第22話 ノーム

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私は陽の光を反射してキラリと光る眼鏡を見て、そんなことを考えた。


 その眼鏡のブリッジ、左右のレンズをつなぐ細いフレームを彼の中指がクイッと押し上げる。


 セクシーだ。世の中にこれ以上セクシーな指の動きがあるだろうか。


 知的なレンズの奥に透けて見える綺麗な瞳、そしてそれを外した時に受けるであろうギャップへの期待、そういったことを考えると、眼鏡男子というものはメスを誘っているとしか思えない。


「ノームのパラケルです。本日は弊社の鑑定データ測定にご協力いただけるとのことで、ありがとうございます」


「あっ、はい。召喚士のクウです。よろしくお願いします」


 眼鏡男子のパラケルさんは私の見惚れていた指を下ろし、それをこちらへ差し出して握手を求めてきた。


 私も慌てて握り返す。


 パラケルさんは先ほども言っていた通り、ノームという種族だ。


 小柄で優しい顔つきをしており、不思議なことにみんなとんがり帽子をかぶっている。


 たまに見かける種族だが、可愛らしいとんがり帽子が目を引くのですぐにノームだと分かる。


「評議長直々のご推薦とうかがっています。クウさんは優秀な召喚士なんですね」


「いや、私なんてまだ駆け出しですよ。ちょっと珍しいモンスターを使役してるだけで……」


「それでもガルーダを使役してるなんてすごいですよ。そもそも召喚士自体が少ないのに、さらにレアモンスターとなるとめったにある話ではありません。データ提供、弊社としては大変助かります」


 私が今日こうしてパラケルさんに会っているのは、評議長のフレイさんからガルーダのデータを取らせて欲しいという依頼があったからだ。


 何でも鑑定杖のデータをより正確なものにするためらしい。


 それで鑑定杖のメーカーへとお邪魔しているというわけだ。


(フレイさんの眼鏡姿もやばかったな……)


 私は全く無関係にそんなことを思い出していた。


 フレイさんに呼び出されて役所に行くと、執務中で資料とにらめっこしていたフレイさんが眼鏡をかけていたのだ。


 エルフという種族は私たちヒューマンの感覚で言うと、みんな超イケメンだ。特にフレイさんは存在自体が耽美的とすら言える。


 そんなフレイさんのサプライズ眼鏡を見て、私の眼鏡熱が燃え上がってしまった。


 パラケルさんはその魅力的な眼鏡を再びクイッと押し上げてから背後の建物を指さした。


「この敷地全てが弊社『Hゴーレム』のものになりますが、研究棟はあちらの建物です。向かって右側は営業事務所、左側は製造工場、その奥が物流倉庫になっています」


 パラケルさんはそう説明してくれたが、わざわざ紹介するだけの広さがこの会社にはある。


 どうやらHゴーレム社というのは超大企業らしい。


 ここの敷地は街にほぼ隣接した形で存在しているが、あくまで街を囲む防壁の外だ。


 しかし、会社の周囲には街を囲む防壁と遜色ない規模の壁が張り巡らされていた。


「大きな会社なんですね、Hゴーレム社って。私、ゴーレムってほとんど見たことないからよく知らなくて申し訳ありませんけど……」


 ゴーレムは土などで出来た動く人形だ。魔素を込めることであらかじめプログラムされた動きをさせることができるらしい。


 ただ、少なくとも街中ではめったに見かけることのないものだった。


 パラケルさんはうんうんとうなすぎ、研究棟への道すがら教えてくれた。


「今のところゴーレムは工業用か土木建築用がほとんどですからね。お仕事で関わる人以外は馴染みがないでしょう。ただし、私はいつかゴーレムに家事や介護などをさせられるようにしたいと思っています。そして、究極的にはゴーレムが人の家族になるのです!!」


 動く人形を家族に。それはすごい夢だ。


 元の世界で言うところのロボット、アンドロイドのようなものだろう。


 しかしそんな夢のある話も、この世界に来て発情体質になってしまった私にとってはちょっとアレな妄想の種になってしまう。


(何でも言うことを聞くイケメンゴーレムを相手にアレやコレや……ソレやコレや……っていうか、『Hゴーレム社』って社名はどうなの?誘ってるのかしら?)


