水崎と火野の放課後ラジオ!

「水崎だよっ」

「火野だ」


 放課後の学校に2人の声が響く。放課後ラジオの時間だ。2人は学校の戸締りまでのちょうど30分の間、誰も聞いていないという理由でラジオをすることを許されていた。


「先日、マクドナルドに期間限定パイを買いに行ったら壁をひたすら写真撮ってる人がいてね、やっばなんかおかしい人かなって思って話しかけたんだ」

「勇気あるな」

「水崎、そういう勇気にかけては誰にも負けない。走れメロスのメロスにだって負けないの」

「おお、そうか。でも危ないから話しかけていい人と悪い人の区別はつけろよ」

「それでそれで、何でその人はマクドナルドの壁を撮ってたんだと思う? 先輩はわかる?」

「……マクドナルドの壁フェチとかいうやつなんじゃないか?」

「当たらずとも遠からず。実はね、その人はマクドナルドの壁を集めるオタク……もといインターネットにそれを放流するライターの人だったんだって」

「そうか」


 2人のエピソードトークが炸裂する。大した意味はないが出だしとしてはいい滑り出しだ。


「今日紹介するのはこちら」


 火野、彼は机の引き出しからおもむろに本を取り出した。


「な、何ですか。これ」


「ドグラ・マグラの上巻だ」


 ラジオでは伝えにくいが、裸の女が珍妙な座り方でこちらを見ている絵が表紙として描かれている。


「ヒエー! 先輩がそういうの嗜んでしまう系の男子だったとは」

「まあまあ、これは"読み切れなかった本"の紹介なんだ」

「はあ、読み切れないのに紹介とは片腹痛いですわね」

「だからこそだ! この読み切れないという思い、誰かに敵討ちしてもらう」


────ドグラ・マグラは探偵小説家である夢野久作が書いた日本三代奇書に数えられる小説だ。10年以上、夢野は時間をかけて構想したと言われているな。「読んだ人間は一度は気が狂う」と言われる内容で、中学生たちの間で有名だ。


「もっぱら、気を狂いたい中学生の間で?」

「誰しもそんな時はあるんだ」

「男子って子供だなあ」

「もちろん俺は全部読み切っていないから狂ってないぞ」

「心配させること言わないでくださいよー」


 水崎はパラパラとめくりながら本を眺める。


「うわーキモいですね。それで、内容の感想は?」

「まあ、確かに神秘的な小説ではあったな。狂っている……と言われている本だけはある。だがな、それだけで語ろうとすると本質を見逃すぞ」

「出たなあ、先輩の本質が」


────そう、それこそがあえてドグラ・マグラを恥ずかしげに読む理由の一つなのだっ。有名なだけで知っている小説を放置するのは良くない。そう思うぞ。なぜなら、イメージで語るということは知ったかぶりな行為だからだ。だから、途中で諦めてもいいから本体を読む、それ以上にできることなどない。


「精神病院で男が目を覚ますんだ。怪しい音に誘われてな。そしてその男は過去の事件の重大な秘密を持っている。その秘密が読者には隠されていて、後から判るようになっているんだ」


────それにしてもまとまりのない話とは感じたな。突如始まるキチガイ地獄外道祭文、胎児の夢、脳髄論、様々なパートがつぎはぎになったサラダボールだ。雑に新聞をかき集めたスクラップみたいな。


「で、面白かったんですか?」

「いやまて論を急ぐな。面白いとか面白くないとかの話じゃないんだ」

「いや、論を急ぐ! なぜなら私たちに与えられた時間はごくわずかだから。この後片付けとかもしないといけないんだ」

「じゃあマクドナルドの話をしなければよかったじゃないか」

「アレは退屈な先輩の話を彩る大事なパートですぅ」

「ケェー!」


 チャイムがなる。全校生徒退出10分前だ。


「あっ、タイムアウトー!」

「まだ話があったんだがな……」

「今度からはYouTube shortに収まるくらいにまとめといてくださいっ」

「わかったよ……」


 ガタっ。


「それでは」

「水崎と」

「火野の」

「「放課後ラジオでした」」









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