第27話:OQ3000D テュール

 エクレア達がターボ・ヘリでコーストガード2へ急いでいる頃、衛星軌道上ではトピアがテュールOQ3000Dの発進作業を進めていた。

 高度千二百キロの中軌道M E Oに滞在していたアルテミスはすでにテュール格納庫の増設を終え、高度三百キロの熱圏中層に帰ってきている。だが、まだ強制軌道には移行していない。アルテミスは軌道高度そのままで次々とテュールを撃ち出している。

 OQ3000Dは発艦デッキに増設されたロータリー式の格納庫に収められていた。総数五十、今回は半数以上の三十機が出撃する。

 新しい格納庫はアルテミスの発進デッキから少しはみ出る形で組み込まれていた。ロータリーが回転するたびに一機のテュールがカタパルトへと送られ、カタパルト・クルーの指示に従い大気圏内へと降下する仕組みだ。

 操縦するのはトピア、人工知性体のトピアなら複数機の並行処理も問題はない。

 だが、いかなトピアと言えども多数の機体の同時操縦は難しい。そこでアルテミスの航空長であるアーロン少将は今回の出撃を三十機と決定した。

 今までのシミュレーションの結果、テュールを先に投入しその後からアルバトロスIIを降下させた方が良いというのがエリス防衛航空部隊の結論だった。

 中央のカタパルトでバレンタイン達が出撃準備を進める一方、今も左側のカタパルトからテュールが順次大気圏へと放出されていく。

 総数三十機のテュールを射出するためには十分近くの時間がかかる。そこでアルテミスの作戦司令部は強制軌道に投入することなくテュールを発進させることを決定した。時間はかかるが、無人機のために軌道空母を危険に晒す必要はない。

『いようスミス』

 いつものようにコクピットから片足をぶら下げながらバレンタインはスミスに話しかけた。

『なんです、隊長。わたしは今少々忙しいんです』

 バレンタインの背後ではスミスが忙しくキーボードを叩いている。珍しくスミスの声には険がある。

『いったい誰なんですか、あのテュールやら言う無人機を投入したバカたれは。一気に三十機増えたおかげでこっちはてんやわんやですよ』

『おいおい、軍神様テュールをそう邪険にするもんじゃない』

『ふふ、大丈夫ですよ。テュールの操縦はこちらで引き受けます』

 ゴチるスミスに追い被さるようにトピアが声をかける。

『ああ、トピアか。お前はいつもながらいい声だなあ』

 その声を聞いてバレンタインはタブレットを下ろした。左スクリーンに映ったトピアの声はちゃんと声帯を使って生成されている。しかもその声は有名どころの声優の声を模倣しているだけあって、知らないで聞けば女神の声と聴きまごうばかりだ。

『今の展開状況はどんな感じだ?』

『今、二十一機目を降下させました。あと三分で展開が完了します』

『イントルーダーのタイプは?』

『おそらく新型です。先頭が先鋭化しているため、高速飛行が可能だと思われます』

『そうか……エクレア達はどうしてる?』

『エクレア大尉達はまだ移動中です。あと五分でコーストガード2に到着予定。アルバトロスIIの発進準備はすでに始めています』

 じきにアルテミスも強制軌道へと移行するだろう。いつも通りのシーケンスだ。

『よかろう。スミスとのデータリンクをよろしく頼む』

『了解です、チーフ』


+ + +


 後ろ向きに射出されたテュールが一直線に大気圏へと飛び込んで行く。バレンタインは開け放たれた発艦デッキからその点線を鋭く見つめた。

 まだアルテミスは強制軌道へ移行していない。

 出撃はまだ先だ。

 今回ヘッジホッグ隊が取り逃したのは二機、本当だったら四機展開するべきなのかも知れない。

 だがバレンタインは二機体制での迎撃にこだわった。万が一の時には後続の軌道空母からの追撃を依頼することでこれを凌ごうというつもりだ。

 戦闘において無理は禁物だ。だが、過剰もまた禁物だというのがバレンタインの持論だった。余計な戦力を投入すれば確かにその場は凌げるかも知れない。だが、いずれツケが回ってくる。

