第6話

 俺と杉本のバトルは「床に寝るなら」という条件で杉本をうちに泊めることになり終結した。

 床は硬いフローリングだったので、せめてもの仕舞ってあった冬用の掛け布団を敷布団代わりに床に敷いてやる。

 夜はまだ冷えるので、掛け布団用に冬用の毛布も貸してやった。

 杉本がゴソゴソと掛け布団と掛け布団の間に潜り込んだのを確かめてから「電気消すよ」とパチンとスイッチを切って、暗闇の中もう慣れた道のりを進みながら自分もベッドに潜る。

 意識的に杉本の方に背を向けながら寝やすい体制を探し、落ち着いたところでふーと息をついた。

 うん、俺、もう寝たいんだよ…。

 しかし背中で「かまってちゃん」と化した杉本がわざとらしく何度も寝返りを打つから寝られない。

 俺はイラッとする気持ちを抑えながら仕方なく話しかけた。

「おまえバカだろ?」

「はぁっ!?」

 すぐに抗議の返事が返ってきた。部屋に反響する声の方角から、こっちを向いて言っているのがわかる。

「一人暮らししてるってバレたらみんなに利用されるに決まってるだろ。もっと上手くやれよ」

 言ってやった俺に向かってなのか何かを思い出したからなのか、杉本は小さく呟くように「俺のせいじゃないし…」と意味ありげな言葉を吐いた。

 背中ごしに聴いているので、どんな顔で言っているのか、その表情を読み取ることは出来ない。

 でも次ははっきりとこっちに向けて、俺の無言の疑問符に答えるように「上條もこの辺に住んでたらわかるよ」と更に疑問符を増やすようなことを言った。

 どういうこと…?実家出禁になったことと何か関係あるのか?

「それにさー」

 あ、まだ続くのか。こちらに質問する隙を与えるつもりはないらしい。

「俺、利用されてるわけじゃないよ。俺が遊びに来てって言ってるんだもん。1人でいるの寂しいから。部屋を貸すようになったのは、その延長」

 そう言った言葉の響きは微かな笑いを含んでいて、本当に気にしていないのか、強がりを演じているだけなのか、まだ会って2日しか経っていない俺には到底わかるはずもない。

 わからないまま「それで自分が締め出されてたら意味ないだろ」と率直な感想をそのまま言葉に載せた。

 杉本は、ふはっと笑うと「そりゃ、そうだ」と、今度はわかりやすく自嘲を込めて言った。

 それから少し沈黙が続き、いつの間にか杉本の呼吸がスースーとゆっくりした寝息に変わっていたのを確認した後、俺もいつの間にか眠りについていた。


「うわっ!」

 目が覚めた俺はスマホの画面で時間を確認すると思わず叫んだ。もう10時を過ぎている。

 土曜日だからアラームはかけていなかった。それでもいつもなら8時前には起きていた。

 昨日遅くまで杉本とうだうだやってたからだ。

 当の本人はまだ床に敷いた敷布団代わりの掛け布団の上で口を開けて寝ている。

 俺は杉本を叩き起すと、眠気まなこでまだなんかぶつぶつ言っている声を完全シャットアウトして部屋から叩き出した。

 叩き起こして叩き出す。我ながら酷い扱いだとは思ったけど、俺の予定を狂わせたあいつにはこれくらいで丁度いい。

 今日は朝イチで洗濯機を回して、午前中で家事諸々を終わらせるつもりだったのに。

 大体昨日だって、宿題が予定の半分しか進んでいない。本当に腹立たしいけれど、杉本曰く俺が「自ら巻き込まれに行った」らしいので、この怒りをどこにぶつけていいのかわからない。

 とりあえず杉本が寝ていた冬用の掛け布団と毛布をベランダの手すりに干して、洗濯かごを持ってきて、ベランダに設置されてある洗濯機に一気に洗濯物をぶち込んだ。洗剤と柔軟剤をセットしてスタートボタンを押す。すぐにホースを繋いだ蛇口から洗濯機に水が注がれる音がきこえてきた。

 うーん。今日はもう掃除はやめにして、来週に回そう。あ、そうだ。ご飯のストックを作っておかなきゃ。部屋に戻ると、5合炊きの炊飯器にめいいっぱい炊けるだけの米を研いで炊飯器にセットして「炊飯」のスイッチを押した。

 よし。あー腹減った。冷蔵庫を覗くけど何もない。仕方なく食パンの袋からパンをだして、トースターに入れてタイマーのダイヤルをひねり、トースターの中が徐々にオレンジ色に変わっていったところで…

 バチン!

 すごい音がしたかと思うと、次の瞬間には家中の音という音がすべて消えていた。

「えっ?!」

 何が起こったのか、脳が現実についていけてなかった。天変地異…?シーンと静まり返った部屋で身動きすらとれていなかっ俺の脳に、だんだんとどこからか遠い記憶が蘇ってきた。


 子どもの頃、エアコンの効いたリビングでテレビを観ていたら、今みたいにバチンと音がして、画面が真っ暗になったことがあった。

 後ろのキッチンにいた母親が電子レンジとトースターを同時に回したらしく「やだ、ブレーカーが落ちちゃった」と言ってパタパタとスリッパを鳴らしながら廊下へ出ていった。

 ブレーカー…。

 俺はキョロキョロを部屋を見回して「あった」玄関ドアの上にあるブレーカーを発見した。

 背伸びをしても届きそうになかったので、部屋に戻ってローテーブルをブレーカーの真下に置く。あ、とりあえずトースターを切っておかなければ。ダイヤルをゼロに戻すと、また玄関に戻って俺の体重で壊してしまわないようにそっとローテーブルに乗り「切」になっていたブレーカーのスイッチを「入」に戻した。

 途端に部屋に音が戻る。

 今日また1つ学びました。家電は一気に何個も回さないこと。

 あ、もう1つあった。面倒なことには自ら巻き込まれに行かないこと!

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