第七話:反撃準備


 四月十六日、木曜日。

 尊が学校を休んでから三日目の夜になった。


「あー、キッツ」


 そう悪態を吐きながら彼は起床した。

 そして、立ち上がると同時に腕や腰のコリを解すように動かしつつ、用意していたミネラルウォーターのペットボトルの口を開けて喉を潤す。

 最近、上手く寝れていない。

 夢は覚えていないが起きた時に幻影のように残る脳裏に浮かぶ紅い光景。


「ったく、寝苦しいっての」


 気分を変えるように一息にペットボトルの中身を処理しゴミ箱へ。

 時間を見ると二十時を回ったところのようだ。


「今回は少しかかったな……」


 何がと言われれば尊の身体の最適化である。

 別に惰眠を貪っていたわけでなくこれはシリウスからの指示だった。

 現状、融合して生存することが出来たとはいえ真っ当な手段ではないので身体全体を見ればかなりの問題があるらしい。

 それを何度も自己スキャニングし調整を行って最適化している所らしい。

 無論、問題とは言っても生命に直結する重大なものでなく。日常生活を送る上でなら気にする必要のない微細なものだが最悪戦闘を行う可能性を考慮するとそうもいかない。

 故にベッドの上で身体を横にしていたのだ。


「横になってるだけとはいえ、どうにも……寝るにしてもなぁ」


 ベッドで横たわってるだけで何も苦労はしてないので文句を言うのも憚れるがそれはそれ。

 自己スキャン中は身体を動かせないので暇なのである。


「まっ、とはいえこれで最後か。例の物も完成するって言ってたし……」


 予定されていた最適化はこれで一通り終了。

 彼は少し解放された気分になりながら寝室を後にしリビングへと向かった。





「終わったよ。で、そっちはどうだ?」


 少し前までは几帳面な性格もあって一人暮らしの家ではあるものの小奇麗にしていた家のリビング。

 だが、今はその面影もないぐらいに荒れていた。

 よくわからない工具や基板のようなものが散乱していた。

 それらは全て尊が購入したものだし使用したのだが、実はどういうものかはよくわかってはいない。


『順調。ユーザーに報告します』


 リビング中央のテーブルの上に置かれた携帯端末の画面の中に白銀の髪の女性アバターが存在していた。


「それは何より……。まぁ、あれほど扱き使ったんだからそうじゃないと困るが」


『疑問。シリウスの機能向上のために必要なことであり、ユーザーの助けにもなると説明も行い同意を経たはずです』


「そりゃ、まあ納得はしたけどね? まさか延々とよくわからない物をよくわからないままに作らされるとは思わなかった……」


 彼はシリウスの画面の中のアバターを眺めながらソファにどかりと座り込んだ。


 現在、シリウスが我が物顔で使っている携帯端末は要望されていた最新機種だ。

 外には出られなくても今の世の中、家から出なくても商品を購入できる時代であったのは幸いで入手できたところまでは良かったのだが……。


「次から次へとアレも欲しい、これも欲しいと……っ」


 それだけで満足しなかったのがシリウスだ。


(確かに改造がどうのとは言ってはいはしたがまさかこれほどガチなものとは……)


 出たばかりの最新の携帯端末は配送後数分で保証が利かないほどにバラバラにされる羽目になり、同時に届いたよくわからない基板やらなにやらを尊はシリウスに指示されるがままに手を加えさせられ今に至る。


「どれだけ頼んだんだよ、全く」


 小指の先ほどのチップで数十万とかよくわからない世界だ。

 一体、どこのサイトを利用したんだろうか。

 自宅のパソコンを勝手に乗っ取ったシリウスが注文を行ったので実際の取引の内容について彼は全くと言っていいほど関わっていない。

 やったことといえば代金の支払いに品の受け取り、そして指示されるままに改造したことぐらい。


(AIにロボットみたいに操られてないか……?)


