第3話 マキュアートを探して

 マキュアートこと鬼龍院豪は送られてきたバハムートからのオフ会の誘いに戸惑っていた。

 当初掲示板でバハムートの存在を知った豪や興味本位でバハムートを探しそのプレイを見るつもりだったが、あまりに見ていられない行動にヘルプに入り終いには自分でも組む気が無かったパーティーを組んでいた。だがバハムートとの日々は想像以上に面白く豪が戦っている間にあの無表情な男のバハムートが岩陰に隠れながら逃げ回ったり素材一つにしても大喜びする姿は本当に見ていて楽しかった。

 だから気を許してバハムートのリアルの憂さ晴らしをしようなどと言ってしまったのだ。


「会えるわけないじゃん。」

 三鷹の高層マンションの一室で使用感のない部屋に豪は暮していた。

 ミニマリストという分けではないが掃除も片付けも面倒でいつしか物を置かなくなっていた。猫ッ毛ではねた髪をかき眼鏡を外す、そのぼやけた視界が豪は好きだった。

 現実なのに非現実にいるようなこの何が起きるか分からないこの景色はどこか心をわくわくさせる。


 鬼龍院豪の肩書は『バーチャルネクスト』代表取締役社長というものだった。この『バーチャルネクスト』こそ何を隠そう『セカンドワールド』の製作会社なのだ。

 製作者がユーザーの中でプレイをしていたなんて知られたくなかったし、なにより肩書を隠すにしても自分のビジュアルに豪は自信がなかった。

 癖の強い髪も嫌いだったしたれ目も目の下の隈も嫌だった。高身長もコンプレックスだし、それ故に猫背で20才だというのに周囲には老けていると言われるのもかなり気にしていた。だからバーチャルではふわふわな可愛い女の子になるし髪も目も身長も自分とは全く異なる存在にしていたのだ。


 だから自分でも苦笑してしまう程あまりにリアルとかけはなれていてオフ会などする勇気はなかった。

『バハムートとリアルで会えば失望されるの分ってるし。』

『失望なんてしませんよ。マキュアートはマキュアートでしょ!確かにバーチャルとリアルは違うけどバーチャルから始まるリアルの友情ってありなんじゃないですか?』

『どうしてもオフ会がやりたいのなら別のパーティーへ行った方がいい。』

 突き放すような一言を言った豪は自分自身傷ついた。

 本当にバハムートが他のパーティーに行ってしまったら?今まで楽しくやってきた時間さえなくなってしまうんじゃないだろうか?こんなことならリアルで会ってから振られた方がましだったかもしれない。

 だが生活の殆どを自室で凄し仕事もリモートで済ませてしまう豪にリアルで会う自信はどうしても持てなかった。


 一方の三光はその時会社の人間が自宅に訪れ慌てて電源を落とした。

 先方へ現状を確認しに行っているだけの三光と急に誰も連絡も取れなくなり、普段なら退社する就業時間にも帰社しないことで異変に気付き探していたそうだ。勝手に帰ったことを散々怒られ最後に部長に言い過ぎたと謝られた。

 マキュアートとの戦いですっかり嫌なことを忘れていた三光は仕事の事や初めての挫折なんてもうすっかりどうでも良くなってきてしまっていて血相を変えて謝りに来た上司にぽかんとした表情を浮かべた。

「今回の事は明らかに先方が悪い。何度もミーティングを重ねてきて少しずつ準備しているのを知りながら隠していたんだからな。天王寺の働きぶりは俺もよくみているし、お前にミスがあったとは思っていない。俺も先方に行ったが既にもぬけの殻だった。今後の対応は社としても考えている。あの時はあまりに突然の出来事に驚いて攻めてしまい、本当に申し訳なかった。天王寺のチームも今一丸となって対策に追われている。今からでも社に戻ってきてはくれないだろうか?」

 そう言われ三光は電源を落としたゲームを放置したまま会社に戻った。


 それから数日、三光は初めて仕事を家に持ち帰りボロボロになるまで働いた。

 メイクも雑になっていったし服も何度か着た記憶があるがそんなことに構っている余裕などなかった。


 ようやく仕事が片付いた頃には部屋は荒れ放題でゴミも溜まっている。そんなカオスな状態の部屋にはお疲れ会ですっかり酒がまわった体の休まる場所は何処にもなかった。その晩スーツのままベッドに倒れ込んだ三光は、布団もかけず死ぬように眠り続け翌朝1時間もぼーっとしながら目が覚めた。

 久しぶりのなにもしない休みだった。

 いつもの癖でセカンドワールドを立ち上げるがふと手が止まった。仕事がオーバーワークになる前に自分が行った行動を思い出したのだ。


 先週マキュアートに心に任せてオフ会がしたいと言い空気が悪くなったまま急な部長の来訪で電源を落としたままだったと気付いたのだ。三光の顔はどんどん青ざめた。

 あの後すぐであれば謝ってまた楽しくゲームも出来たのだろうが、初めてのオーバーワークで頭が一杯になってしまった自分にそんな余裕などなく一週間以上ゲームにオンラインしていないなんていう状況になってしまったのだ。

