レモンの色と朝焼けのオレンジ

笹木シスコ

第1話

「じゃあ全員自己紹介してもらおうかな」

 きた。やっぱりきた。

 新しく俺の担任となった武田先生が「じゃあ、こっちから」と出席番号1番の生徒に向かって言っている。

 今日は2年になって初めての登校日だから、席順はまだ出席番号順のままだ。

 俺が編入したこのクラスは「特進クラス」、いわゆるこの高校で成績上位者だけを集めたクラスで、成績の良し悪しで多少入れ替わることはあっても、ほぼ3年間メンバーは変わることはないと聴いていた。

 だからひょっとしたら自己紹介的なものはないのかも知れないと思った。

 でも昨日、編入の挨拶をしに学校に来たとき、昨年の担任が離任することになったため新しい担任がクラスを受け持つことになったと知った。

 え?だったらあるかも?

 ていうか、俺は転入生なのだから結局自己紹介はする羽目にはなっていたのかも知れないけど。

 …わかってる。やるなら今だ。

 俺はだんだん高鳴っていく心臓の音を感じながら、自分の番を待った。

 幸い名字がカ行だったため、長時間緊張したまま待たされることはなく、すぐに順番はやってきた。

 俺は勢いよく息を吸い込みながら席を立つと、「上條麻也かみじょうあさやです。2年からこの学校に編入してきました。それで…あの…」一瞬勇気が萎みそうになる。頑張れ、俺。言うなら早いうちだろ。

 俺はもう一度、今度は軽く息を吸い込むと、

「僕の恋愛対象は男なので!彼女いるのとか好きな女の子のタイプはとかエロ動画みる?とか言われると対応に困ってしまうことがありますが、悪気はないというか、あんまり気にしないでください!」と一気に吐き出してサッと席についた。

 顔をあげられない。周りで何かボソボソ話している声が聞こえたけど、耳に膜がかかったみたいに何を言っているのかわからない。

 ずっと下を向いていたら、膝にのせた自分の手が震えていることに気がついた。

 俺はこれからどうなるのだろう。

 ふと、右側が気になってそっちに目をやると、隣の席に座っていた男子と目が合った。

 いや今、初めて気になったわけじゃない。さっきからずっと気にはなっていた。

 だってそいつの見た目が、なんと言うか、インパクトありすぎだったから。

 髪はド金髪。というか白に近い黄色。華奢な肩に少々オーバーサイズぎみの制服のカッターシャツを着て、ボタン2つほど開けた襟元から派手なTシャツが覗いている。

 袖は肘のすぐ下あたりまでまくり上げられ、手首には細いミサンガを巻いていた。

 ここは真面目な人ばかりが集まる特進クラスなので、この格好はかなり浮いている。

 俺を見つめる目は、くっきりとした二重の南国を思わせる大きな目なのに、肌は雪国を思わせる透けるような白。

 その大きな目がフッと下に流れて俺の膝の上においてある手を見た。

 やばっ。

 俺は慌てて、開いていた手を爪が喰い込むほど強く握りしめ、その手を思い切り膝に押し付けた。震えよ止まれ。

 次の瞬間だった。

「センセー!次、オレ!オレ、やりたい!」

 隣の黄色い頭が左手を高く挙げながら大声で叫んだ。いや、まだキミの番じゃないけど?

「じゃあ、やってみろ」

 意外なことに担任はあっさり了承すると、黄色頭に向かって手のひらを上に向けて振り、起立の合図を送った。

「ハイ!」

 黄色頭は大きな音をたてて立ち上がると、

「杉本真咲まさき!ピチピチの16歳です!趣味は登山と下山、好きな食べ物はパクチーとドリアン、座右の銘は『果報は寝て待て』です!」と目元でピースサインを作りながら最後にウインクをして、やりきったぜって顔して踏ん反り返った格好で席についた。

 あちこちからクスクスと小さな笑い声があがる。もちろんウケた訳じゃない。あまりのくだらなさに対する失笑だ。

 武田先生も困ったような笑いを浮かべると、

「はーい、わかりました。じゃあ杉本は来週までにその髪色を元に戻してくるように」と言った。

 たちまちクラス中がドッと笑いに包まれる。

「え〜、俺、1年ときからずっとこれなのに、いきなり元に戻したら誰かわかんなくなるって〜」

「やかましい!俺は吉見先生みたいに優しくないからな。覚悟しとけ」

 吉見先生というのは昨年このクラスを受け持っていた先生らしい、というのは後で知った。

「ピアスはちゃんと外したじゃん」

「それはあたりまえ」

 武田先生と杉本の軽快なやり取りにみんな自然と笑顔になっていた。

 右をみると杉本の耳たぶには小さな穴が空いている。そこにあったはずのピアスはすでに見つかって外させられたのか。

 ていうか、ちょっと待て。俺はさっき、結構すごいことを言ったよね?一瞬クラス中を凍りつかせたよね?なのに…なのになんでお前の方が目立ってんだよ!

 手の震えはいつの間にか止まっていた。


 今日は始業式だけなので、自己紹介のあとは明日からの予定と簡単な説明と各種プリント類を配布されただけで下校となった。

 特進クラスの割には緩い。始業式のあとさっそく授業です、とはならない。

 まぁ、いい。今日はもう1日分のエネルギーをさっき使い切ってしまった。

 さっさと帰ろうと配布されたプリントや筆記用具を学校指定のカバンに仕舞っていると、「まーさきー!」と大声で叫んで、そのあとも何やらわちゃわちゃ騒いでいる3人組が廊下からこちらを覗いていた。

 みんな髪が茶色だったり、耳にピアスをつけていたり、制服をくずして着ていたり…誰を呼んでいるのか一目瞭然だった。

 隣で杉本が、「おん。ちょっと待ってー」と言いながら、数枚はあるプリントを一気に掴んでカバンに突っ込むと廊下に飛び出す。

 そして3人組と合流すると、大声で笑いながら一緒に帰って行った。

 うん。キミはそっち側の人間だよね。

 なんでこっちのクラスにいるのかな?

と思ったが、

 いや、見た目で人を判断するのは良くないよ。

 ていうかが差別的なことを言ってどうする。ともう1人の自分が言っている。

 そんなことを考えながら席を立ち、廊下に出たところで「上條」と声をかけられて「ひゃい!」と返事をした。

 いきなりだったので驚いて変な返事になってしまった。

 振り向くと武田先生が真剣な眼差しで俺を見ている。

 何を言われるのかと体がひゅっと固まったけど、「何か困ったことがあったら言えよ」と言ってくれて、体から一気に力が抜けた。

「ありがとうございます」

 俺は精一杯笑顔を浮かべると、軽く会釈をして廊下を歩きだし、突当りの階段を降りていった。

 今朝、この階段を上っていたときよりだいぶ足取りは軽くなっていた。

 とりあえず第1段階はクリアできた。

 明日のことは、明日考えればいい。

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