起動するは闘志(5)

           §


 高崎たかさきうめはガラティアン専用武装の整備をしている。

 自分がいる場所はガラティアン用の装備や、ガラティアンの予備部品を整備、調整する整備庫だ。巨大な地下空間はいくつものガラティアン用装備と、それの調整機械がひしめき、鋼を軋ませる音と整備兵達の力強い声が飛び交っている。

 その中、コンソールパネルを操作する右手を動かしながら、左手に持ったパッドを見た。そこには戦闘中の外部映像が映っており、今しがた戦車隊が銀色の物質に飲み込まれた様子が確認できた。

「黒竹……。相変わらず引きが良いね。悪い方に」

 丁度、訓練で戦車隊にいた同期の戦友のことを考えて言葉が出る。コンソールへの入力を区切った右手でパッドを操作し拡大するが、物理ジャミング浮浪体の霧の向こうは見えない。

 その時、自分へ声がかけられた。

『「高崎。そちらの作業の進捗はどうなっている」』

 耳に付けたイヤホン型通信機と、肉声の両方で、整備庫内の喧騒に負けない声が届く。振り仰ぐ数十メートル後方、機械群の上に巡らされたキャットウォークの上からこちらに呼び掛けた人物を見る。

「たった今、完了しましたよ。左竹中尉殿」

 応答した相手は左竹中尉等技官。後ろに結んだ短い黒髪。戦闘中の威厳ある姿であっても、他者への優しさが覗けてしまう面相。作業着の上から白衣を着て、大きなデバイスを画板のように首から下げている。

 左竹中尉殿が、通信機越しにこちらへ命じる。

『では、早速次の作業に取り掛かってほしい。作戦本部から地震計を使えるようにしろと指示が来た。つまり――』

「地震計。ああ、なるほど。流石は少佐殿ですね」

 話しながら整備庫内を走り、壁際にあった汎用端末へパッドを繋ぐ。パッドから汎用端末へ権限の認証が済むと、汎用端末のコンソールの上で指を走らせた。

「電波も音もレーザーも駄目なら、戦車の走行時の振動を地震計で捉え、大まかでも位置と状態を掴もうという事ですか」

『そういうことだ。頼めるな』

「申し訳ないですけど……既に完了しましたよ」

 もう既に最後のエンターキーを押していた。

「地震計、A1からF32の下限閾値を最小化。極小の振動域にスケール、あわせて誤差補正も変更。既存の振動解析コードと、出撃記録にある各戦車の固有振動値を抽出してパッケージング。あとは戦術AIへ渡して組み立て命令を入力……と」

 再び振り向き、中尉殿を見て話す。

「戦術AIからコンポーネント組み立て完了のリプライ来ました。現在、測定した振動を分析中です」

『よくやってくれた。僕は他の作業を進めるから、後の調整は任せる。作戦本部からまた指示があればこちらから言うよ』

 言っている間も中尉殿は大きなデバイスを操作し続けている。他兵科との連携に合わせてガラティアンの出撃準備を指揮する中尉殿に手を休める隙は無いのだ。

 自分は再び汎用端末のモニターへ目を向ける。そこには解析状況を示すステータスバーがあり、9割ほどが完了を示す緑色で埋まっていた。

「さて、どんな具合だろうか」

 つぶやくと同時、99%で数秒間止まっていたステータスバーが消える。

 ≪解析完了≫

 その表示が出て直ぐに消える。

 代わりに現れる物はリアルタイムで更新される8本の波形グラフが表示されたウィンドウと、戦況モニターに薄い緑色の楕円が加えられたウィンドウだ。

 波形グラフはそれぞれの戦車の走行振動を示し、緑の楕円は戦車隊の推定位置を示している。デバイスに同期した情報をみている中尉殿は、

『ふう、どうやら全員無事の様だな』

「さすがに速度は落としているようですけどね」

 安堵を隠せない言葉を口にする中尉殿に対し、自分は解析値から読み取れる情報を言った。全速力であればもう少しグラフが振れているはずだ。そして、疑問が生じる。

「無視界でも僚車との連携が取れていれば、全速力を発揮できると思うのですが」

『いや、それは無理だ。味方間の短距離無線も通じていないからね』

「それほどの一品なのですか、物理ジャミング浮浪体は」

『一時期、戦場が無人化して電子ジャミングとハッキング合戦がピークに達していた時に、いっそのこと通信波は一切合切を阻害してやろうという乱暴な思想で開発されたものなんだ。単純な分、効果は抜群だよ。結局、味方の通信網まで使用不能にしてしまう欠点のせいで使われなくなったけどね』