「マキュアートさん怒ってるかな?怒ってるよね…。リアルで会いたいって言って嫌な思いをさせた挙句いきなり会話をぶち切るなんてそりゃ怒るよ。」

 セカンドワールドのスタート画面、三光はコントローラーを握りしめたまま手を止めていた。そして部屋の惨状に先にそちらを片付けながらどう謝ろうか考えようという落ちになった。


 部屋はすっかり綺麗に片付いたがまだ謝る勇気も言葉も思い浮かばなかった。食事をつくってもコーヒーを沸かしても気晴らしに散歩に出てもそれでも思い浮かばなかった。

 考える度に握っては離していたせいでコントローラーを置いた拍子に意図せずボタンが押されてしまった。

 【ROADING】その文字がこんなにも怖いと思ったことは一度もない。

 このロードが終わればフレンドのマキュアートにもログイン通知が送られる。そうすればマキュアートに謝らなければならない。散々悩んで未だなんて言えばいいのか分からないというのに点滅するロードの文字に急かされている気がさえした。

『ほら、早く!早くマキュアート謝れ!もちろんなんて謝るかは決まってるよな!?』

 聞こえるはずの声さえ聞こえてくる。

 だが三光のそんな心配は無駄に終わった。いつもログインすると左上に表示されるフレンド名がなかったのだ。慌ててフレンドリストを見たがやはり表示が出ていなかった。


「え…。マキュアート…。」

 謝ろうと思っていたのに。嫌だって言ったときに直ぐに諦めなくて悪かったって思っていたのに。気まずくなりたくないから忘れてほしいって言いたかったのに。先程まで謝らなければと焦っていた気持ちが急に溢れてきて三光は涙が出た。

 泣いてもその現状は変わらず、ID検索してもマキュアートは見つからなかった。パーティーを外されてしまった悔しさというよりマキュアートがいなくなってしまった悲しさで楽しかったセカンドワールドの世界すら悲しみに包まれている気さえした。


 気のせいかも知れないと数日ログインしてはログアウトするだけの日々が続いた。その都度それが現実なのだと思い知らされあれだけ好きだったゲームも手につかず何もしないまま終るのだった。


 数日後ようやく心に区切りをつけセカンドワールドへバハムートが帰ってきた。

ステージ9マキュアートが一緒にあげてくれたレベルだった。トップランカーだというのに初心者のバハムートに合わせて下のレベルに付き合ってくれただけでなく、ステージ9までつれてきてくれたマキュアート。だがもう彼女はいない。

 今までマキュアートに頼り切っていたステージをもう一度やってみるが不思議なことにあれだけ逃げ回っていたバハムートはもうそこにはいなかった。そして不思議な事は続き新たなレベル9もまた一人でクリアすることが出来るまでにいつのまにかバハムートは成長していた。

「マキュアート…。私勝っちゃったよ。一人でレベル9終わらせられた。」

 涙が出た。長年ゲームを続けて攻略をしてみたいと思っていたのに、何故か全く嬉しくなかった。隣で喜んでくれるマキュアートの姿はなくバハムート一人で喜ぶことなんてできなかった。マキュアートがいなくなった今、勝ったのに全然嬉しくなかった。

 だがこの勝利で一つ勇気づけられたことがある。今までマキュアートがいなくなってしまったことにただ仕方ないと思い諦めていたが探そうと決意したのだ。


 マキュアートに教わった攻略サイトに解散したパーティー相手を探す方法など書いてはいなかった。だが代わりにセカンドワールドが公式に行っている掲示板の存在を初めて知った。

「掲示板ってなに?会社みたいなやつ?」

 恐る恐る開いてみるとそこには色々なプレイヤーの会話が書き込まれていた。道具の取得方法やエリア開拓方法はもちろんフレンド希望やパーティー招待まで今まで三光が知らなかったコミュニティがそこには存在していた。ふと三光の手が止まる。【バハムートを見守る会】というものがあったのだ。

「バハムートってそんなにいるのかな?」

 そう思いながらそのサイトを開いてみると、そこには今まで自分が歩いてきた道のりがあった。負けて負けて何度挑んでも負けて、そしてマキュアートに助けられ支えられ逃げ回りながらもレベル9に昇りつめたという内容が事細かく書かれていた。あまりに詳しく書かれていて怖くなったが間違いなく自分のバハムートの事だとわかった。

 もしかしたらここならばマキュアートが見つかるかもしれない。

 その思いで恐る恐るこの掲示板に書き込んだ。


【バハムート:】そこまで書いてなんて書けばいいのか分からなくなった。挨拶から始めればいいのか、いきなり本題を書いていいのか、それとも自分がバハムートだと名乗っていいのか分からなくなった。


===セカンドワールド 掲示板===

バハムート:こんにちわ。いつもありがとうございます、バハムートです。実はマキュアートさんを探してて

==================

結局思ったように書くことにした。こういうネットでの会話というのは炎上するイメージがどうしてもあって恐る恐る送ったが返信は一瞬できた。

===セカンドワールド 掲示板===

ルイ:え!?バハムートです!!?本人キター!!

