第4話 寛子、本気出す

「……前と少し、雰囲気がかわったか?」


魔王と呼ばれるその男は、アタシに向かって非常に小さな声で言った。


先端の鋭い三日月を囲む、仰々しいほどに華美な窓から。

羊のメリノ種を彷彿とさせる巻き巻きのツノをコメカミから生やした男--魔王。


窓から侵入した魔王は、アタシがいた世界なら即通報案件。

そんなことが許されるのは、異世界ならではなんだろうな。

はためく薄いカーテンをかき分け、魔王は目を点にしてアタシを見ていた。


「玄関から入ってこーい!!」と一喝するのを抑え、アタシは手にしたルールシューズから手を離す。

かわりに。

「ごきげんよーう」

と、なれない微笑みを浮かべ挨拶をした。


「何をしていたのだ?」

「あー……ゴキ……虫がいたので。少々、駆除作業を」

だって、あり得ないくらいデカいヤツがいたんだもん!!

やっつけなきゃ、またくるでしょうが!!

「少し前までは、虫を見て卒倒していたような……」

「!?」


どんだけ弱いんだよ! ベアトリス!!

虫如きで倒れてんじゃねぇ!!


「たまには……というか。これからは多少強くならなくては! と、思いましたの」


ヤツをめった打ちにしたルームシューズを、足で隅っこに押しやると。

アタシは、装飾でゴテゴテの窓枠で固まる魔王に手を差し伸べた。

そして、にっこりと笑う。


「それで、タピオカドリンクは見つかりまして? 魔王様」

「ヒントを貰うことは、できないだろうか?」


魔王は少し困った顔をして言うと、アタシの手を取り軽やかな身のこなしで部屋に降りた。


この魔王という男。

羊の親分みたいなツノを生やして、なかなか凄みのある容姿をしているものの。

漆黒黒髪の長い髪に、赤い瞳と、ビックリするくらい整った顔立ちをしている。


そして、何より。

その辺のボンクラ貴族より、よっぽど洗練されていてスマートだ。


こっちの人たちは皆、口を揃えて「あぁ、恐ろしいぃ!」とガクブルするけど。

アタシは、そこまで魔王は怖くないと感じていた。


……ってか。どこが怖いのか、アタシに教えてほしい。


ツノか!? 赤い瞳か!? 


一人〝魔王の恐ろしさ〟について、悶々と考えるアタシの手をひき。

魔王は、ソファーにゆっくりと腰かける。


「ベアトリス、まずタピオカドリンクとはどんな形状をしているのだろうか?」


非常に真剣な眼差しをアタシに向けて。

タピオカドリンクの何たるかを効く魔王が、少し不憫になりながらも。

〝全部ベアトリスが悪い〟といい聞かせて、アタシは魔王の横に腰かけた。


「ヒントは差し上げられないんですの、魔王様」

「少しだけ……少しだけでも」

「それを言ったら、魔王様は魔法で作ってしまいますでしょ? それはフェアじゃありませんわ」

「……」


図星だったのか……。


いくら魔法で作れたとしても、味までは完全再現なんて、無理じゃね?

半ば呆れて魔王に横目で見ると。

魔王は、しょんぼりと肩を落としている。


……お題が難しすぎたか?

回答が問答無用すぎたか?

いやいや、これくらいしないと!!


こっちの世界の人は、魔法やら財力やら。

ありとあらゆる手を使って作ってくる!!

正直その辺は、アタシがいた世界よりかなり狡猾。

ベアトリスをはじめ。

それを何の悪気もなく、「はい〜」ってニコニコしながシレッとしながら想像の斜め上のものを披露するから、さ。

正直、異世界人間不信になりそうだ。


……あぁ、ビール飲みてぇ。


今更ながら、魔王のお題をビールしとけばよかったと。

アタシは、額を指で押さえた。


いや! 早いとこ、ベアトリスの不眠の原因であるこいつらをどうにかして!

早いとこベアトリスと交替しなければ!


