第2話 寛子 in 異世界

 おそらく、並行世界なんだと思う。

 アレだ。

 アニメ好きな三つ下の弟が好きなヤツ。

 異世界ってヤツなんだ。


 アタシは、ワインセラーで三本目のワインを開けながら考えていた。

 プロ野球好き、競馬も少し好き。

 趣味はFX。

 好きな食べ物はツマミ全般のアタシが。

 フリフリとドレープとレースにコーティングされたドレスをご愛用の、ご令嬢になっているという現実。

 悪いね、弟よ。

 君が大好きな異世界のご令嬢の中身は、オヤジギャルと銘打たれたアタシなんだよ。

 弟が知ったら泡を吹いて気絶するか、全力でアタシを殺しにかかるかのどっちかだろう。

 アタシは、胸元に輝く趣味の悪いペンダントに手を添えた。


 何日か過ぎ、ベアトリスのいう過酷な日々が待ち受けていると思いきや。

 案外アタシは、快適に過ごしていた。

 まぁ、オチオチ爆睡はできないけど。

 何故、オチオチ爆睡できないか、というと。

 そりゃ、アレでしょ。

 めっちゃ美女がイビキかきながら涎垂らして、腹掻いて寝てたらさー。

 さすがに魔王やボンクラ王子もドン引くでしょ? 

 今、アタシはベアトリス。

 少なくともベアトリスの評判を落としていけないんじゃないか、と思った。

 ん? まてよ? 

 そうしたら、ベアトリスのそんな噂が広まってめちゃくちゃ爆睡できんじゃね? 

 いやいや、それはさすがにベアトリスがかわいそう。

 でもそれ以外は、全くもって快適。

 好きなだけ酒は飲めるし、金や生活の心配をしなくていいし。

 しかも、この世界の人達は、人を疑うということをあまりしない。

 アタシが言うことなすこと、結構素直に聞いてくれるのだ。

 アルツールという頼りないイケメンは、嘘っぱちの伝説の剣・キメーツノツルーギを探しに行ったまま。

 ここしばらく姿を見せない。

 ついでに一昨日の夜にアタシは「タピオカドリンクが飲みたい」と魔王に言ってみた。

 おそらく今、必死に作ってるか探してるかしているはずだ。だから、しばらくは姿を見せないはず。

 異世界でも通じるもんだな、竹取物語的断り方。

 意外とアッサリ。

 自分時間を手に入れたアタシは、こうしてワインに囲まれて至福の時間を過ごしている。

 という訳なんだけど。


「飲み過ぎでは、ありませんか? ベアトリス様」


 その至福の時間に、必ず割って入ってくる輩がいた。

 ベアトリスの屋敷に勤める使用人・ジュリオだ。

 並行世界の向こう側にいた、社畜のアタシに一番近いからかなのか。一番〝知ってる人間〟に近い気がする。


「大丈夫ですのよ、これくらい。朝飯前ですわ。オホホ」

「朝飯前?」

「あ、あぁ! それくらいチョロいってことですのよ!」

「チョロい?」

「あの、ジュリオ?」

「何でしょう、ベアトリス様」

「アタクシ、静かにワインが飲みたいのだけれど……」

「失礼しました。では、別室に控えておりますので、御用がありましたらお呼びください」

「そうしていただいて、ジュリオ」


 深々と頭を下げて、ジュリオはワインセラーから出ていった。


 あぁ~、やっと一人になれたーッ!! 

 今日はワインボトル、あと二本で勘弁してやるよ! 

 お一人様満喫の醍醐味、ワインボトルをラッパ飲みしようとした、その時。


「ベアトリスーッ!! キメーツノツルーギを見つけたぞッ!!」

「!?」


 空気読めないボンクライケメンが、ワインセラーの扉を開けて乱入する。

 その衝撃と驚愕に、アタシはワインを盛大に噴き出してしまうところだった。


「……見つけた?」

「そうなんだ、ベアトリス!! 素晴らしいだろ!! これで安心だ!!」


 めっちゃニコニコと。

 間抜けな笑顔のアルツールが背中に隠していたモノを、うやうやしくアタシに差し出した。


 ……いやいや、これさ。

 今さっき、鍛冶屋で買ってきましたー、ってヤツじゃんか? 

 ピッカピカの金銀の鞘に無数の宝石が散りばめられた、細身の剣。

 観賞用ってヤツなんだろ? 

 良く知らんけど。

 こんなんで、アタシを騙そうなんて、どこまでボンクラなんだよ、コイツは。


 普段のアタシは、これくらいじゃ絶対にキレない。

 しかし……しかし、だな。

 至福の時間を邪魔されて、ゆるーく睡眠不足なアタシの我慢の糸は、プチッと音を立てて切れてしまった。


「オメェよ、嘘ついてんじゃねぇよ?」


 元々は、アタシが先に嘘をついているのだが。

 この際、どうでもいい。

 湧き上がり、止まらない怒りをアタシはアルツールにぶつけた。


「べ、ベアトリス??? 今、なんて???」

「これが本物なワケねぇだろうがぁッ! キメーツノツルーギは日本刀なんだよ! こんなか細い剣で魔王が切れるかーっ!! もう一遍探してこーいッ!!」


 アタシの剣幕に、床に倒れてガタガタと震えますアルツール。

 その姿に、アタシは余計に腹が立って。

 手にした金ピカな剣を振りかぶって床に思いっきり投げつけた! 


