穿鉄するは槍撃(1)

           §


 黒竹は破損した戦車の影から敵軍を覗いた。

 高くなった太陽に照らされてよく見えるそれは、十個の部隊に分かれて展開している。隊列は広い間隔を空けて横一列。こちらと10キロメートル離れた東の位置に存在していた。

「お、動いた」

 並ぶ敵部隊の内、一つが前進して来る。それに合わせて両隣の二部隊が斜め後方から続いた。

 応じるように、塹壕基地の固定火器からロケット砲弾が六発、曲射される。

 だがそれは、

「対空車両に落とされるんだよな」

 ロケット砲弾は敵部隊から一瞬だけ放たれた対空機銃の曳光弾の軌跡に重なり、空中で爆散した。

「が、それは囮で大砲の徹甲弾が本命」

 地殻変動によって大断裂西側の大地が隆起したことで生まれた断崖。数十メートルの高さを持つそこに据えられた砲が、発射炎を吹いた。

 音を置き去りにして砲弾が跳び、しかしそれは敵を穿つことなく、敵部隊の先鋒に立つ大きな黒鉄の板に遮られる。

 敵戦車隊の最前面にいる車両は、幅四メートル、高さ6メートルの盾のような漆黒の板を備えていた。その車輛が複数台、部隊の前面と側面を隙間なく守るように配置されている。

「防盾車とでも呼ぶのかね、アレは」

 言うと同時、耳を塞ぐ。基地方向と敵方向の両方から遅れてきた衝撃波を受け、鼓膜をぶっ叩かれた。

 敵が更に前進する。

 しかし、基地側はそれ以上の進行を許さないつもりの様だ。

 本来対空用のレーザーファランクス6基が一斉に火を吹く。雨のようなレーザー弾を浴びて、先頭に出ていた敵部隊の防盾車の盾が見る見る間に赤熱していった。先鋒の敵部隊が後退し、すかさず右後方にいた部隊が代わりに先頭に出てくる。

 そこへ、基地から先ほどとは比べ物にならない大口径の砲撃が叩き込まれた。北砲台を除けば、塹壕基地の固定砲の中で最大威力の連装砲である。

 受けた防盾車は地面から浮き上がり、後ろへ押し流された。

 敵の進行が止まる。

 だが、その攻撃による余波は戦車に隠れる自分たちにも少なからずぶつかって来た。地面に伏せ、耐衝撃姿勢で何とかやり過ごす。

 攻撃余波が消えると、すかさず身を起こして再び敵を見た。

 進行してきた三部隊は、後退して元の位置へ戻っていく。

「さっきからずっとこれの繰り返しだ」

 ぼやきながら、今まで見た戦場の推移を確認する。

「敵はわざと一部の部隊を突出させて攻撃を誘い、迎撃を凌ぎながら接近するが、基地の方が高威力の火器を打ち込むとすぐに下がる」

 基地側の意志は分かりやすい。

「それ以上近付いたら、味方を巻き込む覚悟で大火力を叩き込むって脅しだな」

 そうなれば、敵部隊も流石に大損害を免れない。故にさっさと後退して元の状況に戻るのだ。

 進行しては後退する理由はまだ分かる。分からないのは、敵側が何を狙ってこの状況を何時間も維持しているかだ。

 長い息を口から吐いて精神を落ち着ける。

 取り合ず今、明らかに判明していることは、

「俺達、思いっきり人質兼盾にされてますね」

「死んだ方が仲間の足を引っ張らなくて良かったと思うか?」

 答えたのは大國中隊長だ。壊れた戦車に背を向けて地面に胡坐をかいて座っているさまは、敵戦車の射程内に生身で放り出されているとは思えない程に泰然としている。

 大國中隊長の問いかけに自分は答えた。

「いや、これっぽちも。戦車隊全員が生きていたのは幸いでした。それが戦術上不利を招いたとしても、生き残れば他の仲間が敵に相対する恐怖は軽減される」

「ふん、正解だ虎坊。一発必中、即死なんてことになっとったら、味方全体の士気に関わる」

 大國中隊長は灰髪をなでた。入り込んだ砂が髪の間から零れ落ちる。

「効率や合理にから外れた『気分』という奴は、意外に侮れないもんだ」

 自身では制御できていると思っていた感情というものは、戦場でここぞというときに顔を出し、死を招く。それを抑え込むのではなく、戦意を底上げして乗り越えさせるのが士気というものだ。

