第11話 お悩み相談

「……そうか」


 黄島が悲痛に満ちた表情をしたのは一瞬だった。直ぐに平然とした表情に戻った黄島は、何も言わずに花恋たちが向かっていった方に向けて歩き始めた。

 その横に並んで、俺も歩き始める。


「もしも、世界を救うために誰かを犠牲にしないといけないとしたら、てめえはどうする?」


 互いに無言のまま歩いていると、唐突に黄島が質問を一つ俺に投げかけて来た。


「変な質問だな」

「……そうだな」


 そう言うと、黄島は俺に向けた視線を前に戻し、再び口を噤んだ。

 よく分からないが、とりあえず質問にはちゃんと答えるとしよう。


「先ずは考えるな」

「意外だな。てめえのことだから桃峰が救える方とか言い出しそうなのに」


 黄島の言う通り、真っ先にそれが思いついた。

 だが、仮に花恋一人のために俺が世界を見捨てたとして、それを知った時花恋はどう思うだろうか。

 心優しい花恋のことだ。きっと、世界を捨てる選択を選ばせてしまった自分を責めるだろう。

 そして、一生負い目を感じて生きていくに違いない。それは、俺が望むところではない。


「そもそもの話、二択じゃないと思ってるからな。二極化は楽だが、思考停止と同じだ。考え抜いて、その二択しかないなら苦渋の選択をするしかないが、そうじゃないなら他の選択肢を探ってもいいだろ。世界を救って花恋も笑顔、それを満たせる選択肢を俺なら探す」

「……本当、てめえは花恋のことしか頭に無いんだな。少しは自分の欲に従ってもいいんじゃねえか」

「俺の願いがなんだよ」

「そこまでいったら純愛通り越して狂愛だな」

「失礼だな。純愛だよ」

「そうかよ」


 そう言うと黄島は少しだけ視線を下げてから、俺の方にスマホの画面を見せてくる。そこには、電話番号が表示されていた。


「てめえは気持ち悪いが、嫌いじゃない。だから、もし何かあったら連絡しろ」

「黄島、お前……」


 よく分からないが、俺のことを心配してくれているのだろう。

 なんだよ、黄島。お前、俺のことを罵倒してたけど実は大事に思ってくれてたんだな。

 スマホを取り出し、電話帳に黄島が見せてくれた電話番号を登録して――。


「ボランティアの悩み相談室に繋がるぞ」

「お前の連絡先じゃねーのかよ!」


 思わず声が大きくなった。

 てか、あの雰囲気で自分の連絡先渡さないとかあり得るのか?


「なんだよ、あたしの連絡先が欲しかったのかよ。悪いな、知らない人に連絡先を教えるなって教えられてるんだ」

「知ってる人だろうが! なんなら友達だろ!」

「勝手に友達ぶらないでくれるか?」

「別にいいじゃねーか!」


 ちくしょう。全然距離を詰めさせてくれない。

 流石は未だに花恋を名字で呼ぶだけはある。心の壁が強固すぎる!


 歯噛みしている俺を見て、黄島が口元を少しだけ緩める。だが、それも一瞬だった。

 何故か苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた後、黄島は口元を締め直す。

 なんだこいつ。

 コロコロ表情変えやがって、情緒不安定かよ。

 別に黄島のことが大好きというわけではないが、目の前で曇った表情を見せつけられるのは気分がよくない。

 どうやら俺も笑顔大好き人間の花恋に毒されてきているようだ。


「ん」


 無言で黄島にスマホの画面を見せる。そこには数字の羅列が記されていた。


「どういうつもりだ?」


 その画面を見た黄島が怪訝な顔を浮かべて、俺を見る。


「安心しろよ。正真正銘、俺のスマホの電話番号だ」

「いや、そうじゃなくて……」

「知らない人に黄島の連絡先を教えるのがダメでも、知らない人の連絡先を黄島が登録するのはいいだろ?」

「いや、よくないだろ」

「うるせー! いいんだよ! 大体、知らない人じゃねーだろうが! ほら、さっさと登録しろ! そんで困ったことがあれば直ぐに俺を頼れ! お前が辛気臭い顔してると花恋が悲しむんだよ! 俺の愛しの天使の表情、曇らせたら許さねーぞ!」


 呆気に取られている黄島のスマホを分捕り、素早く俺の連絡先を打ち込む。それから、そのスマホを黄島に返した。

 よし。これで、こいつが俺を頼る可能性が上がった。

 黄島は顔を伏せてスマホを見つめていた。


「……なんで、千歳なんだろうな」


 そして、そんなことを呟いた。


 ははーん。聞かれていないと思っているのかもしれないが、ばっちり俺の耳にその一言は入っている。

 そして、バカならここで「なんだこいつ? 変なこと言ってらぁ」で終わりだが、俺はそれなりに賢い。


 なんで、千歳なのか。

 世界を救うために誰かを犠牲にしなくてはならないとしたら……。


 黄島の口から出たこの二つから察するに、つまり、こいつは俺か世界か選ばなくてはならない立場にあると見た!


 いや、待て。それどんな状況?

 平穏な日常を生きていてそんなことある?


 やばい。一度考えだしたら気になって仕方ない。

 基本的に隠し事は相手が言ってくれるまで待つ派の俺だが、これは気になる。

 俺、気になります!


「待てええええい!」


 さっきの呟きなんて無かったかのように前を歩く黄島の腕を掴み取る。

 黄島は突然の俺の行動に怪訝な顔を浮かべていた。


「なんだよ?」

「黄島、ウキウキわくわくお悩み相談室のコーナーの時間だ」

「はあ? 頭に虫でも湧いてんのか?」


 黄島の腕を掴んだまま、ポケットからスマホを取り出し、啓二の連絡先を開く。そして、そのまま啓二に通話をかける。


「あ、もしもし? おれおれ、俺だよ。悪い、急用が出来たから俺と黄島はそっち合流出来ないわ。じゃあ、三人で楽しんでな」


 電話の向こうで慌てている啓二を無視して通話を切る。

 大方、男子一人じゃ緊張するよお! なんて思っているのだろう。啓二よ、お前ももう高校二年生。そろそろ独り立ちの準備をするべきだ。


「よし、じゃあゆっくりお話ししようか」


 ニッコリと黄島に微笑みかけると、黄島は眉をひそめた。

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