 ーーカン! 

 と、めちゃくちゃ軽い金属がして。

 オモチャみたいな剣が石床を跳ねる。

 跳ねたは、よかった。

 しかし、跳ねた方向が無茶苦茶悪かった。


「わっ!?」


 まるで生きてるみたいに、石床を跳ねた金ピカの剣は。

 あろうことか、アタシの頭目がけて飛んでくる! 

 デジャヴか!? 

 そして今回も、避ける余裕が全くなかった。


 ーーガッ!!


 鈍い音が、またアタシの頭にこだまする。

 ワインセラーのワインがぐるんと回って、アタシを見下ろすしていた。


 あぁ、またやっちまった。

 ゴメン、ベアトリス。

 かわいい顔に傷をつけちまったかもーッ! 

 だんだんと靄がかかる視界に抵抗しつつ。

 アタシは必死にベアトリスに謝っていた。





「寛子様ー!! お久しぶりですわー!!」


 あの声に、ハッとして。アタシは頭を上げた。


「ベア……トリス??」

「はい! お元気でしたか? 寛子様」 


 真っ暗な空間に、金髪を揺らし満面の笑みで応えるベアトリス。

 しかし、ベアトリスは何故かアタシの事務服を着ている。

 似合うんだか、似合わないんだか。

 良くわからない状況に、再び鈍い頭痛がぶり返してきた。


「なかなかぐっすり眠ってくださらないんですもの、待ちくたびれましたわ~」

「いや、アンタの悩みはそもそも何なんだよ」

「そうなんです! おかげでぐっすりと眠らせていただきました!!」


 本当に嬉しそうに笑うベアトリスに、なんだか毒気を抜かれて。アタシは思わず口角を緩める。


「じゃあ、そろそろ……」

「それがですねぇ」


 ベアトリスは、バツが悪そうな顔をした。

 ……おい、ちょっと待て。嫌な予感しかしないんだが?


「寛子様の世界、めっちゃ刺激的で! 気に入ってしまいました!!」

「はぁ!?」

粉白粉化粧品リップもたくさんあるんですねぇ!! 私クシ、たくさん手に入れましたのよ!!」

「はぁぁ!? ってか、ベアトリス!! お金は? お金はどうしたの!?」

「カチョーさんが、全部買ってくださったのよ! めちゃくちゃ良い方ね。きっと頭部が蘇ると思うわ」


 マズイ、マズイぞ。

 こいつ、アタシの体で好き放題してやがる!! 

 よりにもよって課長に買わすとか、何なんだよ、お前はーッ!! 

 絶句するアタシに、ベアトリスは畳み掛ける様に続けた。


「それに、あのですね~。ウフフ。今、殿方とお付き合いしていますのよ~」

「はぁーッ!?」


 今、なんて言った!? 

 殿方とお付き合いしているー!? 

 ふ、ふふ、ふざけんなーッ!!


「ベアトリス!! 今すぐ替われ!! 今更すぐだ!!」

「あら、もうこんな時間。私クシ、お勤めに行かなきゃ~! またぐっすり眠った時にお会いいたしましょ~!」

「ま、待て……」


 アタシの静止も聞かずに。事務服を着たベアトリスの体は、スッと溶けるように暗闇に消えていく。


 ……待て! 待て! ベアトリス!!





「待てーッ!」

「ベアトリス様! しっかりしてくださいませ!」


 勤勉社畜仲間のジュリオの声で、ハッとした。

 アタシは、ジュリオに抱きかかえられている。


「飲み過ぎですよ、ベアトリス様」

「あ……」


 一気に気まずくなり、そして一気に血の気がひいた。

 マズイ……ベアトリスのキャラを崩壊させちまった。

 動揺する気持ちを必死に抑える。


「アル……ツール、様は?」

「そちらに」

「え?」


 ジュリオが視線をなげたその先、アタシはその先を目で追いかけた。

 石床に倒れたアルツール。白目を剥いて気絶しているようで。

 アタシは不謹慎ながら、少しホッとしてしまった。

 夢。これは夢です、で押しとおそう! うん!


「アルツール様のことは、私にお任せください。ベアトリス様はもう、お休みになられた方が」

「いや、もう一杯飲みたい」

「ベアトリス様……」

「飲まなきゃ、寝られない」


 そうだ、色々衝撃すぎて。

 飲まなきゃ落ち着かない。

 飲まなきゃ、やってられないそう思った。


 アタシの知らないうちに、アタシじゃないアタシが、アタシの人生をかえている。


 ジュリオの肩で体を支えて、アタシはゆっくりと立ち上がった。

 そして、未だじんわりと痛む頭抑え、ワイングラスに残ったワインをグッと飲み干したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る