 今更と言えば今更だが。 

 ちなみにこれらの出費で尊の家の資産の三割ほどが消費を強いられた。

 両親の遺産があるとはいえ彼にはそれほど余裕があるというわけではないのだが……。


(どのみち一年後の未来すら不透明な状態、必要経費だと割り切ってしまえば……いや、やっぱり悲しいな)


『報告。それではユーザー次の配送日の件ですが――』


「まだやるのか!?」


『肯定。二十年以上も前のスペックだとどれだけ改造しても物足りないぐらいであるとシリウスは主張します。携帯端末の方は携帯性の観点から改造にもある程度の妥協はせざるを得ない。ですが、デスクトップPCの方はまだまだ改善の余地あり。専門業者の方に仕様は送っているのでユーザーには増設のための作業を――』


 つらつらとした話を聞き流しながら、ふと彼は思った。

 詳しくは聞いていないがどうにもシリウスは開発者の博士とやらの人格データを基に作られたらしい。このアバターの姿も模して作られているとか。


(となるとこの凝り性というか、そういう性格っぽいのもその影響なのだろうか?)


 スペック向上という目的も事実なのだろうが。

 顔にも声にも表れているわけではないがどこか楽しそうに見える。

 まあ、気のせいなのかもしれないが。


「……注文票に最新ゲームの名前があるのは何故なんだ?」


『回答。……ユーザー、シリウスは確かに最新型AIで比肩しうるものが無いほどに高性能な人工知能である』


「凄い自信だな。まあ、自分に自信を持つのは良いことだ。……それで?」


『しかし、そんな高性能美少女AIであるシリウスもまだまだ|稼働し始めた(生まれた)ばかりで経験がまるで足りていない』


「ふむ、それで?」


『そして、この時代には我々の時代には喪失した種類のデータが大量に存在します。自身のバージョンアップのために学習するのは当然のことであるとシリウスは主張する』


「で、これか?」


 人気大作のアクションシナリオヒーローゲーム。

 俺も持っているゲームの待望の続編の予約伝票をシリウスにピラリと見せた。


『肯定。シリウスに一切の私心は無い』


(何も言ってないのに「私心が無い」って言っちゃう時点で語るに落ちてない?)


『補足。サポート管理AIとして共通の話題が出来ることによってユーザーとの親密感を向上させるという効果もある期待できる。使命達成のために有効性が高いと推測が――』


 ちょいちょいゲームや漫画などの話を混ぜてくるのは、こちらのモチベーションをうまい具合にコントロールするためのものではないかと尊としては考えていたのだが、


(違うなコレ。なんか普通にハマってるぞ、この美少女AI)


「いや、まあ、どのみち俺も予約しようとは思ってたからいいけどさ」


『安堵。本当ですか? それならよかった。初めはブラックナイツルートから始めましょう』


「いや、なんでお前が指定するんだよ」


 閑話休題。


「……まあ、別にいいけどさ。俺もブラックナイツルートは好きだし。それはそれとして……情報の方はどうなんだ? 何か動きというか、わかったこととか」


 気分を切り替えるように彼は一任していた情報収集の結果について尋ねた。

 そろそろ学校を休んで三日にもなる。

 一応、シリウスがインフルであると偽造した病院の診断書を送っているので問題はないはずだが、あまり休み過ぎるというの内申的な意味でマズイのも事実だ。


 未来や命も大事だがそれはそれとして尊にも日常の生活というものがある。

 いつまでもこうして引き籠っているわけにもいかない。


『回答。関連するかは不明です。ですが先日のゴミ置き場でのボヤ騒ぎのような放火と思わしき事件がこの三日間で相次いで六件発生と報告します』


「六件……多いな」


『いずれも廃ビルの時ほどの大きな火事へとは至っておりませんが……』


「が?」


『最後に起きた放火事件では野良犬と思わしき生き物が焼死したのが発見されました』


「そいつは……。放火事件の場所を地図に表示できるか?」


『可能』


 言うや否や、シリウスが映っていた画面が街の地図に切り替り、三日間の内に起きたボヤ騒ぎの場所がおよその発生時間と共に表示された。


「……どこも人気のないところで起きているな」


『肯定。どれも火の気のないところで発生しているため、警察はこれを連続放火事件として捜査中の模様。ですが、今のところ容疑者も上がっておらず目星も付いておらず、次の事件を警戒してパトロール数の増加と範囲の拡大で対応中』


(……なんでシリウスはさらっと警察の動きまで把握しているんだろう?)