 そんなことを考える私とは対照的に、パラケルさんは情熱たっぷりに拳を握った。


「その夢が叶ってこそ我が社の掲げる三つの『H』、High quality, High performance, Helpfulが成し遂げられるのです!!」


 あ、Hゴーレム社のHってそういう事だったのね……


 いや、分かってましたよ?清純派女子ですし、断じて変なことは考えてません。


 いったんは熱くなったパラケルさんだったが、すぐにクールダウンして肩を落とした。


「……といっても、実際にはまだまだ技術的な問題点が多くてずっと先の話になりそうですが。現に、弊社の売上もそのほとんどはゴーレムによるものではなく、鑑定杖によるものなんです。今日クウさんに来ていただいたのもその一環ですしね」


 この話は今日のお仕事を紹介してくれたフレイさんからも聞いていた。


 Hゴーレム社は元々ゴーレム製造で興された会社ではあるものの、ゴーレム自体はそれほど多くの需要があるわけではない。


 それで本業の片手間に鑑定杖の製造を始めたらしいのだが、この評判がすこぶる良かった。


 売れに売れて、今ではHゴーレム社といえば鑑定杖メーカーという認識になっているほど正副が入れ替わってしまったという話だった。


「でも、鑑定杖に関しては本当にすごい会社だってフレイさんが言ってました。とても正確な鑑定結果が出るって。私、鑑定杖は必ず完璧なデータが出るんだと思ってたんですけど、実は結構あやふやなものなんですね」


「そうですね。鑑定杖の基本的な機能は『対象の魔素を感知』して、それを『蓄積されたデータと比較』し、『最も近いものを表示』する、というものです。様々な干渉で魔素の感知が歪むこともありますし、蓄積データが不正確なこともあります。メーカーとして申し訳ないのですが、鑑定するたびに結果が違うということはよくありますし、データをアップデートしたら結果が変わったというクレームもよくあります」


 なかなか難しい話だが、鑑定杖の仕組みを聞くとそういった不具合は仕方ないことのような気がする。


 っていうか、元の世界でも似たようなことはよくあった。


 ソフトウェアのアップデートをしたら挙動が変わるのってよくあることだし。


(そういえば、前にケイロンさんが『魔素は情報とエネルギーの塊』だって言ってたな……つまり、プログラムの入ったコンピューターと、それに従って現実を動かすための機械やら電気やらが全部セットになってるのが魔素ってことになるのか)


 そう考えると魔素はすごく便利なものだ。


 そしてそれを上手に行使できるのが魔法ということになるのだろう。


(まぁ、理屈が分かっても相変わらず召喚魔法以外はさっぱりだけど)


 もう少し色々と勉強した方がいいだろうかと考えている内に、私たちは研究棟の入り口に着いた。


「社外秘だらけの建物ですので警備が厳重です。必ずこのゲストプレートを身に着けておいてください」


 パラケルさんは名刺サイズの紐付きプレートを手渡してきた。


 私はそれを首から下げる。


「これって着けてないとどうなるんですか?」


 私の質問にパラケルさんの眼鏡がキラリと光った。


「それはですね、最新式の警備ゴーレ……」


「クウ!?クウじゃねぇか!こんなところで会うなんて奇遇だべなぁ!」


 やけに聞き覚えのある大声がパラケルさんの言葉を遮った。


 私がそちらを振り向くと、単眼・単角・巨体のサイクロプス、ブロンテスさんがニコニコしながら研究棟から出てくるところだった。


「ブロンテスさん!ホント意外なところで会いましたね。ビックリしました」


 ブロンテスさんは鍛冶職人なのでゴーレムや鑑定杖のメーカーとはあまり関係がなさそうな気がする。


 こんな所で会うとは思わなかった。


「私は使役モンスターのデータ提供で来たんですけど、ブロンテスさんはどうされたんですか?」


 ブロンテスさんは顔の真ん中にある目を細めて優しい笑顔を作った。


「オラは鑑定杖と組み合わせて使う盾の開発で来たんだべ」


「鑑定杖と組み合わせて使う……盾?」


 鑑定杖と盾というのはまた随分とジャンルの違うもののような気がする。どういうものだろうか。


「やっぱり皆、初めはそんな顔するな。ここの研究員さんもそうだったべ」


 私の反応を見たブロンテスさんはどこか満足そうだった。


 物作りをする人は、他人があっというような発想を喜ぶものなのかもしれない。


「ほら、以前にクウが言ってたじゃねぇか。鑑定杖って全然使えねぇってよ」


 その言葉を聞いた私は片頬が引きつった。


(ちょっと!今はやめてください!私の鑑定杖はこのHゴーレム社のものなんですよ!それが使えないって……)


