5  ふたご座の別人

 早く起きると言ったくせに、隼人はやとが起きてきたのは10時を回った頃だった。例によって、

「バンちゃん! なんで起こしてくれなかったんだよっ! おかげで腹ペコで死にそうだってばっ!」

と、プリプリ怒る。5000年以上生きてるって言う割に、すぐ死にそうになる隼人だ。


「判った、判った。すぐできるからそこに座って待ってて。飲み物はカフェオレにしようね」

「カフェオレッ! バンちゃん、だぁあい好きっ! お砂糖たっぷり入れてねっ!」


途端に隼人の機嫌が直り、鼻歌を歌いながらダイニングテーブルに着く。そわそわ僕を見ながら、おとなしく待っている。


「お待たせ。ちゃんとサラダも食べるんだよ」

「うん、ひとなりの体には必要なんだよね」


 まったく、僕の神様ホルスは子どもみたいだ。冷や冷やさせられたり、困らされたり、 と思うことも多いけど、目が離せない。やっぱり僕は隼人といる。


 食事が終わると、

「バンちゃん、今日は昼過ぎにお客が来るから。来たら2階に通して」

と隼人が言う。満腹で、眠そうな目だ。


「お客って?」

「お客はお客だよ、それくらいバンちゃん、判らないの?」

「……誰かな?」

「誰だっけ? 白くて黒くて丸いの。来たら起こして、ボクは寝る」


 あっそ。白と黒で丸ですか。誰だ? 心当たりがない。僕の知らない誰かかな?

そして隼人は寝るんですね、さっき、起きたばかりじゃないか。食べるか寝るか、どっちかだ。せめて、リビングのソファーでの転寝うたたねにしなよ。また僕が寝言、聞いててあげるから……


 ふと、僕は時計を見た。もう、12時になる。10時まで寝てて、ゆっくり食事して、そりゃこんな時間になるよね。そう思った途端とたんに事務所のインターホンが鳴る。


「はい、ハヤブサの目」

「捨て石は駄目」

傍目おかめ八目はちもく


 スピーカーから聞こえる声は、どうやら二人だ。それにしてもなんだ、この合言葉みたいな反応は? まぁ、どうせ隼人の客なのだから、人間であろうはずもない。念のため、誰何すいかしてみよう。僕が隼人の客と思い込んでるだけかもしれない。


「えっとぉ……お約束のかたですか?」

「隼人に呼ばれ」

「隼人を呼びたもれ」


隼人の言うお客に間違いなさそうだ。それにしても、二人同時にしゃべるのはやめてほしい。


「少しお待ちを」

「大きいお餅を」

「小さい白米を」

「……」


午後は頭痛に悩まされそうな予感とともにインターホンの通話スイッチを切った。


 降りて行ってドアを開けると、やっぱりそこに立つのは二人。予測に反して見た目は美形。


 白黒の市松模様の和服、帯は光沢……ラメかも知れない、が入った黒。一人は黒髪、もう一人はシルバーブロンド。二人そろって肩で切りそろえた髪、前髪は眉の高さで真っ直ぐに切ってある。


 呆気あっけに取られてみていると、

「隼人はおるか?」

「隼人はおらぬのか?」

と訊いてくる。やっぱり二人、同時にしゃべる。


 はいってもらって2階のリビングに案内する。この二人、妙に動きもシンクロしていて、まったく同じ動きをする。見ているだけで眩暈めまいがしそうだ。


 隼人を起こすと、

「バンちゃんっ! なんでボクを起こすのっ!? まだ少しも寝てないのにっ! 睡眠不足でボクを殺す気っ?」

と、やっぱり苦情を言う。


「隼人は寝ておらぬ」

「隼人は死ぬがかなわぬ」

「その声は、ふたご座かは知らないけれど、双子で別人の摺墨すずみちゃんと潔白きよしろちゃんだね」

隼人が部屋から飛び出してくる。


が摺墨じゃ」

われは潔白なり」

隼人がソファーに座ると、二人同時に自己紹介……知り合いじゃないの? 黒髪が摺墨、シルバーブロンドが潔白きよしろ、言わなくても判るって?


