第42話「それでも妹は『お兄ちゃんはわたしをすきになる』と言う(4)」

「…………わ、悪かったなさっきは。ちょっと、冷静じゃなったというか」


 そんなしどろもどろの言葉に返答する代わりに、璃亜は早歩きで俺との距離を詰めてくる。

 そして、無言で俺にスマートフォンを突き付けた。


 そのスマートフォンは通話状態になっていて、相手は陽人。

 つまり――。


「さっきの話聞いて……どこから……!?」


「最初からです」


 キッと陽人へ鋭い視線を向けるも、彼は何処吹く風と知らんふり。


「申しわけない気持ちもあるが、悪く思うなよ。俺なりにお前の幸せを願ってやったことなんだから」


「にしても、俺としては裏切られた気分だけどな」


「それに関しては、俺がお前からの信頼度を落としてでも実行した理由を考えてほしいかな。本当はやりたくなかったぜ?」


「…………」


 知ってる、陽人が悪意でこんなことするやつじゃないってことくらい。

 だけど、いや、だからこそ、腹立たしさもある。


 そして、この腹立たしさをぶつける相手がいないことがなにより腹立たしい。


 ただ、腹立たしさより、目の前にいる璃亜のことで思考は埋め尽くされていた。


「蓮くん――」


 璃亜は通話を切り、顔を上げる。

 涙を拭って、真っ直ぐこちらを見るから、俺は思わず視線を逸らした。


「ごめんなさい」


「…………は?」


 罵倒されるとか、責め立てられるとか、そんなことばかり考えていたから、彼女の第一声に拍子抜けした。


「今まで、蓮くんにばかり我慢させてしまったごめんなさい。ずっと冷たい態度を取っていてごめんなさい。蓮君の気持ちに気付いてあげられなくてごめんなさい」


「ちょ、璃亜? お前が謝ることなんて一つもないぞ」


「いいえ、謝らせてください。私、蓮くんがこんなに思い悩んでるなんて知らなかった。ううん、知ってた。知ってたけど、私は間違えて……妹なのに、だから今度はちゃんと話しましょう?」


「話すって……別に……」


「私は蓮くんに幸せになってほしかった。私に気なんて使わないで、自分のやりたいことをしてくれればよかった。でも、蓮くんは頑固だからなかなか聞いてくれないんです」


「それは……俺だって、璃亜に気を使ってほしくなかったし、幸せになってほしいって思ってる」


「ふふ、私たち相思相愛ですね?」


「茶化すなよ」


「でも、私はやり方を間違えて、蓮くんを遠ざけてしまいました。蓮くんが私を嫌いになれば、私のことなんて気にせずにやりたいことをやってくれると思ったんです」


 そう……だったのか。

 だとしたら、璃亜も俺に負けじと劣らず不器用なやつだ。


「そんなことくらいで嫌いになるかよ、妹だぞ」


「みたいですね。蓮くん、私に優しすぎるんですよ。そういうとこも、好きだったんですけど。正直、心が痛かった」


「それは、俺もだ」


「あはは……ごめんなさい」


「それで、最近の態度は罪滅ぼしのつもりだったのか?」


「うーん、それもなくはないかもですけど……一番は、私がただ甘えたかったんだと思います。冷戦期間に甘えられなかった分、たっくさん!」


 たしかに、最近の璃亜はこれまでを取り戻すかのように、行き過ぎなくらい甘えてきて、女の子で、妹で、いけないと分かりながらドキドキするくらいで――。


「それで、夜中に蓮くんの部屋に潜り込んで囁きかけていたのは、あれです! 蓮くんと話せなくて溜まったブラコン心を密かに発散していたのです」


「ブラコン心て……」


「今でもたまにやってるんですよ? お兄ちゃんは私をすきになる、って耳元で囁くんです。気づいてなかったでしょ?」


「き、気づいてなかった……」


「ふふ、洗脳ってやつです! 効果は……意外とあるような気がしてます。最近の蓮くんを見てると、特に」


「…………」


「およ? その反応は肯定と捉えていいですかね?」


「はあ、もう好きにしてくれ。なんで、急にこんなこと話始めたんだ?」


「このままじゃフェアじゃないなと思って。私は蓮くんのお話を盗み聞きしたのに」


「だから、自分の話をしたと」


「はぁい! 秘めてた璃亜ちゃんの想いをできるだけ話そうと思いました。そこまで、衝撃の事実って感じではなかったですかね?」


「半々ってところだな」


「なるほどなるほど。続きですけど、そこのいけ好かない先輩と、小町先輩にも協力してもらって、蓮くんを美術部に入らせよう作戦を決行しました」


 いけ好かない先輩とは陽人のことだろう。

 薄々察してはいたが、やはり璃亜と通じていたらしい。


「でも、今思えば間違いでした。まず最初にで始めることが遠回り過ぎますよね。毎回のことですけど」


 兄のために嫌われようと距離を取ったかと思えば、次は美術部に入れようと画策する。

 璃亜も璃亜で兄譲りの不器用さであった。


「だな。あんま人のこと言えないんだろうけど」


「ふふ、私たち意外とちゃんと兄妹みたいですね」


 血は繋がっていないけれど、不思議と似ていると思えるところがある。

 似ても嬉しくないようなところばかり似ているのはどうかと思うけれど。


「ちゃんと――話し合えばよかったんですね」


「そう、かな」


「そうですよ。そしたら、蓮くんにこんなつらい思いさせなかった。もっと互いのことを話すべきで、そうして、互いに望むものがわかれば、きっと私たちは埋め合えたはずです」


「璃亜……」


「だから、はい――お兄ちゃん」


 璃亜は招き入れるように大きく腕を広げた。

 抱き着くように、腕を広げて、俺を見て微笑んだ。


「ほら、お兄ちゃん」


 再び、招く。

 どうすればいいか分からなくて、ぼうっと立ち尽くす俺を璃亜はもう一度誘う。


 わからない、わからないなら、委ねてしまってもいいのだろうか。

 妹に甘えても……いいのだろうか?


 そう思った時には一歩を踏み出していて――。

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