第12話

「さて、帰るか」


都会の町を思う存分満喫した俺は、アーシャさんと合流するために、待ち合わせ場所である街の中心部分へと向かった。だが、


「ど、泥棒!泥棒だぁっ!」


「……?」


急にそんな声が聞こえたかと思うと、険しい表情をした男性がこちらに向かって走ってくる。その顔を見て、明らかにこいつが盗人だと分かった。


「どけどけっ!!」


周りの人を押し退け、必死に走っている。


「………」


盗みは良くないことは分かっている。でも、ここで捕まえてしまったら目立ってしまう。そうすれば存在がバレてしまいかねない。

色々考えてるうちにどんどん男が迫ってくる。


『どうするんだ、ベル』


「……まぁ、しょうがないか」


悪いことは良くない。周りにバレないよう、少しだけ魔法を使わせてもらおう。


影鞭ダークウィップ


地面に移るの男の影から束縛の鞭が足を絡めつける。


「うおっ!?」


男は派手に転倒した。盗んだ商品が地面に散らばる。……これ、あの店のアップルパイじゃないか。


「待てこらぁ!!」


案の定、先程会った女性が走ってくる。

そして男を引っぱたく。


「ひ、ひぃぃ!悪かった、悪かった!」


「はぁ!?うちの店の商品を盗んでおいて許しを乞うって言うのかい!?舐めたことを言うんじゃないよ!」


再び引っぱたかれる男。


「なんか、盗んだ店が悪かったみたいだな……」


『……そのようだな』


あの人の機嫌を損ねてはならないと思った瞬間だった。


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都市の中心である噴水広場に行くと、ベンチに座っていたアーシャを見つけた。彼女は俺を見つけると駆け寄ってくる、


「パベル様、観光は楽しめましたか?」


「ああ。結構楽しめた。ちょっとハプニングもあったが……」


「……?」


「いや、なんでもない」


アーシャは不思議そうに首を傾げたが、あまり気にしないことにしたようだ。


「それと、宿が無事に取れましたよ。温泉もあるそうです」


「おんせん?」


おんせんって何だろう。何かの施設だろうか。


「天然のお風呂みたいなイメージですね」


「天然のお風呂か……楽しみだな」


『我も昔はよく入ったものだ』


「魔王って、温泉に入れるのか?」


『ああ。まぁ、魔王専用の温泉だったが』


魔王専用の温泉……なんだか想像がつかない。


「では、そろそろ宿に向かいましょうか」


俺たちはは宿に向かうため、その場を後にした。


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宿に着くと、2階の部屋に案内された。部屋に入ると、ベッドにソファ、机と質素な作りだった。アーシャ曰く「節約のためこの部屋が最適でしたので」だそうだ。まぁ、確かに節約のためならしょうがない。けど……なぜかベッドがひとつしかない。


「俺は床で寝る」


「どうしてです?2人で寝れるようなベッドの大きさですよ?」


「いや、でもな。年頃の男が女性と同じベッドで寝るのはどうかと……」


俺の声がだんだんしぼんでいく。


「なるほど。分かりました。要は恥ずかしいのですね?」


「…そういうことだ」


それに、俺はロゼ一筋だ。あまり他の女性と親しくしすぎるのは何ともむず痒い気持ちになる。


『なるほど、お前はロゼという女に惚れているのか』


「変なタイミングで心を読むなっ!」


なんで読んで欲しくない心まで読んでくるんだこの魔王は。


「じゃあ、パベル様の想い人が分かったところで、早速温泉に向かいましょうか」


アーシャは少し可笑しそうに笑って、温泉に行く支度を始める。


「というか、温泉って何を持っていけばいいんだ」


アーシャはゴソゴソと皮袋の中から布を2枚取り出す。


「体を洗う用、拭くようでそれぞれ1枚ずつの布があれば大丈夫です。パベル様の分はここにありますよ」


「……やけに準備がいいな」


「これもクロノス様に仕える上で当然のことでしたので。さあ、行きましょうか」


心無しか、アーシャが少しばかり楽しそうに見えた。


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カコーン


「へえ、これが温泉か。確かに村で入ってた風呂よりお湯の質が違う気がするな」


チャプリ、とお湯を肩にかける。疲れがだんだん癒えていく感じがした。


(それにしても、魔力隠蔽を発動させながら風呂に入るなんて、思ってもいなかった)


先程、風呂に入る直前にアーシャから慌てて注意された。不幸中の幸いといえばいいのか、どうやらこのお湯にはどうやら魔力、疲労回復の効能があるそうで、魔力の消費は最低限に抑えられているが、完全にリラックスできているとは言い難い。と、そこへ1人の中年の男性が寄ってきた。


「なぁ、兄ちゃん。随分と変わった髪色だな。どこの出身だ?」


「あ、えっと……」


なんて答えれば良いんだろうか。ここは東って答えたらまずい。情報を流すのは避けていきたい。


「…北の方です」


「へぇ、北か。珍しい髪色だと思ったけど、北の出身ってなら納得だよ」


男性はそう言いながら俺の体を見つめる。


「な、なんですか」


「もしかしてこの筋肉の付き方、お前さん、冒険者かい?」


「まぁ、そうですね」


この人、随分とグイグイくるな……。


「なら、明日でもいいから俺の店に寄ってきなよ」


「へぇ、何か店をやってるんですか?」


どうやらこの人、聞いてみるに魔道具屋の店主らしい。この街には1年前に来たばっかりだそうで、売れ行きはまぁまぁだそう。


「魔道具って言ったら、何があるんですか」


「瞬間移動とか、完全回復とか、索敵とか、あとはポーションとかも扱ってるぜ」


(全部俺の魔法で対応出来る……)


そのことを言ってはさすがに可哀想なので、結局明日、その男性の店に行くことになった。







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