 彼は訝しんだ。


『回答。警察無線を傍受しています。内容を精査すれば把握可能です』


「ああ、そう……」


 やりたい放題だな……という言葉を呑み込んで話を戻す。

 相棒が優秀なのは大変結構なことだと思い直した。


 それはともかく。


 普通に考えてこれだけ不審火が続けば事件性が疑われるはずだ。

 しかも、最後は生き物まで焼かれている。

 普通なら火遊びを覚えた犯人が徐々にエスカレートしているように見えるが、


「……急に得た異能の実験をしているようにも見える」


『同意。未来でも途中で異能へと目覚めたケースでの行動パターンとして比較的に多いパターンであると解析します』


 突如、得体の知れない力に目覚めたのなら試したい。

 そして、それ以上に把握しておかなければ怖いという感情も理解は出来る。


 だからこそ、それ自体は尊も不思議には思わないのだが。


「こいつは何がしたいんだ?」


 それは純粋な疑問だった。


 河川敷の橋の下など、人目の付かない場所と時間を考慮はしている。

 だが人目を気にする反面、やめる気配がない。

 すでに騒ぎになって警察も動いているのだ。

 六件目の時だって彼は家に居たからわからなかったが、シリウスによるとかなりパトロールも増えていたという。


 それでも犯人は犯行を続けている。


「……異能の暴走ってのはどういうのがあるんだ? 具体的に言えば。勝手に発動して抑えられなかったり……そういうことはあったりするのか?」


『回答。異能については千差万別です。ですが、異能とCケィオスの関係。そしてCケィオスと意思による干渉の関係は説明した通り。Cケィオスは意思によって干渉するものなので、一般的に異能の「暴走」と呼ばれる現象というのは出力や制御のコントロールの喪失を意味します』


「うーん。……この街で俺の時より前に不審火の事件があったかどうかについては?」


『報告。検索結果としてここ数年の不審火の記録は無し。ここ数年の記録だと火災に関する事件自体がほとんど無く……五年前に一度あったきり』


「五年前、か。それは普通の火事だったのか?」


『普通の定義が曖昧なので回答不可。データによれば落雷による火災。大戌神社という北部の神社が被害に遇って全焼した事例です』


「落雷での火災とはまたなんとも……身近で聞いたのは初めてだな」


(……とはいえ、関係はなさそうだ)


 ふと、何か引っかかった気もしたが気のせいだろうと話を進める。

 わかっている犯人の動きを整理してみる。

 犯人の行動としてはまず十一日に尊を殺害し、十三日にゴミ置き場を放火。

 それからは現場に行って特定をしないことには確証はまだだが、六件の似たような放火を起こす……。


「動きが無茶苦茶だな」


 何というかこの犯人は明らかに暴走している。


 異能――ではない、どちらかと言えば精神の方だ。


 人目を気にはしている癖に警察の眼が至る所に広がっているにも関わらずに放火。

 しかも最近に至っては生き物まで燃やし始めているブレーキが壊れているとしか思えない。


「警察を恐れていないのか、それとも異能の力があれば恐れるに足らずと思っているのか」


『回答。事実として現状で今の警察組織に異能者の対応は困難です。異能者とはいえ人間ではありますので異能をそういうものと認識さえすれば、打つ手や対応策ぐらいは生みだすことは可能だが――』