「バンちゃん、ウインナコーヒーれて」

「ウインナーはれるでない」

「ウインナーははいっておらぬ」


はい、はい、はい、はい、はいっ!


 僕がコーヒーを淹れにキッチンに行くと

「ところで、そろそろ碁笥ごけ箱から出てきたら?」

と、隼人、

よう」

そう」

と、客人が言う。


「ふぅ……窮屈きゅうくつであったのぉ」

摺墨が溜息を吐く。


「迷子になっては途方に暮れる。窮屈くらい我慢いたせ」

潔白きよしろが、不機嫌に言う。


 なるほど、この二人、噂に聞く碁精、囲碁の精霊か。白くて黒くて丸い……来てすぐのやり取りじゃ、リバーシなのかと思ったよ。


 ちなみに碁笥ごけは碁石を入れるつぼみたいなあれ、碁笥箱ってのは、碁笥を入れておく箱だ。


 ウインナコーヒーを持っていくと、

「摺墨ちゃんからあげて。唐揚げはいらないよ」

と珍しく隼人が順番を指定する。黒が先手、ってことか。


「それで今日は何の御用? 囲碁用じゃないよ」

と、これも隼人。隼人が呼んだんじゃなかったの?


「結構なお召しをいただき、お礼に参った」

「結構なお召しをいただき、こうして参れた」


どうやら市松模様の着物は隼人が二人に贈ったようだ。


十二単じゅうにひとえじゃ出歩けない、って言うからじゃん」

と、隼人が言えば、摺墨、潔白、交互にまくし立てる。

「十二単は着るのが苦労」

「十二単は脱ぐのが苦労」

「十二単じゃ出歩けぬ」

「十二単じゃ電車に乗れぬ」

「隼人にもろうたこの着物、着るのも楽じゃ」

「脱ぐのも楽じゃ」

「脱ぐことはまずないが」

「着たきり雀を真似ておる」

「雀なら隼人も好きであろうとて」

「雀だと隼人に食われる危険あり」

「食うか?」

「食うてみるか?」


 ここで、碁精、二人そろってカップに手を伸ばす。この二人なら、時間切れにはならないだろう。


「着たきり雀か」

と隼人が笑う。そして

「脱いだら食うかも。小雀ちゃん」

と、ぺろりと唇をめる。


隼人、それ、なんか、嫌らしいこと考えてないか?


「脱いだら寝たきりになりそうじゃ」

「脱いだら碁石が増えそうじゃ」


やっぱり、そう来たか! って、碁精、碁石を産むのか?


「寝たままでは碁は打てぬ」

「碁石が増えては碁笥ごけはいりきらぬ」

「ここはひとまず帰るといたそう」

「碁笥箱にはいりて帰るといたそう」


二人揃ってトットと階段を降りていく。慌てて僕は後を追い、玄関ドアを開けてあげる。


「隼人の相方よ、さらば」

「隼人の相棒よ、さらば」


と、いったん去ろうとしたが、すぐ振りかえる。


「忘れておった。土産じゃ」

「渡し忘れた、土産なり」


 もちろん摺墨さんから先に紙の手下げ袋を受け取り、駅に向かう二人を見送り、戸締りして2階に戻る。


「あの二人、隼人が呼んだんじゃなかったの?」

 土産の袋を隼人に渡しながら訊いてみた。


「ボクが呼んだんだよ」

袋をのぞき込みながら隼人が言う。


「お陰で、いろいろ解った。着物、無駄にならなくて良かった」

「なにが判ったの?」

「バンちゃん、そんな事も判らないんだ? あっ!」

袋から出した箱の包み紙を隼人が開けた。


「白くて黒くて丸いの! こっちもだ! やったぁ!」


 見るとお土産は、厚焼きクッキー。どっちがどっちを持ってきたかはもう判らない。一箱はチョコクッキーにバニラクリームが挟んである。もう一方は、バニラクッキーに挟んであるのはチョコクリーム。もちろん、丸い ――

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