第14話 作戦会議

 石庭のように、砂利が敷き詰められた中庭には松の木や岩などが並んでおり、ベンチがいくつかある。

 校舎から中庭の様子が丸見えのせいか、意外と利用する人たちは少ない。それでも、大体昼休みには全部で四つあるベンチの内一つは埋まっている。

 今日も校舎からは見えにくい場所に位置しているベンチに一組のカップルがいた。


「座れよ」

「おう」


 空いているベンチに黄島と並ぶように腰かける。

 黄島はお弁当、俺はレジ袋の中からおにぎりとお茶を取り出した。


「弁当じゃねーんだな」

「まあな、今日は啓二から強奪してないし」

「普段から強奪すんなよ」


 そう言いながら黄島が弁当の蓋を外す。

 筑前煮、枝豆ごはん、卵焼き、サバの塩焼き。

 卵焼きには青ネギが入っており、どれもひと手間加えてあるおかずたちばかりだった。


「おー、美味そう。和食でいいな」

「まあ、殆ど昨日の晩の残りもの詰めただけだけどな」


 そう言いながら黄島は筑前煮の人参を口に入れる。

 その言い方だとまるで自分で弁当を用意したかのようだ。


「自分で作ってんのか?」

「ん? ああ、まあな」


 平然としながら黄島はサバの塩焼きを口に入れる。

 何ということだろう。俺の周りには自分で弁当を作っている奴が多すぎやしないだろうか。

 啓二も黄島もそう。花恋だって啓二へのアピールの為か分からないが、最近自分で作っているらしいし……。

 これが現代の高校生……!


「すげーな」

「慣れだよ慣れ。この程度大したことない」


 黄島はそう言うが、俺には黄島が随分と大きく見えた。

 暫く他愛のない話をしていたが、黄島が弁当を食べ終えたところで、本題を切り出した。


「で、桃峰を諦めるって話だったよな?」

「そう、それだ」

「諦めるっていっても、新しい恋をするってことか? それとも、全く別の何かに打ち込むとか?」

「一番いいのは新しい恋をすることだと思ってる」

「まあ、あたしもそれには同意だな」


 恋愛以外に熱中するというのもありだが、ベクトルが若干違うというのがネックだ。

 結局のところ、新しく熱中するものが増えるだけで花恋のことを思い続けた状態になることが怖い。

 それなら、いっそ完全に上書きしに行く方がいい。問題は、上書きできるのかだ。


「で、出来るのか?」

「正直、厳しい。花恋は可愛い。それはもう、アイドルだって霞むほどだ」

「……は?」


 黄島はキョトンとした顔を浮かべているが、これは事実だ。


「見た目だけならまだいいが、性格までいい。その優しさは罪人を包み込み、その笑顔は絶望に沈む人にとって救いの光となる。ハッキリ言おう。俺は生まれてこの方、花恋以上の人間に出会ったことがない」