 自分とエクレア、それに三十機のテュールであの二機のイントルーダーをなんとかする。ギリギリプラス二十%程度で事を収めるというのがバレンタインの考えだった。

 なにしろ三十機のテュールが投入されているのだ。これに加え、エクレアとバレンタインのアルバトロスIIで二機のイントルーダー程度を沈められなくてなんとする。

《エンジン、アイドリング異常なし》

《カタパルト接続》

《電源ケーブル、回路切断ディスコネクト

 目の前を慌ただしく甲板員レインボー・ギャングたちが漂って行く。そしてそれを指示する整備中隊長、様々なケーブルやホースを運んでいるカタパルト・クルーたち。

 いつもの出撃前の光景だ。

《テュール ナンバー23投下完了》

《テュール ナンバー24カタパルト接続》

《テュール ナンバー24投下》

《テュール ナンバー24投下完了》

…………

 並行して無人機の投入作業が続けられる。

 と、艦内放送が入った。

『アテンション。イントルーダーが中間圏に入った。現刻をもって本艦は強制軌道に移行する。発艦デッキの各員は各自射出準備を開始せよインターセプターズ、レディ・フォー・イミディエイト・ランチ。カウントダウンは八〇。七十九、七十八……』

 同時にアルテミスがフルスロットルでロケットモーターの噴射を開始。

 勝手知ったるいつもの機動。

 バレンタインはキャノピーを閉めると耐熱カバーを装着した。

『よっしゃ、今度は大群戦だ。楽しめトピア、スミス!」

 いつものようにアルバトロスを整備していた甲板員達が整列して敬礼。

 バレンタインは降りてくる耐熱シールドの隙間から答礼すると、親指を立てて彼らと出撃の挨拶を交わした。


+ + +


 一方、エクレアはルビアを隣に乗せたターボ・ヘリでコーストガード2基地へと緊急移動中だった。

 運動会の真っ最中のヘムロック教会孤児院のことについてはセシル院長にお願いしてある。

 エクレアは降下中のイントルーダーをなんとしてでも撃墜するつもりだった。今回侵入してきたイントルーダーは二機。しかも早期警戒管制機A E W & Cによれば被弾数が少ない。

 損耗が少ないイントルーダーを落とすためには死に物狂いの攻撃が必要だろう。

(まったく、ヘッジホッグガンシップ隊は何をしているのかしら)

 エクレアは緊急回線をセシル院長に常時接続すると、万が一の時の際には子供達を孤児院の地下に作られた対爆シェルターに誘うようにお願いしていた。

 正直、アンさえ無事でいてくれれば他の被害は我慢できる。

 だがエクレアはアンを失うことだけはどうしても我慢がならなかった。

 何がなんでも叩き潰す。

 絶対にイントルーダーを地表には降ろさせない。

「何がなんでも落としてやる」

 前方を睨むエクレアの口元から歯軋りのような声が漏れる。

「……エクレア、怖いよ」

 そんなエクレアの様子を見ながらルビアは小さく呟いた。


 二人ともターボ・ヘリに乗り込む際に耐Gスーツを身につけていた。さらにG耐性を向上させるための昇圧剤も処方されている通りに飲んでいる。

 エクレアは滑走路で誘導する地上誘導員の指示に従ってターボ・ヘリを駐機させると、すぐにヘルメットを握って操縦席から飛び降りた。そのまま駆け足でアルバトロスIIのコクピットへ。

 エンジンはもうアイドリングに入っている。

 エクレアとルビアは慌ただしくベルトで身体を固定した。

「アルバトロス723からコーストガード2コントロールへ、リクエスト・フォー・タクシー」

 コーストガード2の管制塔に発進を申請。

『風向はSSW、風速16ノット。アルバトロス723、ランウェイ2を使われたし』

「ラジャー、アルバトロス723、ランウェイ2」

 エクレアはスロットルを少し開けて微速でアルバトロスIIを二番の滑走路へ向けた。途中で九十度転回し、機首を二番滑走路へ。

 機体が滑走路に入ったところで、エクレアを誘導していた地上誘導員マーシャラーが頭上で両手を交差する。

 指示に従い、機体を一旦停止。

『コーストガード2コントロールよりアルバトロス723へ。ランウェイ2、クリアード・フォー・テイク・オフ。グッドラック』

『アルバトロス723よりコーストガード2コントロールへ。ランウェイ2、クリアード・フォー・テイク・オフ』

 管制官からの指示を復唱。すぐに管制塔から応答が入る。

『アルバトロス723、リード・バック・イズ・コレクト』

 ほとんど同時にエクレアはスロットルを一気に最大戦速MAX・MILに押し込んだ。機体の中で遮熱カバーがスライドし、エアインテークから吸い込まれた大気が二基の核融合エンジンによって加熱される。

 地上からの発進は久しぶりだ。

 対気速度が上がるにつれ、アルバトロスIIの機首が持ち上がろうとする。

「エアボーン、ギアアップ」

 エクレアはエレベーターを使って浮き上がる機体を抑え込み、十分な速度を得てから限りなく垂直に近い角度で大空へと飛び出した。

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