アタシは、魔王に向き直って言った。


「魔王様、質問してもよろしくて?」

「なんだ、ベアトリス」

「魔王様はどうして夜に窓から侵入……いらっしゃるのかしら?」

魔王は、点になった目を再びアタシに向ける。

「魔王は夜の支配者なのだ。だから夜に行動する」


なんじゃ、そりゃ。

だったら、現世界じゃリーマンはじめ、若者はみな夜の支配者じゃねぇか。


「日の光をあびたら、溶ける。そんなんじゃないんですよね?」

「あぁ」

「では! これからは、昼にいらしていただけません?」

「え?」

「昼に来ていただきたいのです!」

「……え?」


透明感の高い赤い瞳を更に点して、魔王は言葉を失っている。

そして、絞り出すような声を発した。


「それは……出来ぬ」

「どうして?」

「どうしてもだ」

「そこをなんとか」

「いや、無理だ。ベアトリス」

「魔王のいじわるー」

「わかってくれ、ベアトリス」

「昼も忙しいのー。アタクシ、いつ寝たらいいのー」

「しかし、こればかりは譲れん」

「魔王のいじわるー」


暖簾に腕押しのような。

全く生産性のない会話を繰り返し、アタシはふと思い立った。


何も昼じゃなくてよくね?

ってか、昼に寝たらよくね?

これで、ベアトリスの悩みも解消できね?

ってか、それで解決しね?


それだぁぁ!!


「夜よ!! 夜にしましょう!!」


アタシはたまらずガッツリと拳を握って立ち上がった。


「ベア……トリス?」

「夜に訪問して貰えばいいのよ!! 昼はガッツリ寝させてもらうわーっ!!」







「ということで。ベアトリス、あなたは夜型人間になります」


夢の中で落ち合ったベアトリスに、アタシはドヤ顔で言った。


「夜型人間……ですか?」


大きな綺麗な瞳を二、三回大きく瞬きさせて、ベアトリスは小さく呟く。


「ひっきりなしに訪問してくるアイツら全員、夜にまとめたの。これで十分、昼間に睡眠時間を確保できるでしょ?」

「昼間に睡眠時間? では、お買い物とかは?」

「しない。寝るだけ」

「お友達とお茶は?」

「しない。寝るだけ」

「えぇー」


非常に不満そうに。

ベアトリスはアタシを潤んだ瞳で見上げた。


しょうがない。

解決するには、それしかない。


それで、この奇妙な入れ替わり生活も……終わる。


「私クシ。やっぱり夜に寝たいですわ」


流石に妥協し、首を縦に振るものだと思っていたアタシを。

儚い容姿をしたワガママ令嬢の言葉が、一刀両断にする。


いや……いやいやいや。

そこはちゃんと首を縦に振れよ、ベアトリス! マジでさー。


アタシは元の世界に。

アンタも元の世界に。

ちゃんとおさまるところに、おさまるチャンスだろ!!


「寛子様」

「何?」


アタシは少し棘のある返事をした。


「やっぱり目の下のクマが、ぬけきれてませんわ。私クシの体では夜型人間は無理なんですのよ、きっと」

「人間、慣れたらなんでもオッケーになるでしょ? そのうち慣れるから」


何がなんでも首を縦に振らしてやる!

くらいな意気込みで答えるアタシに、ベアトリスはにっこりと微笑んだ。


「では、慣れましたら。教えてください。私クシ、なんだか忙しくて」

「忙しい?」


ベアトリスは、ムフフと笑う。


「私、今度ウエディングドレスを着ますの」

「……は?」


は? はぁ!? ベアトリス、どういうこと!?

何故、ナニユエニ! ウエディングドレスなんだ!?


「先日、晃様と街を歩いていたら、ウエディングドレスのモデルにスカウトされちゃいましたのよ〜」

「……」


嬉々として語るベアトリスの異様なテンション。

アタシは閉口するしかなかった。


「こちらのドレスは軽くて可愛いくて! せっかくなので、寛子様のクマが薄くなるまで、着倒しますわ〜」


暗い、風景もない。

ただただ真っ黒な夢の世界で。


事務服を着たベアトリスが、クルクルまわってはしゃぐ姿を。

アタシは黙って見ていた。


……帰る気、ないでしょ?


いいよ? マジで、アタシを本気にさせたね、ベアトリス。

そっちがその気なら、やってやろうじゃないの!!


ベアトリスが泣いて「戻りたい! 帰りたい!」って言う条件、揃えてやろうじゃないか!


アタシは、ぐっと拳を握りしめて。

クルクルまわるベアトリスに背を向けて歩き出した。

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