01-08 それぞれの準備

「あー疲れた⋯⋯」

 ここは魔の森、その最深部にある魔女の庵、ここへ戻るや否やアリシアはローブどころか帽子すら取らずに、自分のベットへダイブする。

 それから暫くそのままのうつ伏せでで動かない、その後半回転し仰向けになる、なおこの時帽子が外れベットの下に落ちた。

「こんなにいろいろあって、疲れたのは初めてだ⋯⋯でも買い物は楽しかった」

 アリシアは今日起こったことを振り返る、挑戦、挫折、失敗、成功、この魔の森で暮らすだけでは味わえない感情の起伏の激しい一日だった。

 そのままの体勢でアリシアは収納魔法から今日買ってきた串焼き肉を取り出す、左手には塩味、右手にはタレ味、まず塩味を一口する、普段アリシアが焼いて塩を振って食べる肉とそう大差はない。

 次にタレ味を一口する、普段食べない味付けな事もありアリシアには何倍ものの美味しさに感じられた。

 アリシアはこの串焼き肉から一つの真理にたどり着く。

 ただ生きていくだけなら塩を振るだけでいい、肉の味を楽しむためだけに、どれだけの工夫と労力を割いているのか、という事を。

 アリシアにはこのタレ味の串焼き肉は作れない、そしてこれを食べるためにはお金が必要だ、これを一生食べる分は今回で稼げたかもしれないが、ずっと食べ続ければいずれは飽きるだろう。

 世界は広い、きっとアリシアが想像もつかないくらいの〝楽しみ〟が溢れているのだろう。

 師が最後に残してくれた言葉〝楽しみのために自分の生活を豊かにするために〟生きるとはこういう事なのだと知った。


 ⋯⋯そして、その楽しみを享受するには、お金が必要だという事もだ。


 食べかけの串焼き肉を平らげた後、残った串を魔法で分解処分し思索を再開する。

 収納魔法の中の金貨はまだほとんど残っている、今日一日買い物をしたが一袋も使い切らなかった。

 お金が大切だという事は理解したが金儲けの為に何かをしたいとは思えない、何故ならこの大量の金貨にアリシアの心がちっともときめかないからだ、それよりも⋯⋯

 ローブの内ポケットから一枚の銀貨を取り出す、この銀貨を見ていると様々な感情が沸き起こる、喜び、感動、達成感。

 アリシアはベットの脇に置いてあった小さな小箱の中にその銀貨を大事にしまう、きっとこれは一生の宝になる⋯⋯そんな予感があった。

 やがてアリシアは立ち上がり風呂へと向かう、少しぬる目に設定した湯に浸かりながらこれからの事について考えていく、自分がどう生きたいのか、森の外の人達とどう関わるのか、何がしたいのか、何がしたくないのか。

 ⋯⋯その日のお風呂は、少し長湯になった。


 一方その頃の王宮は、まさに天手古舞の有りさまだった。

 アリシアが去った直後に、フィリスが指揮する騎士団によって教会に乗り込んだところ苦しみのたうち回る神官を発見し、そして捕縛された、その後アレク陣頭の元尋問が行われた。