 戦場に出て戦う兵士にとって効率や合理と同じくらい、感情や雰囲気というものは重要なのである。

 だが、助かる見込みが無いと判断されれば、兵士たちの感情は置き去りにして、味方を見捨てることもある。その無慈悲までに効率的で合理的な判断もまた、部隊を運用するうえで肝心なのだ。

 そして現状が、合理と感情のどちらの天秤が振れているか、量られる側の自分たちには分からない。それを決定するのは指揮官だからだ。

 黒竹は矢引少佐の先鋭な視線を思い出す。

「救助部隊、来ますかね」

「まだ望みはある」

 大國中隊長が右ひざを立てた。

「基地側が陽動の攻撃を仕掛けて敵の動きを拘束し、その間に救助部隊が儂らを回収しに来る可能性は残っとる」

「ですが……それにはガラティアンの出撃が必須でしょう」

 唸るように頷いた大國中隊長に言葉を続ける。

「あの馬鹿みたいに強力なレーザー砲、いかにも対ガラティアン用の兵装に見えましたよ。俺たちを未だに生かして救助部隊を釣ろうとしているのも、ガラティアンを引き出して攻撃する為では?作戦本部が一向に救助行動を起こさないのも、ガラティアンの被害を恐れているからじゃないスかね」

「だったら、何で敵はガラティアンが動けない時にわざわざ仕掛けてきた」

「……ただの偶然じゃないスかね」

「無きにしも非ずだが、お前さん、それを本当に信じとるか」

 言われ、口を閉じる。

 なぜガラティアンが出撃できなくなる整備スケジュールを敵が知っていたかはさて置き、確かにガラティアンへの攻撃が目的であれば、出撃不能なときに襲撃してきたことと矛盾する。

 では、敵の戦術目標が他にあるとすればそれは、

「あの戦力で塹壕基地の攻略を本気で考えているのか?」

 現実的とは言えない。

 塹壕基地の防衛力は鉄壁だ。今、敵と一進一退の攻防を行っているのは、あくまで戦場に取り残された兵士を救助する意志があるからだ。自分たちを見捨てて防御に徹すれば、無数の火砲に守られた、全体が地下にある塹壕基地を陥落させることなど不可能である。

