第5話─白昼鏑木会合

日差しの良い昼休みに、私は屋上へと向かった。とある人物からの呼び出しを食らったのだ。屋上に着くや否や、私は当の本人に話しかける。

 

「今日は何の用かな、冬夜」

 

「大したことではない、10分で終わるつもりだ」

 

 鏑木冬夜かぶらきとうや、私の幼馴染であり、この学校への進学を勧めた張本人。クラスは違えど、こうやって定期的に話す中ではある。弓道部に所属しており、椛が弓道を始めたきっかけを持つ、何かと縁が深い人物だ。

 

「あんたは誘い方が下手よね。もっと素直に言えばいいのに」

 

「悪い悪い、陰気臭い俺だからこんな方法しか取れない。それに教室はいつも通りお祭り騒ぎだから」

 

 全くこいつの性格は、頑張れば悪くない男なのに。そう心の中で呟いていると向こうから話題を出してきた。

 

「妹さんの調子はどうだい」

 

「椛はメキメキと上達しているよ。既に大会で上の人と互角に戦っていた」

 

「さすがの才能だな。もう俺は抜かされちまったかもしれん」

 

 意地の悪い私は少し意地悪な返し方でこう言った。

 

「あんたは悔しくないの?」

 

 すると冬夜は少し雰囲気を変え、達観したような口調でこう返した。

 

「悔しい悔しくないの問題じゃないんだよな、俺にとって。もちろん妹さんの成長する姿は俺も喜ばしいし、多少なりの悔しさは感情としては存在するよ。でもそれは捉え方の問題であって何を目指すかにもよる」

 

「は、はぁ〜」

 

「師範からは無を目指せと言われる。それは弓道含む日本の武道は心身鍛錬を主として変化していったから。試合結果は日頃の自分全てが事実として現れる。けどそれをどう捉え、何を思うかはその人が目指す道によって変化する」

 

「それなら冬夜は何を目指しているの?」

 

「……そうだな。俺は俺であるために続けている。だからどんな結果でも受け入れて経験の一つに消化している。こんな考えは弓道を本気でやっている人に失礼ではあるが」

 

「まあいいと思うよ、考えは多様な社会だし。でも少しカッコつけた?」

 

「多少はな」

 

 素直に答えた冬夜はいつもの調子に戻り、私の方を向いた。冬夜からここまでありがたいお話が聞けるとは思ってなかった。その証拠に私の目には冬夜の顔が少し凛々しく見えていた。私の中に生まれた何かが、冬夜に対する視線を反らさせた。

 

「…なんかごめん。私冬夜のこと甘く見ていたわ。さっきの話聞いて今までの自分が恥ずかしい感じがする」

 

 冬夜はそんな私を気遣ってか、すかさずフォローを入れた。

 

「そう気に病む程でもないよ。自分の欠点知っただけでも十分良い。むしろ楓が自分を責める要因は無い」

 

 私の貧相な心には冬夜の言葉は十分すぎるほど暖かかく響いた。その時私の中にはいろいろな感情が渦めいていたが、うまく言葉にできない。

 

 なんとか一言だけ言葉に表した。

 

「ありがとね、何もかも。冬夜といると楽しい」

 

「そう言ってもらえると有り難いな。むしろこっちが礼を言いたいくらい。冴えない俺の雑談に付き合ってくれる楓は本当に大切にしたい」

 

 珍しく積極性を見せる冬夜。冬夜の答に何と返そうか考えているときに、予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 

「あらら、結構話し込んだな。今日はありがとう。また今度もいいかな?」 

 

「あっ…うん、ありがとね」

 

 恥ずかしさを隠すように私はそそくさとその場を去った。冬夜を昔から知っているが故に、私は出方を間違えてしまった。私の中に渦巻く感情たちが落ち着きを取り戻すのは授業後であった。

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