 案の定、隣りのパラケルさんが微妙な顔をして横目にこちらを見ている。なんか申し訳ない。


(でも……正直なところ、本当に使いづらいんだよね)


 それが私の本音ではあった。


 戦闘中に鑑定杖を使って相手の能力が調べられれば、危険を回避したり弱点を突いたりして有利に戦うことができるはずだ。


 それは私も分かる。


 分かるのだが、現実問題としてモンスターが襲いかかってきているのに落ち着いて鑑定情報など見ていられない。


 しかも鑑定杖は距離が離れれば離れるほど精度が下がる。


 私の所持しているものは遠距離向けの特別仕様にも関わらず、仕様上の鑑定可能距離がなんと一メートル以内だ。


 モンスター相手に一メートル以内って、いくらメーカー推奨の使用条件だとしても現実的ではない。


(まぁ実際にはもっと離れていてもある程度の鑑定結果は出るけど……それでも私みたいに防御力の低い人間には難しいんだよね)


 そんなこんなで、結局使っているのは素材採取のお仕事の時くらいだった。


 私とパラケルさんの間には微妙な空気が流れたが、ブロンテスさんはそれに気づいた様子もなく上機嫌にカバンから何かを取り出した。


「これだこれ。この穴っぽこに鑑定杖をハメるんだべ」


 ブロンテスさんの手には、取っ手の付いた金属製の扇子のようなものが握られていた。


 その端にちょうど鑑定杖の太さに合う穴がついている。


(穴に棒をハメるなんて……)


 私は無意味にドキドキしながら、言われた通りに鑑定杖をハメてみた。


「えっと……こうですか?」


 鑑定杖がハマった瞬間、扇子のような部分がシャラリと回りながら広がって、鑑定杖を中心にしたお椀状の形になった。


 パラボラアンテナのような形状だ。


「わっ、すごい!!」


「すごいのはこっからだべ。それに魔素を込めてみな」


 言われた通りに魔素を込めると、パラボラを中心にして淡く光る丸い壁のようなものが現れた。壁はほぼ透明で、向こうが透けて見える。


「え?もしかしてこれが盾になるってことですか?」


「そうだべ。結局クウに純粋な金属製の盾は無理だと思ってよ、魔素に頼った盾を作ってみたんだ。まぁ、金属の部分もかなりの自信作だから魔素が切れてもある程度の盾にはなるけどよ、それだけじゃちょっと小さいべ?」


 パラボラの部分は広がった状態で直径が私の前腕くらいだ。おかげで私でも扱いに困らないほど軽いのだが、確かに盾としては小さ過ぎる。


「しかも、だ。それなら盾を構えたまま鑑定ができるべ。それならクウにも使いやすいんじゃないかと思ってよ」


「ブロンテスさんすごいです!!これ、すごく便利な装備ですよ」


 なるほど、確かにこれなら私でも落ち着いて鑑定結果を見られそうだ。


 私は純粋に感動していたが、その横でパラケルさんが眼鏡を手をやりつつ首を傾げていた。


「しかし……魔素の壁を発生させてしまうと、それが鑑定杖による魔素感知にも干渉して精度が落ちると思うのですが」


「へっへっへ、やっぱりみんなそう思うべな?」


 ブロンテスさんは待っていましたとばかりに得意顔になった。


「ミソはこのパラボラ形状だべ。パラボラには反射したものを一点に集めるっていう便利な性質がある。そんで、この盾の表面には魔素を反射しやすいメッキを施したんだべ。だから多少の干渉があっても、パラボラの効果でむしろ精度は上がるんだべな」


