第2話「俺の妹がお兄ちゃん大好きなんて言うわけがないよね(2)」
どれだけ非日常的な夜もいつかは明けるもので――というか開けなかったらすごく困った。
俺はあの後、結局うまく寝付けず寝不足になってしまった。
それでも、いつもと同じ時間に目は覚めるのだから、習慣とは恐ろしい。
今日の朝ごはんははインスタントのスープに、簡単なトーストだ。
眠い目を擦り、無理やりパンを口の中に詰め込んだ。
璃亜を見やるも、普段と様子は変わらない。
昨日の夜のアレはなんだったのだろうか。
疲れすぎて幻覚でもみたのか?
いやいや、彼女の吐息も、甘い声音も、頬を擦り付けられる感触も、紛れもなくホンモノだった。
「なんですか、人の顔をジッと見つめて」
「いや、別に」
「朝から妹相手に発情なんて本当に気持ち悪い☆」
「発情って……どっちがだよ……」
「はい? 何か言いましたか?」
「なんでもねえ」
うーん、それにしても嘘のようにいつもの調子だ。
それはつまり、あれは彼女にとって特別なことではなかったのだろうか。
それとも、やはり俺の思い込み? だとしたら、俺にはあのような潜在的な欲望があったということだろうか……いや、ないな。ないない。
全国ナマイキ妹選手権で上位を狙えそうな璃亜相手にそんなことあるわけがない。
「なあ、璃亜?」
「なに」
「俺ってカッコいいと思うか?」
「は? 蓮くんもしかして鏡見たことないんですか?」
「だよな、そうだよな。別にカッコよくないよな」
「そうですね、お世辞にもカッコいいだなんて言えないですね」
「…………だよなあ、よかった、よかった」
うん、やっぱり昨日のことは気のせいだ。
だって、こいつ顔色一つ変えずに兄をディスりやがる。
悲しいけどね、よかった、よかった。
「でも……別にそこまで悲観するほどでもないかもですけどね」
「え? それってつまりカッコいいと?」
「は? なんでそこで調子乗るんですか、やっぱ無理です! キモいです!」
「だよな! 俺って無理だしキモいよな!」
璃亜にぴしゃりと言われてしまう。
でも、これで変な疑いは晴れたぞ、よかったな妹よ。
「え、本当になんなんですか。なんで笑顔なんですか。ガチめに気持ち悪いんですけど」
◆
昼休み。
友人と机をくっつけて、購買のパンを並べる。
昔は毎日弁当を作っていたものだが、最近はサボり気味で火、木の二日は購買を利用している。
さきほど同じくパンを買いに来た璃亜に会ったが、すれ違いざまに舌打ちされてしまった。
俺があいつに何をしたというのか。
なんて本人に言えば、「え? そこに存在してるじゃないですかぁ」なんて毒を吐かれること請け合いだ。
「なあ、陽人ってうちの妹と会ったことあるよな?」
「お? まあ、あると言えばあるが……どうかしたのか?」
コイツの名前は
中学校からの腐れ縁で、黙ってればイケメン・いつもおちゃらけてる・なんだかんだいいやつの三拍子でお届けしているテニス部だ。外見に関しては細かく描写をすると俺が可哀想なので割愛。
女子たちは「黙ってればカッコいいんだけどね、黙ってれば」なんて彼のことを話すのだが、陽人が落ち着く様子はまったく見られない。
その分、男子からの好感度は抜群なので、実はそっちなんじゃないかと噂されてるらしい。陽人には……黙っておいた方がいいんだろうなあ。
「もしかして、お前またなんかしたのか?」
「またってなんだよ。なんもしたことねえよ」
「わかるぞ。あんな可愛い妹がいたらなあ、うんうん」
「俺の周りのやつみんな話聞かねえのな」
かわいい、か。
そうだよな、身内から見ても璃亜はかわいい。
だが、喋れなければという枕詞がつくので、その辺り陽人と同じだ。
世界はそうやってバランスがとられているのかもしれない。
「璃亜って俺のこと嫌いじゃんか」
「そうか?」
「そうだろ。お前もみたことあるだろ? 俺への態度やべえぞ」
「ふむ、でも本当に嫌いな相手なら喋ろうとすら思わないそうだけど。璃亜ちゃんみたいな子なら特に」
「それは……そうなのかなあ」
「というか、璃亜ちゃんはむしろ……」
「なんだよ」
「なんでもない。俺が言うことじゃないよな。気になることがあるなら、本人に聞いてみたらいいんじゃないの? なんなら、俺が聞いてあげようか? 璃亜ちゃんみたいな可愛い子と喋れるなら、全然アリ」
「ダメだ。お前みたいな、やつに関わらせてあれ以上璃亜がひねくれたらどうする」
「ほぉん。そしたら、自分で聞いてみることですな」
「…………はあ」
聞けるわけがないじゃないか。
お兄ちゃんは私を好きになる、なんて夜中に洗脳してきたあれはなんですか? なんて。
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