 なるほど、と自分の中に納得を得る。そして同時に思うのは、

「であれば、戦車隊は敵の攻撃目標ではないということですね。この物理ジャミングの中に自分から飛び込む敵は居ないでしょう」

 パッドを手に持って、外部映像をズームアウトして戦場全体を見る。西の崖から見降ろす画角の中では、今や銀色の霧が塹壕基地から東の森林までの広範囲を覆い隠している。この状態では、東から進軍するしかできない敵は森の中から出てこれないはずだ。そう考えてふと思ったのは、

「……ならば、なぜ敵は対空攻撃を誘発させてまで物理ジャミング浮浪体をばら撒いた?」

 疑問は予感へと変わり、推測となった瞬間、手がコンソールで走った。同時、中尉殿が指示を叫ぶ。

『「高崎、検出している振動から戦車隊の走行振動を差し引いたものを詳細に解析しろ!」』

「今やってます!」

 様々な要因で生じた地面の振動は、検出装置では一つの波形に融合して現れる。それを示した一本のグラフが端末モニターに表示された。そしてその波形から、別のウインドウに表示されていた八本の戦車を示す振動波のグラフが、順番に差し引かれていく。

 もしも残った振動があるとすれば、

「これは……地殻変動による微震のパターンではない。中尉殿!」

『作戦本部へ、我が方の戦車以外の車両が戦場に存在している』

 それはつまり、

『敵だ!』

 振動の正体を看破すると同時、その存在を示したグラフが激しく乱れた。数も種類も分からない敵軍団がもはや隠れることも無く全速で向かってきたのだ。

 汎用端末のモニターの中、敵を示す一個のグラフから、10個の波形グラフが抽出されて表示された。

 同時、戦況モニターに戦術AIの解析結果が加えられる。

 戦車隊の後方40キロメートル付近に、10個の赤い円が現れた。敵軍はおそらく10個の部隊で構成されている。だが、味方の戦車と違い、固有の走行振動のデータが無いので詳細が分からなかった。

「だが、やれるだけやって見るさ」

 より詳細な解析ができるように、地震計の計測域や振動解析アリゴリズムを調整する。コンソールを高速で叩きながら、しかし実はそれほど味方の危険は心配していない。なぜならば、

「目隠しなのはあっちも同じだ。攻撃はできないだろ」

 照準用の電磁波やレーザーが通らないのでは、ミサイルも大砲も使えない。唯一使用可能なというセンサーは、銀色の霧に遮られてやはり役に立たない。

「だから、敵の目的は物理ジャミング浮浪体に隠れたまま、出来るだけ塹壕基地に接近することだ」

 そう予測しながら、手は止めずにパッドに映る外部映像を覗く。敵がいることが判明しても相変わらず外目からは変化を捉えなれない。

 だがその時であった。

 敵部隊を示している10本の波形グラフが、その振幅を消した。それが示す所は、

「停止した……?」

 何故という考えに解を与える情報はまだ解析できていない。手を動かして作業を続ける。だが、戦況モニターに現れた情報が目線を引っ張った。

「10個の敵部隊予測位置、その内8個から強大な電磁場ノイズ……」

 次の瞬間。

 外部映像に映る銀色の霧、その内側で紫色の光線が生じた。銀色の霧の上面が、東から西に向かう8本の光の線分に合わせて盛り上がる。

 同時、塹壕基地から遠くない地点の銀色の霧が、光線の西側終端で丸く膨れ上がり、8つの火柱が内側から突き破って現れた。

 味方戦車の走行振動を示す8本のグラフから振幅が消え、平坦な直線を描画する。それが示す事実は、

「敵の攻撃が、戦車隊に命中した」

 それ以外に捉えようが無い映像とグラフ値である。

 キータイプの音が消え、考えるより先に思ったことは、

(死んだか……?)