「ほう!!それはまた画期的な発想ですね!!」


 パラケルさんは眼鏡をクイクイ上げながら盾を舐めるように見た。


 研究開発者として、非常にそそられる発明なようだ。


 褒められたブロンテスさんの顔もまんざらではない。


「ありがとうな。今日はその辺の事をテストしに来たんだべ。結果は上々だったから、この試作品をこのままクウにやるべ」


「えっ、いいんですか?」


「もちろんだべ。元々クウのために作ったんだからな。おかげで良いもんができた」


「ホントありがたいです」


 つい先日、体の強度を上げる魔道具のネックレスをリンちゃんに返したばかりで正直不安だったのだ。防御用の装備は非常に助かる。


(ブロンテスさん本当にいい人だな。何かお礼しなくちゃ……)


 何がいいだろう?私はブロンテスさんの顔を見て、ふと思いつくことがあった。


「あの、ブロンテスさんって目はいいんですか?っていうか、サイクロプスって眼鏡とかしたりします?」


 私は単眼の眼鏡を想像してそんなことを聞いてみた。


 単眼眼鏡、いいかもしれない。新しい。


 しかしブロンテスさんは首を横に振った。


「サイクロプスは目が一個だからほとんどの奴は目がいいし、やたら丈夫なんだべ。眼鏡してるのは見ねぇな。まぁ、オラみたいな仕事してたら防護眼鏡が必要な時はあるけどな」


 防護眼鏡!!そういうのもあるのか。


(考えたら、眼鏡って色んな種類とかデザインがあるから無限の可能性があるんだよね。つまり、眼鏡一つでセルフケアのネタも無限……)


 私はフレイさんやパラケルさん、ブロンテスさんの色々な眼鏡姿を想像してドキドキした。


 そしてこれ以降、私は会う人が眼鏡をしていると無意識にそのデザインをチェックするようになってしまった。



****************



「ガル、出ておいで」


 私は格納筒をポンポンと叩き、ガルーダのガルを部屋の真ん中に出した。


 ガルはまだ子供だが、それでも高さ三メートルはある。


 屋内で出すにはかなり大きなモンスターだが、このデータ測定室はガルがいてなお十分な広さがあった。


「これだけ広ければ結構動けそうだね」


 私は測定室を見回しながらガルの首を撫でた。


 部屋は面積がテニスコート二枚分くらいで、高さは十メートル近くありそうだった。小さな体育館くらいの規模がある。


 そして部屋を囲む壁や天井のいたる所から鑑定杖に似た棒が突き出ていた。おそらくこの棒たちがデータの測定器なのだろう。


 パラケルさんはガルを見上げながら嘆息した。


「はぁ〜……やっぱりガルーダはすごい迫力ですね。こんな近くで見られる機会なんて滅多にないだろうなぁ」


「しかもこれでまだ子供らしいですからね。大人のガルーダには絶対に会いたくありませんよ」


 子供のガルでさえ仕留めるのにはかなり難儀した。


 というか、搦め手でなければ絶対に勝てなかった。今考えても運が良かったのだと思う。


「幼鳥でもかなりの力だとうかがっています」


「実際そうでした。だから測定室を壊しちゃったりしないか心配で……」


「それは大丈夫だと思いますよ。少なくとも壁と床はかなりの強度になっていますから」


 確かに部屋の壁や床は硬そうな石製になっていた。そう簡単には壊れそうもない。


「では、我々は外に出ましょう。他の生き物がいたら測定結果に干渉してしまいますから」


 私とパラケルさんはガルを残し、ガラス越しに測定室を見られる部屋へと移動した。


 そこで指示を出しながらデータを測定していくのだそうだ。


「では測定を開始します。クウさん、まずは片羽根だけ上げられますか?」


 私はパラケルさんの指示に従ってガルを動かしていく。


 羽根を動かしたり、歩いたり、ちょっと飛んでみたり、色々な動きをした。


 こういったデータが蓄積すれば、どんな状態のガルーダでも精度良く鑑定ができるようになるとの事だった。


「では次に魔法を使ってもらいましょう。風魔法でガルーダの周囲に軽い竜巻を発生してください。ニ、三十秒でいいです。その後はカマイタチをお願いします」


 私は言われた通りに魔法を実行させたが、段々と魔素の残量が減って疲労感が増してくる。


 ガルはただでさえ燃費が悪いが、魔法を使わせると特に魔素消費が激しくなるのだ。


(って言っても、戦闘ほどの強い魔素を込めなくていいからすぐに枯渇するほどじゃないけど。でも、あんまり長丁場になるなら途中で休ませてもらって回復しよう。だんだんムラムラしてきたし……)