Iji:偽物じゃない?

マルコフ:いや違うとみた!

ぇ^「^:マキュアートさんも最近見てないんですよねー

八朔:ちまたではセカンドワールドから消えたと

ポメラニアン:私はアカウント変えてやってるって聞いたよ

バハムート:そのアカウントわかりますか?

ポメラニアン:分からないかな

マルコフ:探したろか?

無我夢中:さすがマルコフ優しー

バハムート:協力してくれるんですか!?

マルコフ:この掲示板のタイトル【バハムートを見守る会】だからな

ポメラニアン:いっちょやったりましょ!私も協力するよ!

ルイ:絶対見つけて見せるから安心しろ!バハムート!!これからここは【バハムートの消えた相棒を探すの会】だ!!

マルコフ:いや、それはちょっと

ぇ^「^:仮名にしとこ

==================

 三光は【バハムートを見守る会】の応援もありようやくマキュアート改名【MT508】を見つけることが出来た。どうやって見つけたのかは分からないがネット怖いと思いながらも自分を応援してくれる彼らに感謝しかなかった。


 MT508はレベル5のプレイヤーではあったが、検索で出てきたビジュアルは殆どマキュアートと同じだった。髪色が青空ではなくなり夜空となっていたが彼女は間違いなくマキュアートだと三光は確信した。

 そして暇さえあればレベル5のエリアへ行きMT508が通るのを待ったがなかなかMT508が通ることはなかった。待っても探しても見つからずマキュアートのアカウントを探しても存在していない。これ以上接触する方法が見つからず、人違いだったらと遠慮していたメッセージを送った。


『MT508さん。はじめましてバハムートです。

 もし人違いでしたら申し訳ございません。ずっと探している私の大切な友人と似通ったアバターだったためメッセージをいたしました。

 私が探しているその友人は今までポンコツだった私をずっと支えてきてくれた大切な存在です。ゲームが好きなのにゲーム暦ばかりが長く、ゲームの仕方すら分からず説明書さえもろくに読まない。そんな私に初めて攻略サイトの存在や攻略本を教えてくれたのも彼女でした。今ある私のレベルは彼女なしには到達しなかったものです。イベントも長年ゲームをやっていて初めて達成することが出来ました。

 それなのに私はずっと支えてくれた彼女に酷いことを言ってしまいました。私としてはリアルでも楽しく話せそうだそれだけの理由でオフ会にさそったつもりでした。だからそれに対して当然会おうという言葉が返ってくるだろうと思っていました。ですが、それは違った。彼女はこの仮想空間を大切にしていたんです。私は自分が会いたいという身勝手な気持ちでその彼女にとって大切にしていた物を壊しました。本当に申し訳ございません。

 あのとき突然落ちてしまったことを悔いても悔みきれません。仕事がたて込み暫くこの世界に来れなかったことを悔いても悔やみきれません。

 私にとって一番大切なものはその友人です。だからもしMT508さんがその友人でなかったとしてもめげずに探し続けます。そしてもし二度と友人に戻ってもらえないとしても、散々助けてくれた彼女には初めて一人でクエストを達成できたのだと報告したい。

 急なメッセージにも関わらず長々と申し訳ございません。』


 それから数日、相変わらず暇さえあればレベル5のステージに足を運んだ。

 MT508は現れる様子さえなく、メッセージの返信もなかった。もう一度メッセージを送ろうか、しつこいと言われるだろうかと悩み始めたころようやう一通の新着メッセージが届いた。


『Dearバハムート

 まずはクエストクリアおめでとう、そして気まずくなってしまい逃げてごめん。アカウントが違うのに見つけてくれて嬉しかった。

 もしリアルでも見つけてくれるのであれば、その時は君が以前言っていたオフ会をしよう。

 場所は新宿、時間は明日この前と同じ19時。詳細の場所やリアルの姿は言わないがもし会えたのならそのとき今まで君に隠していたことを全て話したい。』

 そのメッセージを読んだとき三光は左手を口にあてて涙を流した。やっと探していたマキュアートに会うことが出来たのだ。こんなに嬉しいことが今まであっただろうか?それだけでなくそのマキュアートは以前三光が希望していたオフ会にまで応じてくれるという。


 短い文面で絶対に行くとメッセージを送ると明日に備えて三光は眠った。

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