「大袈裟だろ」

「いや、マジだ」

「そうか」


 黄島はどこか冷めた目で俺を見ながら、おもむろに口を開く。


「一つだけアドバイスするなら、桃峰ありきで人を見る癖を失くせ。それが出来ない限り、桃峰を諦めることなんて到底出来ないだろ」

「まあ、それは確かに」


 黄島の言うことには一理ある。

 だが、俺の中で花恋という存在がでかすぎる。

 いや、それでも花恋抜きで考えることを意識しろということか。難しいが、やるしかないな。


「まあ、新しい恋を見つけようって思うならまずは自分の人間関係を振り返ったらどうだ? 身近にいる女子は?」

「花恋と黄島、あと、蒼井」

「三人だけかよ……」


 黄島ががっくりと肩を落とす。

 勿論クラスメイトを含めれば数は増すが、プライベートでも関わりを持っているのはこの三人だけだ。


「まあ、でも蒼井とかどうだ? 見た目は勿論、性格だって悪くねーだろ」

「あー、蒼井か」

「なんだよ、その煮え切らない反応は」


 実を言うと、新しい恋という時に蒼井と黄島は候補として直ぐに頭に浮かんできた。

 どちらも人間性に関しては尊敬できる部分があるし、距離も近い。

 ただ、蒼井については問題点が一つある。


「いや、蒼井って俺の花恋への思いを応援してる節があるんだよな。だから、ちょっとな……」


 俺の恋を応援するってことは脈無しの可能性が高いんじゃないかと俺は思っている。

 それに、ちょっと申し訳なさもある。応援されてるのに、告白もせずに諦めるわけだし。


「なら、丁度いいじゃねーか」

「丁度いい?」

「ああ、花恋のことは諦めたって蒼井に伝えて、互いに花恋抜きでの付き合いをしてみればいいだろ。そうすりゃ、今までとは違う部分も見えてくるだろうよ」


 おお、確かに。

 普通に諦めたって伝えて、そっから仲良くすればいいか。

 そうなれば後は早い。今日の放課後にでも生徒会室を訪れて、仕事を手伝うついでに諦めたってことを伝えるとしよう。


「ありがとな、黄島」

「……ああ」


 どこか歯切れの悪い黄島に違和感を感じたが、既に放課後のことで頭がいっぱいの俺は特に気に留めずに、スルーした。


***



 放課後になると同時に、荷物を纏め帰る準備を整える。

 生徒会室に蒼井がいる保証はないが、責任感溢れる蒼井のことだ。まず間違いなく生徒会室に姿を現すだろう。


「春陽」


 声がした方に視線を向けると、啓二がいた。

 今日はまだ一度も話してないせいか、随分と久しぶりな気がする。


「どうした、啓二」

「いや、今日は全然絡んでこなかったから珍しいなって……。何かあったの?」

「まあ、なんていうか変わろうと思ってな」

「変わる?」

「とりあえず気にすんな。啓二は今まで通り花恋とイチャコラしてろよ」

「べ、別にイチャコラなんてしてないよ!」


 啓二の肩をポンと叩いてから、カバンを肩にかけ席を立つ。

 どこか啓二の顔が寂しげにも見えるが、大丈夫だ。お前にはエンジェルがついてる。


「まあ、互いに頑張ろうぜ」


 お前と俺の頑張る方向性は真逆だけどな。

 その言葉は伝えずに教室を後にした。同じ幼馴染、同じ赤峰花恋の隣にいた存在。

 なのに向かう先は真逆。どうしてこうなったのかね。


 沈みかけた気持ちをため息とともに吐き出す。

 忘れよう。考えたってもう仕方ない。

 楽になるためにも、今は生徒会室へと急ごう。


「お邪魔するぞー」


 ノックをしてから生徒会室の扉を開ける。

 案の定、今日も蒼井は生徒会室にいた。


「あら、千歳君。どうしたの?」

「いや、ちょっと蒼井に話したいことがあってな」

「私に話したいこと? なにかしら?」


 そう言うと蒼井は、手に持っていたペンと書類を置き、俺に向き直る。


 そんな真剣な態度で聞かれるようなことでもないのだが、真面目な蒼井らしいというべきだろう。

 何はともあれ、折角聞いてくれようとしているのだからさっさとケリをつけてしまおう。


「俺、花恋を諦めることにした」

「……え?」


 蒼井の表情が固まる。

 「へえ、そうなの」くらいで終わると思っていたから、その反応は予想外だった。


「ど、どうして……?」


 暫く固まっていた蒼井が、声を震わせながら問いかける。

 その反応にこちらまで緊張してきた。


「いや、なんとなく? 花恋に執着して足踏みするのもよくねーかなって。それに、花恋には啓二がいるし」

「美藤君のために身を引くってこと?」

「まあ、そういう捉え方も出来るか。でも気にする必要ないぞ! 花恋と啓二に幸せになって欲しいっていうのは事実だし、俺の幸せを考えるって意味でも、付き合えない相手を思い続けるって勿体ないじゃねーか」


 何とか笑顔を作って、平気だとアピールするが、蒼井の表情は暗い。

 そんなにも蒼井にとって俺が花恋を諦めるということは不都合なのか?


「……諦めた後はどうするの?」

「ああ、それを今考えてんだよ。新しい恋でも探そうかなーって今思ってるところだ」

「今日の昼休み、黄島さんと一緒にいたのはそういうことなの?」


 やけに険しい表情を浮かべ、蒼井が問いかけてくる。

 俺が昼休みに黄島といるなんてよく知ってるな。まあ、校舎から中庭で一緒にいたところが見えたってところか。


「ああ。黄島には協力してもらってるよ。花恋を諦めようと思ったのは黄島きっかけみたいなところもあるしな」


 暫く黙っていた蒼井だったが、ポツリと小さな声で呟いた。


「ダメ」

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