 魔素の枯渇による症状は、基本的には強い疲労感と眠気だ。


 ただし私の場合はそれに加えて、この異世界に来てからなってしまった発情体質のせいで、めっちゃムラムラしてくる。


 そのおかげで性的な満足を得られれば魔素が回復するというボーナスはあるものの、面倒な体といえば面倒な体だ。


 しばらく風魔法を使った後、パラケルさんが手元の資料を指でなぞりながら確認をした。


「……よし。クウさん、予定していたデータはほぼ取れました。最後にゴッドバードという魔法をお願いできますか?この個体はまだ幼鳥にも関わらず、すでにこの大技が使えるとうかがっています」


「はい。了解ですけど……軽くでいいですよね?」


 ゴッドバードは魔素消費が特に大きくてキツイ。できれば最低限の力で見せるだけ見せて終わりたかった。


 しかしパラケルさんはすまなさそうな顔をして、とんがり帽子の上から頭をかいた。


「申し訳ありませんが、ゴッドバードはなかなか測定できるものではないのでガッツリ強いデータを取っておけと上から言われています。最大の出力を測定させてもらえたら助かるのですが……」


「……分かりました。頑張ってみます」


「助かります」


 仕方ない。これで最後だと思ってやる気を出そう。


 私はガルに向かって声を上げた。


「ガル、ゴッドバード!!」


 ガラス越しなので私の声が聞こえたかは分からなかったが、ガルは高く鳴いてから羽根を広げた。


 そしてその体が白く光り始める。


 ゴッドバードは全身から高熱を発して攻撃する技で、おそらくうちの子たちの中でも一番強い攻撃だろう。


「すごい……!!」


 パラケルさんがそう言った瞬間、ガルを囲んだ測定器の一つが音を立てて爆発した。


「「え?」」


 私とパラケルさんの戸惑いの声が重なった。


 そしてさらに、三つの測定器が立て続けに爆発した。


(これヤバイやつだ!!)


 私は即座にそう判断してガルのゴッドバードを解除するとともに、カバンから盾を取り出した。


 つい先ほどブロンテスさんからもらったばかりの盾だ。


 さっきは鑑定杖を挿して盾を展開させたが、別に鑑定杖を入れなくても盾としては使える。私は素早く穴の部分を押して盾を展開してから、急いで魔素を込めた。


 淡く光る魔素の盾が発生するのと、測定室内の測定器が一斉に爆発するのがほぼ同時だっただろう。


 そしてその爆発によってガラスが砕け弾け、破片が私たちへと飛びかかって来た。


「キャアッ!!」


 私は爆風に押されて尻もちをついた。ただし飛んできたガラス片は魔素の盾が防いでくれたので、幸い怪我はしなかったようだ。


 驚きはしたものの、お尻以外はどこも痛くはない。


「ビックリした……あっ、パラケルさん無事ですか!?」


 我に返った私はまずその心配が頭に浮かんだ。


 パラケルさんは盾の後ろにはいなかった。大丈夫だろうか。


「な、なんとか大丈夫です……」


 私はその返事にホッとしながら声のした方を見たが、パラケルさんの姿が見当たらない。


 その代わりに、人間サイズの大きなとんがり帽子が床に立っていた。


「……え?パラケルさん?」


 私がもう一度呼ぶととんがり帽子がシュルシュルと小さくなり、中からパラケルさんが現れた。


 そしてとんがり帽子は元の大きさになって、ちょこんとパラケルさんの頭に乗った。


「ふう。クウさんも無事ですか?」


「は、はい。怪我はありません」


「良かった。本当にビックリしましたね」


「……私はそのとんがり帽子にもビックリしましたけど。ノームのとんがり帽子って、そんな事ができるんですね」


 パラケルさんは両手を頭に上げてとんがり帽子を撫でた。


「ええ。ノームのとんがり帽子は十中八九、何かしらの魔道具になっています。ノームの魔法はとんがり帽子と組み合わせて使うものが多いんですよ。生まれた時からかぶっていますから、もはや体の一部みたいなものですね」


