第13話【ゲームの謎アイテムは、とりあえず貰っておこう】

 何かを救ったものは、ヒーローと呼ばれる。


 時の人となり、人々から称賛をあびて何らかの報酬を得るだろう。


 それは、名誉か富か……


「さあ、飼い主様は何と言っている? 俺を逃がすように命令しただろ? 武器を捨てろよ……。この、ロボット野郎っ!!」


 ラムタは、勝ち誇った卑劣漢の笑みを向けてくる。手に持ったダガーを小刻みに動かした。


 ダガーの表面を人質である魔法使いの少女に押し付けて、こちらを威嚇する。


 柔らかな肌に食い込んでいく冷たそうな鉄。今は、まだ命を奪い取る意志を感じない。


 この武器を捨てれば、魔法使いの少女を連れて元の世界……。リアルに戻るつもりなのだろう。


 俺には、魔法使いの少女を救う義理はない。また、命令は見捨てることだ。


 犯罪者の盾となっている魔法使いの少女を助けるために、この武器を捨てたとすれば……


 例え、その命を救えたとしてもヒーローと称えられることはない。


 それどころか、任務に失敗した戦犯となる。


 役に立てないNPCは、壊れた玩具。それ以下の残骸として、簡単に呆気なく処分されるはずだ。


 所詮は、作られた存在である。命令を遵守するだけでいい。


 あの日、この世界に来たばかりの俺に屈辱を与えたのは、人質となっている魔法使いの少女だ。


 勝手な仇討ち宣言を思い出した。


 そうだ。見捨てて、任務を遂行することに何の迷いがあるというのか。


 魔法使いの少女は、リアルにおいて重鎮の娘らしい。見捨てて任務を優先した場合。


 俺は、任務を成功させたとしても口封じのため、或いは責任を取らされて廃棄されるはずだ。


 普通のNPCであればここまでだ。任務を遂行して、処分される。


 それは、ある方法を持たないからだ。今のところは、俺にだけ使える方法がある。


 この代受苦の力を使えば……


 ラムダの持つダガーは、仇討ち魔法使いの少女の命を奪うことは出来ない。


「いい加減にしろよ。このポンコツがっ!!」


 ラムタは、ダガーをこちらに向けて一歩を踏み出した。動かない猿を蹴飛ばす。


 猿は、俺の足元で仰向けに倒れ込む。


「武器を捨てて、その猿をゲートまで運べ。さっさとしろよ」


 ラムタは、動かない俺に対して苛立ちを隠せないようすだ。


 同時に、NPCらしくない反応に困惑しているのだろう。


「ガード《小範囲防御》」


 俺が選んだ選択肢は、魔法使いの少女のダメージを肩代わりすることだった。


 この時代、この世界。


 他人の身代わりになることが出来る。そんな力を望んで手に入れるなど、夢にも思わないことだろう。


 俺は、剣を力いっぱいに握りしめた。そのまま、ラムタに突撃する。


「うわぁぁぁっ!! く、くるな!!」


 ラムタは、ダガーで魔法使いの少女の首筋を切り裂くも……


 刃が、その細い首に傷をつけることはない。


 ラムタは、目玉をぐるぐると回して、驚愕の表情を浮かべる。


 俺は首筋に痛みを感じるが、実際に刺されているわけではない。


 動けなくなることなどなく、意識が失われることもない。


 俺の剣は、真っ直ぐにラムダに向けられる。慌てて、魔法使いの少女を盾にするが無駄だ。


 ラムタの体をつらぬく感触が手に伝わってくる。


 それだけで、他には何の感触もない。ただ、ラムタは苦悶の声をあげるのみである。


 やはり、この剣にはヴァシュを持つものに対して何らかの効果があるのだろう。


 ラムタの手から解放された魔法使いの少女を抱きとめた。


 後は、このことを報告するだけだ。俺は、ゆっくりと魔法使いの少女を地面に下ろす。


 何かが落ちる音がした。


 死体袋の中から落ちたのだろうか。太陽の光もまともに差し込まないゴミ山で。


 そのなにかが、光を放っていた。


(石……宝石か……)


 俺は、光る宝石のような物体を剣の先で触れてみる。


 何か仕掛けがあるかもしれない。慎重に。


 表面に何かの文様が見えた。魔道具の一種なのだろうか。


 具体的には、分からない。元の世界やこの世界で得た知識の中に思い当たるものはないのだ。


 不思議な文様の宝石は、意思が宿っているように、チラチラと光っている。


 まるで、こちらを誘うように……


 俺は、意を決して光る宝石を手に取った。非常に軽く表面は少し冷たい。


 俺に霊感……。魔力を感じる力があるならば、もっと何かが分かるかもしれないが。


 ただの宝石細工にしか感じられないのだ。


(これは、上に報告すべきだろうか……)


 報告、連絡、相談。幼少の時に学校で、言い聞かされてきた管理される人間になるための条件。


 今の俺の立場には、最も必要な言葉である。しかしながら、身はともかくとして心。


 心だけは、人間である。


 俺は、謎に明滅を繰り返す不思議な文様の宝石を懐に入れた。


 指先が、震える。心のどこかで危険な行為だと思っているのだろうか。


 懐から出てきた手の中に不思議な宝石は、無かった。


 懐に入れたのだから当然だ。これは、俺の意思で行ったことなのである。


 俺を保護するという理由でNPCにしたエドガール。


 さらに、エドガールの娘であり自白を強要したヴィクトリアを信用はできない。


 もし、この不思議な宝石に何かの力が眠っているのかもしれない。


 何らかの鍵や重要な秘密が隠されている可能性があるのではないか。


 いや、ただの宝石かもしれないが……


 俺は、立ち上がると転移の魔術符を取り出した。


 この剣の効果で人形のように動かないモグラと呼ばれる人間たち。


 その一人一人に、テレポートの術式が込められた術符を貼り付けていく。


 相変わらず空は、まともに見えない。


 平民以下のものたちが、住むゴミ箱のような路地裏を見回してみる。


 ゴミと一緒に転がる彼らの行き着く先は、地下牢獄だ。何かの実験に使われるのだろう。


 別に罪悪感を感じることはない。だからといって胸を張って誇れるわけでもない。


 誰を信じるべきか、誰が正義なのか?


 現実世界リアルにおいて、ヴァシュを持つという理由で隔離されているモグラ人間たち。


 仮想現実ハイリアルで、活動するGMナイツと呼ばれる運営組織やNPCたち。


 俺をこの世界に、送り込んだロバの着ぐるみを着る謎の存在。


 彼らは何を目的に行動しているのだろう。この世界のことをもっと深く知る必要がある。


 俺は、通信術式の書かれた指輪に口を近づけた。


(こちら、S63。人質の少女と猿は無事に救出した。モグラどもは全員沈黙……。魔術符は貼り付けている。少女と猿の回収は任せる……)


 彼らからの返答は、なかった。あくまでも、俺はモグラどもを捕獲するための道具なのだ。


 目の前に横たわるモグラと呼ばれる人間が、術符の発動とともに光と消えていった。


 そして、俺自身も……


 第13話【ゲームの謎アイテムは、とりあえず貰っておこう】完。

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