も魔力の制御がおぼつかなくなってきた。魔王の半分の力を自身に付与しているのだから、当たり前である。いくら「時空」の魔王を心に収めているとはいえ、所詮人間。魔力の消耗が大きすぎる。


 やがて視界がぐらついたかと思いきや、ついに宿魔ドゥーマの効果が切れた。俺が纏っていた凝縮された黒い魔力は一気に分散する。吸収無極点ブラックアウトポイントも消滅し、下半身が無くなり呻き声を上げるレノウスが取り残された。


 俺は力が抜けたようにその場に膝をつく。それを見たアーシャがハッとしたように、慌てて俺を支えに入った。


「………」


 はぁ、はぁ、と乱れた呼吸を整える。体の中にほとんど魔力が残っていない。かろうじて手の中に魔力を込められるか、という程度なため、もしレノウスが反撃をしてきたら打つ手がない。なにせ、アーシャも疲労困憊、リディは敵う相手じゃないし、テオも同じくだ。


 しかし、どうやらこの心配は杞憂になりそうだ。下半身を失ったレノウスはただただ呻き声をあげているだけだ。やれ、先程まで威勢が良かったのにこのざまである。復讐を遂げた達成感と言うより、呆れが勝っていた。


「アーシャ、大丈夫か?」


「私の心配をする前に、まずパベル様が自分のしないといけない気がします」


「……それもそうだな」


 若干睨まれてしまった。


 他の2人に目を向けると、何が起こったのか分からずぽかんとしている様子だ。ああ、そうだ。あの2人には俺の力のことをまだ話していないんだっけ。


「まったく、色々急な展開過ぎてなにがなんだか……」


 やらないといけないことは山ほどある。まず、レノウスの処理だ。まぁ、ほっといてもそのまま死ぬだろうが……。チラリと奴の方に目を向ける。と、ここで異変に気づいた。


「ガ……ガ、アア、アアアア……」


「?」


 なにやら様子がおかしい。もはや呻き声でなく、何かバケモノじみた鳴き声に聞こえる。それに妙に……魔力が。


 と、その時。奴の穴という穴から、黒泥がドボォと一気に吐き出された。


『パベル!』


 クロノスの声に、俺は反射的にアーシャを体で突き飛ばす。火事場の馬鹿力というやつか。吐き出された黒泥は、あっという間に俺を飲み込む。


「パベル様!!」


 アーシャがこちらに手を伸ばすが、宙をきった。俺は、黒泥に飲み込まれていく。くそ、ここまでか。俺は、薄れゆく意識の中、自分の無力さに舌打ちした。


 ────────────────────


 目を開くと、目の前は真っ赤で鮮明な景色が広がっていた。灰色の雲が流れ、風が妙に生暖かく気色が悪い。翼の生えた鳥に似た魔獣が甲高い声を上げながら飛んで行った。


 ここでようやく俺は、自分が空を見ていることに気がつく。どうやら、仰向けになっているようだ。ゆっくりと体を起こす。地面はゴツゴツとした岩で、先程までのエルフの里とは全く違う質感だ。


 自分の体を見下ろすと、特に何も無かった。目立った傷跡はなく、魔力が空っぽな状態を除けば至って普通だった。


「生きてる、のか?」


 手を開いたり閉じたりしてみる。違和感はない。あの状況からどうやってこんな無傷でいられるのか、さっぱりである。当たりを見渡すと、一面岩肌続いているようだった。ただただ地平線が見えるばかり。見える範囲では、特に何も無いようだった。


「ここは……」


『なぜ、お前がここにいる』


後ろから、声が聞こえた。馴染みのある声。今までは、脳内に直接流れ込んできていたその声が、今は耳から聞こえる。


俺はまさかと思い、振り返る。


獣の骸骨の頭。


黒いボロきれのようなマントに身を包んだ、漆黒の身体。


この姿を見るのは、数ヶ月前、俺がまだ力を貰っていない時以来だろうか。



「魔王、クロノス……」


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