 私はノームがみんなとんがり帽子子をかぶっているのが不思議だったが、そういう事だったのか。


 服っていうか、もう半分体みたいなものなのね。


 パラケルさんは、測定室の中を見回してため息をついた。


 ガルはその特殊な羽毛のおかげで防御力も高いのため、全くの無傷だ。


 しかし部屋の測定器は例外なく全てがズタボロになっており、その破片が床に散乱していた。


「まさかこれほど強い魔素を放つなんて……困ったな」


 測定器はいかにも高そうな代物だ。


 私には弁償のしようもないだろうと思いつつ、それでも頭を下げた。


「ごめんなさい、私のせいで……」


「いえ、私の方からお願いしたんですからクウさんに過失はありませんよ。と言うか、上からの命令書にはっきりこうするよう書いてある以上、私も責任は問われませんしね。まぁ起こったことは起こったこととして受け入れて、後の処理は上の方に任せましょう」


 上の方の人には申し訳ないが、正直そう言ってもらえるとありがたい。


 私がちょっと安心しているところへ、廊下からドンドンという大きな足音が近づいてきた。


 かなり重量級の低い音だ。


「……ん?あれは何の音ですか?」


 パラケルさんは私の質問に眼鏡をキラリと光らせた。


「ふっふっふ……あれは我が社が誇る最新式の警備ゴーレム、その名もマモル君三号です!!」


 パラケルさんの紹介とともに、マモル君が部屋へと入って来た。


 かなり大きい。身長二メートル以上はあるだろう。


 全身が陶磁器のような素材でできたゴツい人形だ。


「騒ぎに反応してやってきたのでしょう。さすが最新式です」


 パラケルさんは妙に嬉しそうだった。ゴーレムがよほど好きなのだろう。


 マモル君は確かに強そうだ。見るからに強靭な体つきをしている。


「すごく強そうですけど……私たちが襲われることはありませんよね?」


「その辺りはご心配なく。ちゃんと社員証やゲストプレートを検知する能力がありますから、それらを身に付けている人間が襲われることはありません」


 よかった、私もちゃんとゲストプレートの紐を首から下げている。


 私は自分の胸元へ視線を落とした。


「……あれ?プレートがない」


 そこにあるはずのゲストプレートがなかった。


 紐はある。が、紐の先にはプレートと紐とを繋いでいた針金が歪んだ状態でぶら下がっているだけだった。


(さっきの爆風でプレートだけ飛んじゃったんだ!)


 私はすぐに状況を理解した。


 思い返すと、針金の部分が結構ゆるゆるだった気がする。


 急いでプレートを探したが、床には物やガラス片が散乱していて見つからない。


 私の顔からサッと血の気が引いた。


 そして、そんな私をマモル君の無機質な瞳が見ていた。


「あの……私……ここには招かれて来ていて……」


 私は後ずさりしながらそう言ったが、ゴーレムのマモル君に伝わるはずもない。


 マモル君はその大きな両手を私に向けた。


「キャアッ!!」


 マモル君の両手の指が触手のように伸びて私に襲いかかってきた。


 速い。慌てて盾を構えようとしたが間に合わず、弾き飛ばされて手から落ちた。


 触手のような太い指は私の体に絡みついてくる。


 十本の指が腕と言わず体と言わず、あちこちを這い回った。


「イヤ……何これ、私どうなるんですか?」


 恐怖を顔に貼りつかせた私に対し、パラケルさんは笑顔で答えてくれた。


「ご心配なく!!このような事態も想定して、対象を傷つけないよう作られています。拘束するだけですから、むしろ暴れないで身を任せてください」


「よ、よかった……ひゃんっ!!」


 私はパラケルさんの説明にいったんは安心したものの、すぐに別の感情に支配された。


 マモル君の指の一本が私の股間を擦り上げてきたからだ。


「ちょ、ちょっとこれ……あぁんっ!!」


 今度は胸に巻き付いてくる。わざとやってるんじゃないだろうか。


 そうは思ったが、実際にはお腹も足も腕もあちこちがズリズリと擦られていた。


「パ、パラケルさん、この指って動きを止めないんですか?……やんっ」


「マモル君の指は相手を完全に拘束できる態勢が取れるまで動き続けます。相手を目で見て色々判断するのはまだ技術的に難しいので、十本の指で相手の動きを感じながらグルグル、ズリズリ拘束していくのです」