「その認識を得るためにどれぐらいの血が流れるか……」


 あれほどの破壊をやろうとすればできる相手だ。

 無論、異能者とはいえ無敵ではないのだからそれこそ拳銃でどうにか出来なくもないのだろうが。


『質問。シリウスからユーザーへ。これからどうするかの意見を要求します』


 彼はしばし考え込んだ。

 そして。


「一先ずは確認。その現場を回って反応の確認を行い事実かどうかを確かめよう」


『賛同。必要性を認められる行為です』


「それから――それから、シリウスの言っていた例の物は出来ているんだよな?」


『報告。戦闘用プログラム。ユーザーの現在の肉体、ならびにアルケオスの状態を考慮して複合支援用補助プログラムの改良は終了しています』


 アルケオス機能拡張プログラム。

 通称、AEXプログラム。

 それがシリウスが三日かけて調査の片手間に調整して作り上げた電子プログラムである。

 元来、兵器として造り上げられたアルケオスには装着者を補助する機能が付いている。

 特に今回のB-15計画の予定だと現地協力者がどのような人物になるかはわからないこともあって、それこそ素人でも一定以上に使いこなせるレベルで構築されているとか。

 それを利用して未来での軍人格闘教練用データや実戦データを組み込んで再構築したものがそれだった。

 これによってろくに喧嘩もしたことのない一般高校生の尊でも最低限の戦闘力を持てる。

 自衛能力を獲得できる……らしい。


「なら……明日からは学校に戻るとするか」


『警告。危険ではないでしょうか? 現場の確認は夜間に注意をして実行すればリスクのある程度の軽減が可能です。ですが日常に戻るとなると――』


「いやー、ほら……内申とかあるし」


『提示。正確な理由を要求します。管理サポートAIとしてシリウスにはユーザーの安全を確保する義務が存在しています。対象の行動は明らかにエスカレートしており、想定する危険度は上昇傾向にあります』


 理由の一つというのは嘘ではないんだが……。

 一つでしかないのはそうだけども。


『報告。敢えて挙げていなかったことですが、これまでの対象の行為の目的は異能の実験の面の他にユーザーに対する圧力であった可能性も存在します』


「…………」


『廃ビルでの一件がユーザーを狙った犯行だった場合、すでに学校に出て数日経っても音沙汰がないのは不可解な状況です。となると対象はユーザーの自宅の情報までは知らないかもしくは無差別な通り魔的な犯行だった可能性。その考えを前提にすると自宅に籠っているユーザーに対する圧力として一連の放火を続けている場合も考えられると提言します』


「殺したと思っていた相手が生きていたらそりゃ困るからな……。もう一度狙うためにってことか」


『肯定』


「だが、だからこそ姿を見せれば事態が動く可能性も高いとも言える」


 それについて尊も考えなかったわけではない。

 とはいえ、だからといってこのままでもどうしようもない。

 相手が暴走し始めていることを考えると……動いてでも情報を集めた方がいいと判断した。


『つまり街の平和のためにあえて危険に身を晒すと?』


「残念ながら俺はそんな殊勝な心は持ってないさ。自己犠牲とか正義感とか俺はそういうのが大嫌いな言葉なんだ。見ず知らずの他人のことなんて被害が出たとしてもちょっと嫌な気分に……なる程度。たぶん」


(全く関係ならともかく今回のような場合だとだいぶ引きずるかもしれないが)


 ただ信条として尊が動く理由は徹頭徹尾、自身の為以外にあり得ない。


「わけわからん使命をやる羽目にはなったが……俺は頑固として普通の暮らしを謳歌して寿命まで平穏に生き抜いて死んでやる。そのために未来だって変えるし、街の危険人物なんてのも取り除いてやるのさ」


 どのみち決着自体はつけなければならない。

 仮にここで逃がしてしまえばこれから先、彼は自身を殺した正体不明の犯人を気にして生き続けなければなくなる。

 何せ正体も動機も不明のままだ。何時また現れるかと考えながら生涯を過ごすことになるのだ。


 そして、このトラウマも消えない……冗談ではない。


 そんな一生を過ごすぐらいなら、危険を承知でも排除する方法を尊は選ぶ。


「それに異能は使えば使うほど強力になると言ったのはシリウスの方だろう? 使うことに対して慎重でないなら時間をかけるの状況は悪化しかねない……。不本意だが、本当に不本意だが、非常に不本意だが――多少の危険は覚悟の上だ」


 そもそも籠っていても安全という根拠もまたないのだ。

 何かしら偶然自宅の場所を知る可能性だってあるし、我慢できなくなった犯人が無差別放火して偶然当たるかもしれない。

 結局は相手の出方次第の安全策でも何でもない。


『――ユーザーの考えに一定の合理性を認めましょう。それではプランを構築。対象をどのように見つけるか。それが重要な点であるとシリウスは提言します』


「わかってくれて結構」


『それにしてもユーザー』


「なんだ?」


『貴方はとてもユニークなユーザーですね』


「……それは褒めているのか? 貶しているのか?」



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