 その間ラバンは王宮にいる上級家臣を集め、緊急会議の準備を始めた。

 ラバンはまず集まった家臣一堂に、自身の回復とこれまでの感謝を述べる。

「皆よく集まってくれた、心配かけてすまなかったが見ての通り余は完全に回復した、お前たちには苦労をかけたが心より礼を言う」

 そして集まった家臣一同に対し、頭を下げる。

「そんな滅相もございません、我々家臣一同王の為ひいてはこの国の為、何の苦労が在りましょう」

 ラバンはゆっくりと頭を上げ改めて家臣の一人一人を見回す。

「お前たちの忠義と愛国心は、余の誇りでありこの国の宝である」

「勿体なきお言葉です」

「⋯⋯さて、今回集まってもらった訳だが、余の突然の回復と関わりある話でな」

 この場に集まった家臣たちは、それぞれの役職上の違いからおおよそ察している者、まったく話が見えず困惑している者さまざまであった。

「先ほど魔女がこの王都に現れた、そしてフィリスがそれを発見し余の元まで連れて来てくれた、もう解ったと思うが余のこの回復は、全てその魔女の御業によるものだ」

 大きなどよめきが会議室を包んでゆく。

「話を続けよう、その魔女は何を隠そう我がエルフィード王国の守護神にして偉大なりし森の魔女オズアリアが残した弟子だ!」

 家臣一堂に激震が走った。

「森の魔女様に弟子が?」

「だがしかし、弟子は作らぬと仰られていたのでは?」

「あの帝国の魔導皇女ですら、弟子の資質無しだと仰られていたのに?」

 ざわめきをしばし傍観したのち、王は強く発言する。

「静まれ! その弟子殿に関して実は余は知っておった!」

「王よ、なぜもっと早く仰ってくださらなかったのですか?」

「余が知ったのは一年ほど前、森の魔女殿からの最後の遺言によってだ! だが聞けば赤子から育て始めて十年余りと聞く、そんな者がすぐに森の魔女に成り代わるとは思ってもおらなんだわ」

 会議室が沈黙に包まれる⋯⋯

「それなのに森の魔女殿が薨去こうきょした後には、その弟子が控えておるから安心しろなどと言えるか⋯⋯正直余の代で会えるとは思うておらなんだ」

「申し訳ございません」

「よい、余も黙っていて済まなかった⋯⋯しかしこうしてその弟子が現れた以上、話し合う必要がある」

「確かにその通りでございます、つまり今回の会議の議題はそのお弟子様との交渉準備という事ですな?」

「五日後にその弟子殿が来る、それまでに決めなければいかん」

「五日! 短すぎます! もっと引き延ばせなかったのですか?」

「五日の期限は余が言い出したことだ、考えても見ろ相手は気まぐれな魔女だぞ、下手に一月後なんて言って忘れて来なかったらどうする?」

「⋯⋯そうでしたな」

 古参の臣下ほど王の言葉の意味を実感する。

「余はお前たちを信じておる、四日以内に話を纏められると思ったから五日と言ったのだ、エルフィード王国今後二百年の分水嶺と思え、死ぬ気で乗り切るぞ!」

 王は家臣たちを一つにまとめ上げる。

「まず話を進める前に相手の事を知らねばならん、フィリス! 語れ、そなたの見た魔女がどんなだったかを」

 皆の注目を浴びつつも静かにフィリスは語り始めた⋯⋯アリシアとの出会いの経緯を、そしてどんな人物かを。

「⋯⋯以上になります、ここから私の意見を述べさせていただきますが、まず戦いは避けるべきです、私が十人いてもかないません、仮に私とルミナスが組んでも勝算は皆無だと思います」

 フィリスは親友でもある帝国の皇女の名を出して説明を続ける。

「フィリス殿下とルミナス皇女殿下が組んでも勝てぬなら、このグリムニア大陸に勝てる者はらんという事ですか?」

「そうですね、でも先ほど説明した通り非常に温厚で道理の通った方です、礼を持って接すれば必ず応えてくれるでしょう」

「フィリスよ、もう良い、かの魔女殿は非常に若い、それ故容易く道を踏み外しやすい時期だ、これは森の魔女殿からの遺言だが弟子を正しく導いてやってほしいそうだ」

「導く?」

「我々は弟子殿に対し、見せ続けなければならんという事だ、礼儀を尽くす事を、何が正しくて何が間違っているかをな⋯⋯もう二度と破滅の魔女などという存在を生まぬ為に」


 破滅の魔女、それはこのグリムニア大陸史に残る惨劇の記録。


 その後、小時間の休憩を挟み会議は再開する。

「では聞こう、弟子殿とどう付き合ってゆくか、何をして欲しいか、何をして欲しくないか、遠慮はいらん忌憚なく語れ!」

 会議はまだまだ始まったばかりである。


 一方長湯した結果、ある程度の方針や準備の予定を立てたアリシアは寝間着も着ずにそのままベットに倒れこむ。

「明日は竜狩りだ⋯⋯しっかり休んでおかないと」

 そのまま力尽きたように眠りに落ちる。


 こうしてそれぞれの準備が始まっていくのであった。

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