「そんな……はぁんっ」


 つまるところ、マモル君が満足してくれるまで私は体をまさぐり続けられるということだ。


 頬を赤く染めて変な声を上げ続ける私とは対照的に、パラケルさんは誇らしげに胸を張った。


「ゴーレムはまだ不完全な技術だなんて言われてますが、実際にはこうやって上手く使えば十分実用の域に入っているんです。どうです?クウさん動けますか?」


「いや、動けませんけど……キャアッ!!」


 突然マモル君の指が服の中に入ってきた。そして肌を直接ズリズリ擦り始める。


「あ、あの……なんか服に入ってきたんですけど……」


「ええ、それはそういう風にプログラムされていますからね。服を脱ぐことで拘束から逃れられる可能性がありますから、直接体を拘束できるならその方がいいはずです。だから隙間があれば入るように作られています。どうです?マモル君は隙のないゴーレムでしょう?」


 そんな自慢げにに言われても。


 拘束はそれでいいのかもしれないが、私にとっては単純に服の中に入って体をまさぐる触手だ。


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817139558429436627


「あの、これ止め……ムグッ」


 私がパラケルさんにマモル君を止めるようお願いしようとした時、一本の太い指が私の口の中に入ってきた。


 それを見たパラケルさんはまた胸を張る。


「ちなみに仲間を呼んだり魔法の詠唱をしたりするのを妨げるために、口を塞ぐこともプログラムされています」


(なんでそんな余計な機能ばかり付けてるんだ!!)


 私は心の中でそう叫んだものの、これでは文句を言うことすら許されない。


 私は頭を振って口中を責める指から逃れようとした。


「そうだクウさん!いい機会だからしばらくこのままでマモル君の動きを観察させてもらえませんか?もちろん開発段階で人でのテストはしていますが、その人は仕事で拘束されていたのでいまいちリアリティがなくて……お願いします!」


 不幸なことに、『お願いします』部分の時にちょうど私は首を縦に振ってしまった。


 ただ口に入った指をなんとかしようとしただけなんだけど。


「んんんっ……ふぅっ……んんんんっ!!」


 私はなんとか拒絶の意志を示そうとしたが、パラケルさんには伝わらなかった。


「ありがとうございます!!じゃあちょっと設定を変えたりさせてもらいますね!!」


 パラケルさんは眼鏡の奥で目を輝かせながらマモル君の後ろに回った。


 そして背中のパネルを開けて何かいじり始める。


 その途端、指の動きが激しくなって、私のあちこちはさらなる刺激に晒された。


「んんっ!ふぅっ!うぅんっ!」


 先ほどまでガルを動かしていた私の魔素はすでに涸渇しかけており、そのせいでかなりの発情状態になっている。


 私の体はすぐに限界を迎えてしまった。


「んんんんんっ!!」


 私はくぐもった声を上げながら昇天を迎えた。


 が、マモル君はそれでも止まらない。まだ私の体を擦り続ける。


 パラケルさんがマモル君の後ろから顔を出して尋ねてきた。


「ちょっと力と動きを強めにしたんですが、どうですか?痛くはありませんか?」


「んんんんっ」


 私は目に力を込めてパラケルさんを見ながら、首を小刻みに横に振った。


 でもそれはパラケルさんの質問に答えようとしたわけではない。とにかくもう、マモル君を止めて欲しいと伝えたかったのだ。


 正直なところ痛くないどころかビックリするくらい気持ちいいけど、そろそろ勘弁してほしい。もう昇天しちゃったし。


「え?痛くないです?やっぱりか……私は開発の時に、もうちょっと標準設定を上げるべきだと言ったんです。ヒューマンのクウさんが魔素の強化無しで痛くないなら、これくらいの設定が基本でもいいですよね。じゃあ、今度は動きを速くしてみましょう」


