「穴」

 日本のとある場所に、奇妙な穴が存在する。地面にぽっかりと空いたそれは神秘的にも、不気味にも思える完璧な円形をしていて、覗くとまさに「一寸先は闇」。穴の直径はきっちり3メートルで、深さは詳しく分からない。けれど確実に、人の背丈を悠々と飲み込む深さはある。


 どうしてそう言い切れるかというと、今まで何人もがその穴へと落ち、誰一人として帰っていないからだ。生者としても、死者としても。


 では、この穴で起こった事例を紹介しよう。最近の話だ。噂を聞きつけた男達が穴へとやってきた。四人組の彼らは地質学者のようで、その場所へ着くと早速、穴を調べ始めたのである。


 まず彼らは穴へ小石を落としてみた。…地面に落ちた音が聞こえない。これは相当な深さがありそうだ。次に持ってきたライトで穴を照らす。当然底は見えないので、穴を囲う土の壁を照らしてみる。


 すると彼らはあることに気づいた。「おかしい、滑らかすぎる」と。穴を覆う壁は明らかに手入れのされていない自然的なもので、土の中には大小様々な石や、植物の根が張っている。けれど、どの石や根も垂直の穴へと突き出ぬようになっていて、おかげで壁は全くの突起がなく滑らかだ。


 それは比喩ではなくで、穴の周辺には木々や植物が生い茂っているのにも関わらず、ちょっとでも根が出たり、石や岩が出っ張っていたりすることもなく、気持ち悪いくらいひたすらに狂いのない円形が垂直に続いている。この穴は不自然に自然が作り、またそれでいて自然は穴を避けているかのようだった。


 このような不可思議な現象に対する人の捉え方は大体2種類で、気味の悪さを覚える者と魅了される者がいる。もちろん彼らは後者で、生き生きとして次の調査へと取りかかったのである。


 男達は50mのファイバースコープを取り出した。これは所謂、胃カメラを想像してもらうのが分かりやすいだろう。セッティングを完了させゆっくりとカメラを降ろしていく。だが、画面に映るのは闇ばかりで、30mを超えても地面につくことはない。


 これは何も収穫は無いまま終わりそうだ──深度は40mも超え諦めかけたその時、画面に変化があった。と言っても画面がノイズまみれになっただけなのだが、それを見て彼らは焦りに焦った。何せこれはレンタル品で、弁償となったら費用が高くついてしまう。調査を中断し、急いでカメラを引き上げる。


 しかし、引き上げたカメラに異常は見つからなかった。動作は正常だし、写りも抜群。傷もついていない。「きっと何か特殊な電磁波が地下で出ていたんだろう」と、彼らは楽観的に結論付けた。


 さあカメラが使えないとなると、いよいよ人の出番であるが、ここにきて問題が出てきた。1つ目は穴の大きさから考えて降下できるのは1人であること、2つ目は穴の深さが50mはありそうだが、用意した降下用のロープが30mまでしかないこと。そして3つ目は、ここに来て彼らの内2人が怖気付いてしまったことである。


 結局、一番怖いもの知らずの仲間がロープ伝いに途中まで降りて、見てきた様子を戻って伝えるということになった。安全面を考慮して命綱と暗闇を見える暗視スコープ、その他諸々の緊急時用のグッズを入れたバッグを背負って、いざ降りていく。


 ──これは後日談だが、降りる姿を見守っていた仲間内の1人が、動くはずもない暗闇が、まるで獲物を見つけたかの如く、触手のように彼の身体へまとわりついていたと証言している。


 そしてついに取り返しのつかないことが起きる。地下に10mほど降り仲間が闇に紛れて見えなくなると、大きく「バツンッ」と嫌な音が響いた。音がしたのは明らかに降りて行った仲間の方からだ。何の音だ、何か事故でもあったのか。3人は命綱を必死になって引き上げた。だがそこに仲間の姿は無く、代わりに命綱が何かによって、無理矢理切られた跡があった。


 しかし話はこれで終わらない。残った3人が起きてしまった事故に呆然としていると、そのうちの1人の電話が鳴った。なんと電話してきたのは、地下へ落ちたと思われる彼ではないか。


 急いで電話に出ると、電話先から元気な彼の声が聞こえてきた。「驚かせてしまったな。大丈夫だ、近くに岩場があって、引っかかって助かった。けれど足を挫いてしまったので、誰か助けに来てくれないか」──電話の内容は大方こんな感じだったらしい。安堵した男達は救助の用意をして、また1人がロープを伝って穴へと降りて行き、同じくらいの深さで暗闇に飲まれ見えなくなった。


 すると今度は「ブチッ」という音。残った2人は青ざめた。ロープを引っ張るが、その軽すぎる重さが残酷に事実を告げた。…ロープの先には、引きちぎられた跡が残っていた。


 また携帯が鳴る。今度は救助に行った仲間からだった。「大丈夫だ、穴の中は安全だった。何も心配はない。君達も降りてくるといい」仲間の声に安堵する2人…が、「ちょっと待て」と1人がつぶやいた。


 降りた仲間は、携帯を地上へと置いていっていた。自分のポケットに彼の携帯はある。となればこの通話はどうやって?どこから?そもそもこの声の主は本当に仲間なのか?


 2人はもうどうにもならないくらいに恐ろしくなって、穴に落ちた男達を見捨てて逃げ出してしまった。


 その後、近くの村で彼らは保護された。しかし村人が話を聞いてその場所へと向かうと、そこに穴などなかった。きっと幻覚でも見たのだろうと誰にも相手にされず、結局穴に落ちた2名は「行方不明者」として扱われることとなった。


 生き残った彼ら曰く、「穴のそれは、捕食者の性質に似ていた」という。今でも彼らの携帯には時折、穴の中から着信があるらしい。


 ──ところで君の足元に、大きくて綺麗に丸く、底の見えない真っ暗な穴があるね。どうだい?入ってみるかい?

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