第4話




 相変わらず観客など一人もいないこの映画館は、俺にとってはとても居心地が良く素晴らしい環境だった。

 こんな状態で、経営状況は大丈夫なのだろうか? なんて心配も、少なからずあったりはするのだが。周りを気にすることもなく、一人独占して映画を観れる環境は、とにかく"最高"と表現して間違いないだろう。

 まるで、自宅にある巨大シアタールームにでもいるかのようだ。



【これは、実際の殺人映像である】



 そんないつも通りのオープニングを眺めながら、そんな事を思う。



「……おっ。今回も、女か……」



 スクリーン上に映し出された後ろ姿の女性を見て、俺は前作の光景を思い返した。



(前回の女性は、ナイフでめった刺しだったなぁ……。今回は、どんな風に殺されるんだろう……)



 そんなことを考えながらも、期待に胸を高鳴らせる。


 暫くすると、異変に気付いたらしいスクリーン上の女性は、少しだけ歩くスピードを速めた。時々こちらを振り返るような素振りを見せながら、徐々に速くなってゆくその歩み。そんなスクリーン上の女性の姿を見つめながら、俺は小さくコクリと唾を飲み込んだ。——次の瞬間。

 ついに耐えきれないとばかりに悲鳴を上げた女性は、一気にその場から駆け出した。それを追いかけているのであろう視点からの映像は大きく揺れて少し見えにくく、俺は目を凝らすとスクリーンに食い入った。


 この、少し見えにくい映像こそがPOV方式の特徴の一つだとも言えるのだが……。それがむしろ、最高の臨場感を生んでいると言っても過言ではないだろう。作り込まれた映画では、ここまでの臨場感は出せないのだ。

 いささかチープすぎるとも言えるこの映像だが、それこそがリアリティ性を高める最高の演出となって、俺をこんなにも夢中にさせているのだ。


 外灯の少ない暗い夜道を、必死に逃げ回っている女性。おそらく近くに住宅などないのであろうその場所は、外灯から離れると本当に真っ暗で、画面が乱れているせいもあってか、逃げ回る女性の姿はほとんど目視ができない。

 だが……まぁ、それも仕方のないこと。



(その内、カメラが追いつけば嫌でも見えるしな……)



 この映画を観る一番の目的でもある、殺害シーンさえちゃんと見れるのなら、それでいいのだ。


 そんな事を考えながらも目の前の映像に夢中になっていると、未だ画面前方で必死に逃げ惑っている女性が、近くにある建物の中へと入っていった。



(……あれ? )



 乱れる映像の中、所々に映るその建物に妙な既視感を覚える。その霞がかったモヤのようなものは、カメラが近付いたことでハッキリと姿を現し、それは確信へと変わった。



(あぁ……やっぱりそうだ。……へぇ、あそこで撮影したのか)



 自分の知っている建物だったということもあってか、なんだかいつも以上に身近に感じる目の前の映像。

 トクトクと高鳴る俺の心臓は、少しだけその鼓動を早めた。


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