 パラケルさんが背中の設定をいじると、さらに激しい刺激が私の全身を襲った。


 指が素早く這い回り、あちこちを責め立てられる。


「んぅぅんんんっ!!」


「速くし過ぎたら拘束に隙ができる可能性があるのですが……十分拘束されていますね。じゃあ次は指の硬さを変えてみましょう。その次は拘束動作の変更を試してみます」


「んんっ!んんっ!んんっ!」


 私は抗議の声を上げたが、パラケルさんはただただゴーレムの挙動を見つめて眼鏡を光らせている。


 それを見た私の頭には、植物学者であるドライアドのダナオスさんの顔が浮かんだ。


 ダナオスさんの実験に付き合った時もそうだったが、研究者肌の人は興味のあることに集中すると周りがまるで見えなくなってしまう。


 きっとパラケルさんも同じ人種だ。


 あの時は徹夜で実験に付き合わされたが、この状態が一晩続いたら精神が壊れてしまうだろう。


(ヤバイ……これはヤバイやつだ。使役モンスターで攻撃してマモル君を止めたほうがいいかな?でも、これ以上会社の備品を壊すのも……)


 責任ないとは言われたものの、おそらくすでに大損害を与えてしまっている。


 さらに最新式のゴーレムを壊すのは気が引けた。


 私はこの事で攻撃を躊躇し、躊躇している間にもズリズリと責め上げられるので、気がつけば二度目の昇天を迎えていた。


「んんんんんんっ!!」


「ふむ……多少硬度を上げても動きに支障はない、と」


 部屋には私の嬌声とダナオスさんの冷静な分析、そしてマモル君が私を責める音だけが響き続けた。


 その後、幸い他の職員さんが駆けつけてくれて私は開放されたのだが、その時にはすでに足腰立たなくなっていたのだった。



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈ノームとパラケルスス〉


 ノームはパラケルススという医師・錬金術師が提唱した四大元素(火、水、地、空気)のうち、地を司るとされた精霊です。


 多くの場合、三角帽子をかぶった老人のような小人として描かれています。


 頭が良く、手先が器用で細工品を作るのが得意ということなので、多少ドワーフと混ざっているような気がします。


 パラケルススさんは十六世紀頃の人ですから、提唱した説には多分に神秘的な部分があります。


 しかし錬金術師らしく様々な化学物質に精通しており、各種金属化合物を医学に用いた点を現代でも評価されています。


 ただ結構激しい性格だったらしく、それまでの定説に真っ向から反論したり、『こんな薬効かねぇよ』と証明して医薬品業界から睨まれたりしたようです。


 なかなか骨のある人ですね。



〈アヘンチンキと医療麻薬〉


 パラケルススさんはアヘンチンキという医薬品を世界で初めて開発した人でもあります


 アヘンとはあの麻薬のアヘンです。


『そんな危険なものを作ったヤバいやつなのか』


 と思う方もいるかもしれませんが、それは安全で効果も高い痛み止めが多く出回っている現代だから言えることです。


 薬の選択肢が少ない時代において、アヘンチンキは鎮痛・鎮静剤としてとても有用な医薬品でした。


 もちろんその常習性から現代において安易な使用を認められるものではありませんが、多くの人を苦痛から救ってきたのも確かです。


 それと、これは筆者が薬剤師として知っていて欲しいのですが、現代でも『麻薬』に分類される成分が医薬品としてよく用いられています。


 昔は『出来るだけ使わないように』という風潮だったのですが、今は世界的に『必要があれば積極的に使うべき』薬という位置づけになっています。


 安全使用のためのガイドラインも策定されていますので、過度な心配は不要です。


 もちろん様々な注意が必要ではありますが、使い方を誤らなければほとんどの方で大きな問題なく使用できます。



〈ゴーレム〉


 ゴーレムはユダヤ教で出てくる動く泥人形です。


 ヘブライ語の『胎児』という意味の単語だそうです。


 特別な儀式をした後に泥をこねて人形を作り、呪文を書いた羊皮紙を額につければ出来上がり。


 この額の字を消せば土に戻ります。


 主人の命じたことを忠実にやってくれるありがたい人形なのですが、あまり複雑なことはさせられないようです。


 ゴーレムに火を使う儀礼をプログラミングしたところ、目に入るもの全てに火を点け始めたのだとか。


 美大生にお願いして美男美女のゴーレムを作っても、アレやコレやは難しそうですね。



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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