 だがもし、本当に敵が目の前の戦力だけで塹壕基地を落とすことを目標にしているのであれば、

「これまでに無かった、予想外の戦術を隠し持っている。そういうことッスかね」

 問いかけた先、大國中隊長はゆっくりと立ち上がって、戦車に背を預けて答えた。

「さてな。そういうことを考えるのは儂ら実働部隊じゃねえ。作戦本部の仕事だ」

 敵から大國中隊長の方へ視線を移す。彼はもたれかかっていた姿勢を正してまっすぐに立ち、力みの無い表情で空を仰いだ。

「儂らが考えとかにゃならんことは、指揮官が儂らを見捨てた時、どうやって自力で生き残るか。それだけだわい」

 結局、あれこれ考えたところで、自分たちで判断し能動的に動くことが出来るのは最悪の状況になったときだけである。

 ゆえに今できることは、その決定的な機会を待ち、その時最善の行動が出来るように部隊員の行動を統率しておくことだけだ。

 幸いにして、ジャミング物質は今は消えている。しかし、無線を使用すると再び散布される恐れがあるため、手信号やジェスチャーで部隊の状況を把握していた。

 それを踏まえて考えるに、

「骨を折った重傷二名、軽症なるも移動に支障がある四名、他十名。負傷者をカバーしつつ全力で逃走したとして、五キロ先の退避口に何人辿り着けるやら」

 やはり、作戦本部が救助行動を実行しない限り生き残る道は無さそうであった。

 再び敵の姿を戦車ごしに確認する。

 その時であった。

「大國中隊長!」

 敵を見ながら叫んで呼び掛ける。即座に彼が自分同様に敵を見たことが伝わった。

「ちくしょうめ、とうとう仕掛けてきやがったか」

 敵戦車部隊が前進してきた。それは今までの一部が前に出る戦術ではない。十個部隊全てが横列陣を維持したまま、面で戦線を押し込む行動であった。

「基地からの指示は――」

 視線を敵から反対方向にある基地へ向ける。だが、光学信号や信号弾の類は出ていない。無線も沈黙したままだ。

「どうやら、腹を決めなきゃならんようですね」

「やれやれ、この歳になって全力逃走をすることになるとはのう」

 冷や汗をぬぐい顔に砂が付くのを感じながら、汗一つかいていない大國中隊長と言葉を交わす。

 大國中隊長は手信号で他の隊員たちに退避開始を待つように伝達した。それぞれの戦車の影で隊員たちが準備をする姿が見える。

 自分は基地側に旗なしの手旗信号で撤退行動開始のタイミングを送信した。返信は返ってこなかったが、迂闊に基地側のアクションを敵に見せて、退避する最中にまたジャミング物質を散布される危険を考えれば致し方ない。

 あとは、合図と同時に負傷者を担いで、全員で退避口へ向かって走り出すだけだ。

 大國中隊長が他の隊員に見えやすいように、右手を上にあげて五本の指を開く。そして、親指を折り曲げた。全ての指が閉じられ、拳が振り下ろされると同時に撤退開始だ。

 あと四つ。

 人差し指が曲げられる。

 あと三。

 敵戦車部隊が響かせる怒涛の振動が伝わってくる。

 あと二つ。

 その時だった。

 右隣の戦車から大声が響く。

「やめろ馬鹿!」

 何事かと振り向けば、足が折れて指導員に担がれていた新兵が、戦車のハッチに頭から入り込んでいた。

 足回りを溶かされ、傾いた戦車の砲塔が敵に向かって回り出す。

 それを見て思わず声が出る。

殿しんがりになるつもりか!?」

 無意味な選択だ。

 指導員が閉じたハッチを開こうとするが、出来ない。

 大國中隊長が命令を叫ぶ。

「もう時間は無い。付き合うな!」

 渋面を作りつつも躊躇なく指がさらに一本閉じられる。

 あと一つ。

 ハッチに取りついていた指導員が地面に降り、装甲を殴りつけた。

 一人減った隊員たちが、逃走の準備を構える。

 そして、最後の指が降ろされ、拳が握られた。

 それが振り下ろされる。

 その直前、

『作戦本部より訓練戦車隊へ、その場で待機してください』

 基地から通信が届いた。

 同時。

 西断崖上から何かが射出される。

 流線型のコンテナが宙を飛翔し、こちらの頭上へ一気に飛び出す。

 だがそれは、敵部隊から一斉に放たれた対空砲火を受けた。

 黒い飛翔体は穴や凹みで損壊していく。

 しかし、崩壊する前にパージされを放った。

 それは白。

 光を受け入れ、白磁のように淡く陽光をにじませる姿。

 続けざまに撃たれる砲火に傷一つ付かぬ巨影。

 それが、自分たちと敵戦車隊の間に着地する。

 大地が激震を鳴らした。

 その存在を見て、自分の顔が歯を剥き出しにする笑顔に変わるのが分かった。

 威容たる背中を見せるそのを呼ぶ。

「ガラティアン三番機、明日春華特務軍曹……!」

『敵の足止め、よくやってくれた皆』

 白き守護戦士が戦場に言葉を放つ。

『後は私たちに任せろ』

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