変わったアナタと変わらないあなた

 「悪いんだけどさ、付き合ってくれない?」


 ──それがアイツの告白の言葉だった。高校2年の帰り道、ぶっきらぼうに投げつけられた、とても暖かい言葉。


 アイツとは幼馴染で、小学校からずっと一緒。けどずっと友達みたいな感覚で、まさか高校生になった今、告白されるとは思ってもみなかった。


 「…本気なの?」


 「うん」


 柄にもなく、恥ずかしそうに俯いて答える姿を見て、嫌でも認識させられる。「あ、こいつ本当に私に惚れてんだな」って。


 「──いいよ。じゃ、付き合おっか。」


 あの時の喜び様。はしゃぎすぎてるアイツの姿は、今でも鮮明に覚えている。


 桜舞い散る通学路。この時から、アイツの呼び名は「彼」になった。



 

 付き合って3年。最近なんだか、彼の様子がおかしい。


 彼とは別々の大学に入って、私は地元に残り、彼は上京。いわゆる遠距離恋愛になった。それでも毎日連絡をくれていたんだけど、最近はそれが飛び飛びになって、何だか内容もぶっきらぼうだ。


 私は不安になって、今日、アポ無しで彼氏の住んでいるアパートまでやってきた。


 合鍵は彼が上京した時にくれた。ベルを鳴らして出なかったら、こじ開けてでも事情を聞こう。


 ピンポンとベルを鳴らす。どうだ、出ないか。


 しかし驚くほどすんなりと、扉は開いた。


 「はいはーい…あれぇ?どなたぁ?」


 ……出てきたのは女だったが。甘ったるい声で、ゆるふわカールの髪型。胸が私より大きくて、派手な指輪とネックレスをつけている。そして何より許せないのが、彼のシャツを着て萌え袖をしてること。


 「おーい、ミカ!誰だった〜?」


 奥から、彼の声が聞こえた。


 「どいて」


 「えっ?…キャッ!いったぁい…」


 メス猫を押し退けて、ズカズカと土足で部屋に上がる。何が「いったぁい」だ。痛み比べなら、私の方が痛い。


 奥に進むと、ブランド品のバックが乱雑に置かれている部屋で、カチャカチャと音を立ててテレビゲームをしてる奴が居た。そうか、


 「ねえ、どういうこと」


 私の声にビクリとして、ゆっくりとコイツは振り返った。引き攣り青ざめた顔でこちらを向いて、鼻をひくひくさせたブッサイクな顔だ。


 「あ、あれ?どうしてここに?」


 どうしてここに、はこっちの台詞だ。どうしてここに、女連れ込んでんだお前。


 「…もう一度だけ聞くわね、どういうこと?」


 「シマくぅん!この女誰ぇ!?」


 メス猫もバタバタとこっちにやってきた。できれば喋らないで欲しい。ムカつくから。

 

 「えーっと…」


 嘘だろ?このクソ野郎、あろうことかキョロキョロと私達を見比べている。


 それでも彼は、私の手を取ってくれて──

 

 「……悪いんだけどさ、別れてくんない?」


 「……は?」


 あ、ダメだコイツ。話にならんわ。


 「シマくぅん…!」


 おい、泥棒猫。潤んだ目で喋るな。今私は烈火の如くはらわたが煮え繰り返っている。


 しかし私も大人だ。表に怒りを出して暴れまわることもできるが、それをしたところで何にもならないと知っている。


 「………そう、分かったわ」


 だから私は粛然と言葉を受け止めて──


 「分かってくれたの!?いやぁ、ありがと──」


 ──アイツの横っ面を思いっきりぶん殴った。


 「ぶぁっ!?」


 ぶぁっ、だって。きっしょい。


 「悪いんだけど、その薄汚えツラ二度と見せないでくれる?」


 目前で転がった生ゴミに向かって唾を吐く。


 「シマくん!大丈夫ぅ!?」


 メス泥棒猫が心配している──フリをしている。声はかけるが近づきはしない。それにおい、目元と口元が緩んでるぞ。さてはお前、修羅場好きだな?


 「おい、メス猫」


 「めっ…!?なによブス!」


 悪口の返し方子供か。まあいい、善意で一言だけ言っておこう。


 「このクソ野郎はもう私とは一切関係ないから、好きにしていいわよ」


 「…どういうこと?」


 「じゃ、ね」


 部屋から去っていくと、背中から「こわかったよぉミカ…」「シマくぅん…」の声。あほくさ。一生やってろ、馬鹿ども。


 帰りの電車で、私はヤツの連絡先も記憶も、全てを消した。幼馴染という言葉の魔法にかかっていたのだろうか、今考えると私は何故あんなクズに惚れてたんだろう。


 全く笑えてくる。笑えすぎて涙が出てくる。


 電車の窓から流れ過ぎ去る景色を見つめて、私の眼から一雫の涙が溢れた。アイツにやる涙は、これだけで充分だ。 




 あれから12年。私は地元で現在の夫と出会い結婚。子供も1人できて、苦労はしてるけど何とかやっている。


 今日は久しぶりの東京。息子がパンダを観たいと言うので、上野動物園に向かっているところだ。


 「んー…!電車混んでたね」


 「人がいっぱいだった!」


 「ふふふ、そうだねえ」


 伸びをする夫と、人の多さに興奮する息子。些細な光景かもしれないけれど、こういう時が1番幸せを感じる。


 「あ、ちょっとトイレ行ってきてもいい?」


 「僕もいくー」


 「はい、いってらっしゃい」


 男2人でトイレに行くというので、乗り換え駅のトイレ前で暫しの待ちぼうけ。そしたら──


 「あれ…?ユミ…?ユミじゃないか!?」


 誰かの声。なんだか汚い格好をした人が話しかけてくる。誰だろう。


 「あの…どちら様ですか?」


 「俺だよ、シマだよ!なぁ、聞いてくれよ!ミカっていただろ?アイツが金遣いが荒くてさ、俺の金どんどんなくなって…しかも借金を俺になすりつけて消えやがったんだよ!!なあユミ、あの頃はよかったよなぁ…だからどうだ、もう一度やり直し──」


 「ただいまー…って、あれ?知り合い?」


 「お母さん、だぁれこのひと?」


 汚い男が目を丸くして固まる。


 「いいえ、知らない人よ。さ、もう電車が来るわ、行きましょう」


 私達はそのまま、次の電車へと向かって歩く。


 男は唖然として、ただ立ち止まっている。


 ──さようなら。そこで、いつまでも立ち止まってるといいわ。


 私が内心呟く頃にはもう、電車は目的地へと動き出していた。

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