第26話

「ここは……?」


 辺りを見回しても、ただひたすらに暗い空間が続いているだけ。自身の声も、全てその闇に吸い込まれていく。先程まで黒い感情で包まれていたその心も、今は違和感を覚えくらいまでに冷えきっていてひどく冷静である。


 1歩踏み出そうとしたが、できない。そもそも今立っているところは地面はなく、ただ浮遊感のみ存在している。


(ここから、出ないと)


 それなのに体が思うように動かせず、変な気持ちになる。怒りではない。焦りでもなかった。なんとも言えない気持ちである。


 すると、数メートル先に光が現れる。それは徐々に大きくなって、やがて人型に変化した。見覚えがある。


 幼い時の、自分だった。


「怒ってるの?」


「……」


 何も言い返せない。喋ることが出来ないからだ。


「君の怒り方、尋常じゃない」


 俺の大切な人を侮辱した。けなした。怒るのは当然だろう。大切な人のために怒って何が悪いんだよ?


「怒り過ぎるのもダメだよ。怒りは強大な力になるけど、自分自身をも削り取る諸刃の剣にもなる。今の君は、怒りに囚われすぎて、心がすり減って、すり減って、ボロボロだ」


 構わない。大切な人達のためなら自分はどうなっても構わない。だからこの力を手に入れた。魔王クロノスの力を受け継いだんだ。


「そんなのは、僕でもわかる。でも、力の使い方をもっと考えようよ?ロゼが今の君を見て、どう思う?」


 っ……それは……。


「ロゼは、生きてるよ。だから、もしそんな君を見たら悲しむに決まってる。『私のせいで、私が逃げたせいで。みんなと一緒に戦わなかったせいでベルはこんなに傷ついた。私のせいだ』って言われたもの」


 ちょっと、待て。それってどういう……ロゼは生きてるのか?


 幼い頃の僕は、首を縦に降り肯定する。


「だから、もう1度冷静になって。怒りに、身を任せないで」


 待て、まだ聞きたいことが……!


 光が、小さくなる。そして、俺は上にググッと引っ張られる感覚に襲われる。光が頭上から降り注ぎ、俺は光に包まれた。


 ────────────────────


「うっ……。ここは?」


「気づいたか?」


 目を開くと、木の枝のところに知らない赤髪の男が立っていた。


 反射で鎖黒球チェインクロニクルを手に取り距離を取り、警戒態勢に入る。

 しかし男は慌てた様子で私を止めた。


「待て待て、俺は敵じゃない。味方だ。えーと、お前さんの仲間(?)、ベラって奴だろ?」


 ここでパベル様の名前が出てきたらまだしも、違う名前が出てきたので私はさらに警戒する。


「私の主は、ベラという名前ではありませんが」


「え?嘘。本当に?白髪に、灰色のローブを着た魔道士だぞ?」


「!?」


 名前は違えど、確かにその特徴はパベル様と類似している。では、仮にそうだとしたら……なるほど。偽名を使われたのですね。


 私は瞬時に理解し、状況を整理していく。私の記憶は確かエルフの里にいた所までだ。その後、なにか黒い泥のようなものに飲み込まれた。そこから記憶が途切れている。


「そうだ、リディ様……!」


 慌てて辺りを見ると、リディ様は小さく寝息を立てていた。と言うより、エルフの里の人達がみんな仰向けで寝かされている。胸が上下しているのを見て、全員生きているんだと理解する。だが、肝心のパベル様がいない。気配探知をかけると、膨大な禍々しい魔力が全身に襲いかかってくる。その半端ない重さに一瞬気を失いかけた。


「…………っ!」


 ここでぼーっとしてはいられない。パベル様にきっとなにかあったんだ。この魔力、普段の彼のものじゃない。


「お、おい!そっちは行ったら危ないぞ!?」


 後ろから赤髪の青年も追いかけてくる。私の走る速度に付いてこれるということはそれなりの実力の持ち主なのだろう。戦える人はできるだけ多い方がいい。


 森を抜けると、より一層濃い魔力がのしかかってくる。と、黒い雷撃がこちらに向かって飛んできた。私は赤髪の青年の手を引き、回避する。そして、雷撃が飛んできた方向を見るとそこには、禍々しい黒い魔力に全身が包まれた、パベル様がいた。


「パベル様!?」


「っ……が、ああああ!!」


 背中には黒い魔力が大量に溢れ出て翼のようになっており、頭にはクロノス様のものに似た角が片方だけ生えている。そして歩く度に淡水色の結晶でできた地面がボロボロになって崩れていく。


「あれは……」


 全てクロノス様から引き継いだ魔王の力だ。そして今、その力が暴発し制御しきれていないようだ。原因は、明白である。


「あひゃ……あひゃひゃひゃ!!こりゃあすげえぞ!?まさかお前も魔王の力を隠し持っていたとはなぁ……!だが、制御しきれてない、哀れ、滑稽だなぁァァァ!?」


 剣の勇者、レノウス。奴が全ての元凶である。パベル様の故郷を滅ぼし、大勢の罪なき人を殺した。許されるべき存在ではない。


 クロノス様に仕えていた時からレノウスの存在は知っていたし、王国の闇も知っていた。クロノス様のお考えでは「勇者は魔王フルヴィオに操られている」ということだった。最初は「ただ寝返っただけでは?」と思っていたものの、実際によく見てみると纏う魔力が黒くなっている。改めてクロノス様のお考えが合っていたことを実感する。


「うっ………がぁぁぁぁぁ!!」


 再び黒い雷が地を駆け巡る。おそらくパベル様の雷魔法が暴走したものだ。周囲の地面が帯電し、空中に留まらざるを得ない状況になる。


「憎い……許さない……殺す………殺す」


ブツブツと呟くパベル様に、私はゾッと寒気が走る。深い怨念、憎しみ、怒りが彼の中で爆発している。1ヶ月近く一緒にいたのに積もりに積もった怨念の量の多さに気が付かなかった。傍付きとして、失態だ。


「レノウスの相手を、頼みますよ!」


「え!?ちょ、丸投げかよ!」


「時間稼ぎでいいです!」


不満を漏らす赤髪の青年にレノウスの相手を任せ、私は木の幹を蹴りパベル様の元へ向かう。


「パベル様っ!!」


呼びかけると、それに反応するように一瞬体がピクっとした。が、それもつかの間。真下の地面から炎が私に向かって吹き出してくる。とっさの判断で回避行動を取るも、炎が今度は枝状に広がり、範囲攻撃を繰り出してくる。回避できない。


八魔蛇多段突やまたのただんづきっ!」


血流を早くし、腕の可動域を広げる。そして自身の周りを纏うように鎖黒球をうねらせ、8連撃。ギリギリ炎を受け流すことが出来た。

そして今の攻撃のクールタイムなのか、地面に流れてる雷が消えた。


その隙に地面に着地した。


「ぁぁぁぁ……消えて、なくなれぇぁぁぁぁぁぁぁ!!」


このままでは、パベル様が精神的に壊れてしまう。


「一体、どうすれば………」


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