第7章 紅茶パーティー

いつものように、サチコや数人のクラスメイトと共に明の母の店に行った。

すっかり評判になった店は、女子高生でごったがえしている。 


「わーっ・・・すごい、混んでる・・・」


葉月に気がついて、女主人が声をかけた。


「あら、いらっしゃい。ハーちゃん」

「今日もお客さん、連れてきましたよー」


得意そうにサチコが言った。


「本当、助かるわ。優秀な販売員さん。」

女主人がおどけるように言うと、みんなで笑い合った。


ひとしきり買い物客も帰って、やっと店が空きはじめた頃、店の裏の扉が開いて大きな身体のシルエットが見えた。


「ここで、いい・・・?」

明であった。


白いカッターシャツの半袖から、太い腕が盛り上がるようにして見えている。 

 

「ありがと。その箱も持ってきて・・・」

そう言われた明は重そうなダンボールを肩にかつぎ、店に入ってきた。


女ばかりの狭い店の中で、ひときわ大きさが目立ってサチコ達は息を呑んでいる。


がっしりした肩、はち切れるような太い足、その割りに顔は可愛いベビーフェイスの男を、みんな興味ぶかげに見つめている。


男は葉月に気がつくと少し顔を赤らめて、日焼けした顔から白い歯をこぼした。


「こんにちは」

葉月も小さな声であいさつした。


女の子達はいっせいに葉月を見つめ、サチコが言った。

 

「ネエ、知り合いなの?」


「私の・・・息子なの」

女主人が含むように笑って言うと、


「エーッ、うそー・・・?」

と、女の子達は声を揃えた。


明はその華やいだ雰囲気に耐えられず、逃げるようにして裏の扉から出ていった。

葉月がすぐ追いかけて、明を呼び止めた。


「ネエ、たまには電話してよ・・・」


明は赤くなった顔を隠すように、自転車にカバンをくくり付けている。

葉月は無視されているのかと思って、ムキになって言った。

  

「電話くれないのなら、

 私から行っちゃうから・・・。

 ネエ、今度、練習見に行ってもいい?」


明は頭をかきながら自転車にまたがると、ようやく顔を上げて白い歯を見せた。


「ああ、いいよ。じゃ、さよなら・・・」

そう言うと太い足で自転車をこぎ、滑るように大通りに消えていった。


明の大きな白いシャツの背中を見送りながら、なぜかうれしくなる葉月であった。

店の中に戻ってくると、質問責めにあっている女主人と目が合った。


「ほらほら、ご本人が帰ってきたわよ」

そう言うと奥の方に入っていった。


女友達は次々と葉月に言葉を投げ出していた。


「葉月、いつの間に彼氏つくったのー?」

「すっごい大きい人ね。何センチなの?」

「いつから付き合っているのよー?」


女子高のせいか、少しでも異性と関係のある話になるとみんな興奮気味にしゃべってくる。 


「ちょっと待ってよ。

 そんなにいっぺんに言われても・・・。


 それに明君とは、ただの幼なじみだし。

 この間会ったばかりなのよ・・・」


それぐらいで納得するサチコではなかった。

 

「その割りには、

 目であいさつなんかして・・・。

 逞しくって、すっごくカッコイイじゃん」


「あらあら、それは光栄だわ・・・」


奥から女主人が紅茶とお菓子をお盆に乗せてやってくると、うれしそうに言った。


「そんなに誉められたんじゃ、

 サービスしなくちゃね・・・。


 あっ、悪いけどカーテン閉めてドアの札、

 表に出してくれる?