 うっとうしいほど歯並びがいい黒竹の笑顔が脳裏に浮かぶ。それに、顔は知らなくても共に塹壕基地で戦ってきた戦車隊の兵士たちの姿を想った。

 どうやって敵が照準を取ったとか、なぜ艦砲クラスのレーザー砲を撃てたのかなど、そんな疑問が湧いたのは後からだった。

 映像では、物理ジャミング浮浪体が吹き飛び、戦場の様子があらわになっていた。味方戦車隊は全車損傷し停止している。その周囲に人影は無い。そして、一部隊が数両で構成された10個の敵部隊が見えた。位置は予測範囲の中でもかなり塹壕基地に近かい場所だった。両端を前面に出す円弧状の隊列で再び進行を始め、戦車隊へ近付いていく。

 無言でパッドの映像を見つめていた最中、

『「何を呆けている高崎!」』

 中尉殿の喝破で自分が手を止めていることに初めて気が付いた。さらに中尉殿が続けてこちらへ呼びかける。

『地震計の最適化と解析アリゴリズムの更新を続けるんだ。戦場が危機であるときこそ、銃後の役目が肝心になる。心配なんて無駄なことをする暇は無いんだ。判明していることに対してしっかりと出来る対処を確実にこなす。それが僕たちの戦いだ。違うか?』

「――そうでしたね。その通りです」

 固まった手を一度拳に握り、勢いを付けて開く。緊張を解した手で再びコンソールを叩き始めた。

「その時にできることを、絶対にやる。それがオレの信条だ」

 自分に言い聞かせ、手と頭を働かせる。振動解析による情報収集能力をアップデートした。中尉殿が再度言葉を掛けてくる。

『うん、その調子だ高崎。戦況については、本業の戦術解析部が力を尽くしている。我々はガラティアン運用の仕事をこなそう。君の次の仕事は――』

 その時、待て、と言って言葉を切る。中尉殿はごつごつとした無骨な見た目の通信機を取り出し、肩に挟んで耳に当てた。こちらにはハンドサインで武装調整に向かうよう指示している。自分はその場所へ向かって走った。途中、足場にいる中尉殿の真下を通る。

「ガラティアンは今、動かせない」

 中尉殿の声が聞こえた。その中にあるガラティアンという単語を聞いて、聞き耳を立てる。

「戦化粧の装備は、一度開始したら20時間は設備から出せなくなる」

 元々、総司令部からあとひと月は攻勢が無いと通達されていたらしい。その隙に戦化粧の装備作業を行おうとして、まさにその時を狙ったかの如く、この襲撃が来たのだ。

「ああ。そうだ。お前も見ただろう。明らかに艦砲級のレーザー照射だった。戦化粧なしで出撃させるわけにはいかない。――それは理論値の話だ!特異質セラミック装甲のエネルギー吸収が飽和する可能性は十分あり得る」

 中尉殿が遠慮なく荒い言葉を使っていることからして、話している相手はおそらく、作戦指揮官である矢引少佐殿だ。だが揉めている内容までは分からない。

 中尉殿の足元を通り抜けて指定された武装の下まで行く。彼の声は徐々に聞こえなくなっていった。

「戦車隊が全員無事なのは分かった。救出――際に敵の注意を――分かる。――それを――厳し――ガラティアンでも戦化粧なしでは危険だ。そんな賭けのような真似をさせるつもりか!――――、――っ――――」

 戦車隊の人員は無事ときいて、内心で一息をつく。同僚が戦死するくらい今更だと思っているが、やはり寝覚めが悪いことには変わりない。

 しかし、そこで聞こえなくなったはずの中尉殿の声が妙にはっきりと耳に届いた。

「――なんだって?」

 既知の相手に対しては険しい声。

「戦車隊の救出は放棄する?」

 その後の中尉殿の声は、再び喧騒にかき消されて聞き取れなくなる。

 そして、自分は手に持ったパッドを、そこに映る戦場を見た。破壊された戦車の一台を限界まで拡大する。荒い画素の映像で、人影が下りてくるのが見えた。

 それに対し、言葉が溢れる。

「……本当に引きが悪いな。このバカ竹め」


           §



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