 今日はもう店じまいして、

 紅茶パーティーにしましょうよ」


女の子達は歓声を上げて、それぞれ準備を手伝った。

そして、にぎやかに笑いながらパーティーを楽しんでいる。


女主人は機嫌良く一冊の雑誌を取り出すと、テーブルに広げて言った。 


「じゃあ、息子自慢を一つ・・・。

 エヘン、どお、これ・・・明なの」


それは陸上の専門誌で、最初のページに明の写真が載っていた。

棒高跳びのシーンで大きな字で「工藤 明 高校新記録樹立」とある。 


「春の大会の記事なの。

 すごいでしょ・・・?」 


女の子達は身近にアイドルが出現したように、はしゃぎながら雑誌を取り合っている。


「すっごーい。

 日本記録や、夢の6メートルも彼なら

 跳べるだろうって書いてあるわ」


葉月は不思議な感じがした。

幼なじみの明は小さい頃、走るのも遅い方だった。


身長も体重も飛び抜けて大きかったから、どちらかというと鈍いイメージを抱いていたのだが。

まさか高校新記録とは、本当に驚いている。


「前は静岡にいたんだけど、

 この街に来ようか迷っててね・・・。


 明が卒業してからと思ったんだけど、

 どうせなら早く行こうって言ってくれたの。


 その理由の一つが・・・ネ」


女主人は、思わせぶりな表情で葉月を見た。


「えっ、なっ、何?あの・・・」


葉月はびっくりして、顔を真っ赤にした。

女の子達は、興味津々で聞き入っている。


「あんまり言うと明、怒るかな?


 でもいいや・・・

 どうせあいつはオクテで、

 女の子にもてた事ないんだから・・・。


 自分じゃ言わないけど、

 ハーちゃんと会えるの

 楽しみにしてたみたい・・・。


 私はハーちゃんのお母さんと

 以前偶然会って、K市の女子高に

 通っているって聞いてたの・・・。


 あの子に言ったら、昔の写真とか

 引っ張り出して見てたもの・・・。


 あっ、こっそり覗いたんだけどね・・・。

 あーもー、

 おしゃべりだなー・・・私って。


 うちの人が生きてたら

 怒られちゃうなぁ・・・。


 ちょっとこの話、内緒よって・・・

 ハーちゃん、目の前にいたかぁ・・・」


みんなどっと笑って、パーティーは異常な盛り上がりをみせている。


葉月は恥ずかしくて、ずっと下を向いている。

でも、うれしさが全身を込み上げてくるのがわかった。


覚えていてくれたのだ、自分の事を。

さっきは、無視されたとばかり思っていたのに。


「どうするのよ・・・葉月ぃ?」


サチコがからかうようにして言うと、葉月ははぐらかすように女主人に聞いた。


「でも、どうしてK市にお店を出すことに

 したんですか。

 静岡でもいいし・・・?」


葉月に聞かれてうつむいて紅茶のカップを見ていた女主人は、顔を上げてパッと顔をほころばせると、人差し指を立てて言った。


「へっへー・・・。ヒ・ミ・ツ・・・」

 

又笑いのうずがまきおこり、にぎやかに話が尽きることなく進んでいった。


「じゃあ、

 今日はこれでお開きにしましょ・・・。


 あっ、そうそう大サービスで好きなの

 一つ持っていっていいわよ・・・。


 そのかわり、

 いっぱいお客さん連れてきてね?」


「わー、オバさん、はなせるー・・・」

サチコが飛び上がって言うと、


「チッチッチ・・・、お姉様とお呼び」 


腰に手をあてて言うと又、大きく笑いがおこりそれぞれアクセサリーを選び始めた。

葉月は片づけを手伝いながら、女主人と奥に入っていく。


「ごめんなさいね、ハーちゃん。

 変なことばかり言って・・・」


女主人がすまなそうに言った。


「ううん。うれしかったです。

 私も会いたかったし、

 あの頃が一番楽しかったもの」


「今は・・・?」

「うーん・・まあまあ・・・かな?」 


笑いながら店に戻ってくると、サチコ達がおずおずとアクセサリーを持ってきていた。


「あらあら、

 割とつつましいのを選んだわね。

 ハーちゃんはいいの・・・?」


「私は今度でいいです。

 じゃあ、今日はありがとうございました」


一同、お礼を言って店を出ていった。


駅までの道で葉月は、さっそくみんなのヤリ玉にあがっていた。


若い喧騒が去ったあとの店で、一人、女主人はイスに座って頬杖をついた。


「明、怒るかな?

 いいよね、あなた・・・。


 あいつ、オクテだもんね。

 ハッパかけないと・・・」


帰ろうという気持ちはあるのだが、中々立ち上がれないのであった。


今夜のおかずは、何にしようかと思う。


明の好きな肉でも買いに行くかと、ようやく重い腰を上げた。


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